あのよ~! | ホントのブログ (本当ではありませんホントね!)

あのよ~!



Bruce Springsteen & The Sessions Band Saints Go Marching In送る時は静かに帰りは賑やかに…オヤジにすれば気に入らないかも知れないが馴染みのない「南無阿弥陀仏」より良いような気がするのは自分だけだろうか?

義父があの世に 今日 昼過ぎに逝ってしまった。こればっかりは仕方がない。遅かれ早かれいずれゆく道 何時か行く道なのである 明日お別れに行って来るが遺言で「孫達は来なくていい自分の子供たちだけでやってくれ…」三か月前危篤になった時の言葉だった。

医者も驚く生命力の強さから今まで持ったが点滴で生きてる義父を思うと とても辛かった。
これが子供の為、会社の為、社会の為に一生懸命生きてきた 義父の末路だった。
幸せだったのだろうか?

確かに13年前義母が亡くなる前までは幸せそうに見えたが その後長男の世話にもならず一人で生活をしていたが 寄る年波には勝てず1年長男の世話になり 半年は病院の世話になり本日に至った。九十一歳の生涯 冥福を祈る。

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ノーベル化学賞:「教科書に載る研究」信念に…鈴木さん
 ノーベル化学賞を受賞した鈴木章・北海道大名誉教授(80)の実験に没頭する日々を支えたのは、「教科書に載るような研究をせよ」という信念だった。

 鈴木さんは1930年、自然豊かな北海道鵡川町(現むかわ町)に生まれた。親に「勉強しろ」と言われることもなく、伸び伸びと育った。複数の正解がある国語より、論理的に一つの答えが導かれる算数が好きな少年だった。このため、大学でも数学を研究しようと考えていたが、北海道大2年のとき、英語で書かれた有機化学の本に魅了され、有機化学を専攻した。

北海道に生まれ、北大で学び、半世紀に及ぶ研究生活の大部分を札幌で過ごした。しかし、鈴木さんの開発した「鈴木カップリング」の名は合成化学の分野で抜群の知名度を持ち、世界各国で産業応用されている。鈴木さんは各国から招へい教授や講演に招かれ、忙しい日々を送る。鈴木さんは話す。「外国では日本のように出身大学は関係ない。仕事の内容と質が問われる。変革期に生き残れるかどうかは、光る個性を持っているかどうかだ。他にはない思い切ったことをやるという意気込みが大切だ」やった・・やった物理は残念だったが 老兵は消えても次の希望が見えてくる。若いものが頑張って欲しい・・。そんな事で今日は休みます。オヤスミナサイ!
静岡のディキシーJAZZバンド「マスクラッド ランブル」(ブログにリンク)
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