深草郷のブログ

1800年余りの歴史を持つ、伏見にある藤森神社の3基ある神輿の内の1つを預かる深草郷神輿会と言います
5月5日に行われる藤森祭の神輿渡御について深草郷目線で情報発信の場として活用します

それ以外も出来る限り楽しく解りやすく深草郷の活動等をアップしていきます


テーマ:
深草郷神輿会の歴史

深草郷神輿会  
 深草郷神輿保存会と共に神輿・深草郷を預かり、藤森祭を始めとした藤森神社の
 年中業事に御奉仕する。又、他の神社の神輿渡御にも積極的に御奉仕し、神輿に
 関係する知識や技術のスキルアップに励む。その活動範囲は、京都市内だけに納
 まらず、他府県にも及ぶ。
 尚、現在の会長は5代目
 会長 仁井 誠、副会長 古川恵悟

深草郷
 京都市伏見区の藤森神社に3基ある神輿(深草郷・宮本下ノ郷・東福寺郷)の内の
 1基。現在の深草郷の神輿は江戸時代に氏子・民が財力をつぎこみ造ったもので、
 京都においても最も優雅な神輿として知られ、美術品としての評価も高い同時に
 神輿・深草郷を預かる地域の名称でもある

 御祭神 天武天皇(テンムテンノウ)・舎人親王(トネリシンノウ)

藤森神社
 歴史を遡ると、深草郷内にあった真幡寸社(マハタギシャ)・藤尾社(フジオシャ)・塚本社
 (ツカモトシャ)の三社が統合されて現在の藤森神社となった。

 御祭神
 本殿中座   素戔嗚尊(スサノオノミコト・別雷命(ワケイカズチノミコト・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)
         ・応神天皇(オウジンテンノウ・仁徳天皇(ニントクテンノウ・神功皇后(ジングウコウゴウ)
         ・武内宿禰(タケノウチノスクネ)の7柱
 本殿東座   天武天皇・舎人親王の2柱
 本殿西座   早良親王(サワラシンノウ)・伊豫親王(イヨシンノウ)・井上内親王(イガミナイシンノウ)
         の3柱

藤森祭
 863年に始まったこの祭りは、朝廷や時の幕府からの恩恵を受けるとともに、古来
 旧暦5月5日に行われる菖蒲の節句(端午の節句)発祥の祭りとしても知られ、節句
 に飾る武者人形には藤森の神が宿るとされる。

 5月5日の早朝八時から神幸祭が執り行われ、古くからある深草郷・宮本下ノ郷・
 東福寺郷の3基の神輿に加え女神輿・鼓笛隊・武者行列が参加し、その隊列の長さ
 は数百メートルに及ぶ。神輿渡御の最中、神社参道では、駆馬神事(カケウマシンジ)が
 行われる。

 5月3日は夕刻より宵宮が執り行われ、神社参道にて深草郷が担がれる。


年表


203年(摂政3年)   藤森神社の起源

              神功皇后が新羅(シラギ:現在の朝鮮半島南部)から凱旋された
              後、山城の国深草の里を神在の清地として撰ばれ、纛旗(トウキ:
              軍で使う大旗)弓道の秘伝である弓矢蟇目の法(ユミヤヒキメ)を
              修して神々を祀られたのが起こりである。

794年(延暦13年)   桓武天皇より藤森神社に弓兵政所(ユズエマンドコロ)の宝称が与え
              られる
              
              同時に、遷都奉幣の儀(セントホウヘイノギ:無事に都が遷せるよう、
              神に御幣を捧げる儀式)が執り行われた。

816年(弘仁7年)   藤尾社が藤森に遷される
              
              弘法大師が嵯峨天皇に奏請(ソウセイ:天皇に申し上げて、その
              決定を求めること。)して稲荷山山上にあった稲荷社を麓の
              藤尾の地に遷され、藤尾社は藤森に移された事に伴い、それ
              までの産土敷地(ウブスナシキチ)であった鴨川西九条から五条(現
              在の松原)までを稲荷社に譲られた。

863年 (貞観5年)   藤森祭(深草祭)の起源
              
              時の摂政 藤原良房が天皇の長寿と国家の安穏を祈念し、自分
              の邸に清和天皇の臨幸(リンコウ:天皇に来て頂く事)を仰ぎ、勅
              (チョク:天皇の意思またはお言葉)を奉じて執り行った
              「深草貞観の祭」(フカクサジョウカンノマツリ)に始まる。

1712年 (正徳2年)  本殿・拝殿を御所より賜る

              本殿
              御水尾天皇(ゴミズノオテンノウ)の遺勅(ユイチョク:葬礼の御事)により、
              中御門天皇(ナカミカドテンノウ)から宮中内侍所(賢所:内裏において
              神鏡を奉安するための場所、神鏡とは八咫鏡(ヤタノカガミ)は三種
              の神器の一つ)であったものを賜ったもので、現存する賢所とし
              ては最も古く、その原型をよくとどめている。
              拝殿
              本殿と共に御所より賜ったもので、割拝殿(ワリハイデン)として特に
              有名である。尚、それまでの拝殿であった建物は移設され、
              絵馬舎として現存している。

1765年 (明和2年)  旧深草郷が製作される

              京都麩屋町通リ二条下ル(現在の京都市役所の北西) 神輿師
              来嶋作右衛門の作現在、滋賀県愛知郡愛荘町西出の西出日吉
              神社に現存する。深草郷が修復に出された際に、この事実が発
              覚する。

1846年 (弘化3年)  現深草郷が製作される

              京下魚棚西洞窟院西入(現在の下京区役所の北西)  
              棟梁  曽我相模の作 

明治時代         藤森祭が旧暦の5月5日から新暦の6月5日に斉行されるよう
              になる

1906年 (明治39年) 摂社の八幡社・大将軍社が重要文化財に登録される

              共に1438年(永享10年)足利義教(アシカガヨシノリ:足利義満の
              3男で室町幕府6代将軍)の造営。

1907年~1915年
(明治40年~大正4年)深草郷の装飾品が新調・製作される
               旧轅(ナガエ)が新調される

1948年?(昭和23年) 藤森祭が子供の日の制定に伴い、新暦の5月5日に斉行され
               るようになる

1954年 (昭和29年) 神輿の台車が製作される

1963年 (昭和38年) 担ぎ手の減少等の理由から、人力から車に乗せての神輿渡御となる

1984年 (昭和59年) 本殿が京都市指定文化財に登録され

1997年 (平成9年)  井上雅晶深草郷神輿会初代会長に就任する
              人力による神輿渡御が復活される
              
              井上雅晶をはじめとする有志の元、再び人力によっての神輿渡御が復活する。

1998年 (平成10年)京都まつりに参加する

              伏見区の代表として都大路で、神輿渡御を行う。

2001年 (平成13年) 女神輿が藤森祭の隊列に参加する

2003年 (平成15年) 前田哲男深草郷神輿会2代目会長に就任する

2004年 (平成16年) 深草郷が修復に出される

2005年 (平成17年) 深草郷の修復が完成する
              轅が新調される
              深草郷が、藤森祭終了後から1年間、藤森神社の宝物殿にて展示される
              轅蔵が新造される

              藤森神社鎮座1800年祭が斉行される

2006年 (平成18年)「甦る深草郷」が東京ビデオフフェスティバル佳作入賞する*1
               第29回全国土地改良大会記念イベントの水土里(ミドリ)フェスタに参加する*2

            *1 深草郷の修復に関するドキュメンタリー作品(撮影・編集:富楽明美氏)の「甦る深草
               郷」が東京ビデオフフェスティバルにて、佳作入賞する。
            *2 京都府内の郷土芸能の代表として、京都駅ビルにて深草郷を担ぐ。

2007年 (平成19年) 木下直樹深草郷神輿会3代目会長に就任する


2008年 (平成20年) 神輿渡御のルートが変更される

               多方面への働きかけの後、例年までのルートから、深草郷の氏子地域をより
               色濃く渡御する独自のルートになった。

2012年 (平成24年) 堀井雄介深草郷神輿会4代目会長に就任する




*藤森神社と伏見稲荷神社の土地説話

藤森祭の神輿が稲荷神社の境内に祀られている藤尾社の前で稲荷神社の神職から御供物を受け取るが、この時藤森神社の神輿担ぎの人々が「土地返しや、土地返しや」と叫ぶと、稲荷神社側の人々は「神さん、今お留守、今お留守」と言い返すという行事があった。
これは稲荷山一帯が藤森神の地であったのを、稲荷神が俵1つ分の土地を貸してほしいと言い、持っていた俵を解いて、藁を1本ずつ繋いで長い縄にし、その縄で囲んだ土地を借りたが、期限が来ても返さないから行っているのだという話として、氏子の間で語られている。



                        参考文献 創祀千八百年 藤森神社








        












      
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