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2016年09月26日 16時09分30秒

インド旅行記 9話続き

テーマ: インド旅行記
ナマステー

HOWL GUITARSのhiroggyです。

いつぞか過去のブログの冒頭でロバート・フリップのピックについて熱く語っていましたが、
ついに、ついに、フリップ大教授と同じGuitar Craft製ピックをゲットしました!これは今年イチ嬉しい。1年かかってようやく見つけて、即購入!



しかもコマーシャル用ディスプレイ付き。いやあ、ファンにはたまらんアイテムです。
Model 1 は現在材料調達が困難なため生産されていない、インディアン・ラバー製。
Model 2 はデルリン素材が使われているらしいです。



この紋章が目に入らぬかっ。同じみディシプリンのアートワークロゴがシルクプリントされて、Model 1には滑り止めのリブが付いています。ツヤ仕上げの正三角ピック。美しい。

肝心の弾き心地ですが、これが驚くほど、いいんです。このGuitar Craftピックを手に入れるまでは1年以上見よう見まねの試行錯誤でセルロイド、本鼈甲、ウルテム、厚さ含め色々と試しましたが、やはりホンモノは違う!(笑)

このModel 1のインディアン・ラバーという材質は柔らかい材質なのでしょう。0.70mmの厚みがあってもしなりがよく、そして形状記憶性も高い。なのでピッキング後の反動と戻りがしっかりと感じられる。ピックのエッジの処理がたまらない。これは真似できないなぁ。(当たり前ですが) フリップ先生のような高速クロスピッキングやシーケンスプレイに本当にもってこいのピックです。ただ、柔らかいために消耗が早い気がします。ちょっと力んで4-5-6巻弦あたりで雑にプレイしているとすぐにエッジが削れて毛羽立つというか、綺麗なエッジカーヴが崩れてしまう。もし誰かにこのピックでピッキングスクラッチなんてされた日にゃ僕はそいつと絶交しますね。
Model 2のデルリン材はModel 1に比べ若干硬い印象で、音も尖った感じ。個人的には演奏性と音質含めてModel 1が好きですが、消耗は少ないのでロングライフでいいですね。

ああ、むしろ探し始めて1年で入手できたのは幸運なのかもしれません。このピックのおかげで毎週一回は挫折しかけている心に光が差し込みました。鍛錬は続くのです。




・・・なんだか相変わらずマニアックで興味ない方には無意味なイントロ文になってしまいました (笑) 無駄なイントロ文を書く才能だけはあるみたいです。

これも同じく意味あるのやら無いのやらわかりませんが) インドブログまとめます。



インド旅行記 (9)ハンピ編


<トイレ原理主義的バスルーム>

ハンピの街中を身長150cmくらいの小男インディアン・クルーニーについて歩く。背が低いわりに太っているから歩くと上体がひょこひょこと揺れる。それは僕にバッドマンのペンギンを思い起こさせた。ペンギン村の、、、いや、違う。ハンピ村のゲストハウスが点在する辺りはどこを歩いてもおなじような見ための路地が格子状に連なっていて、ハンピバザールからの道のりを完璧に忘れた。
彼のゲストハウスの中庭にやせ細った犬がいて一応番犬らしく、僕にむかって最初は吠えていたがクルーニーと部屋に入ると鳴きやんだ。シンプルにダブルサイズのベッドが真ん中にあり、角にはクローゼット、机と椅子、奥にバスルーム。天井にはシーリングファンが付いており、スイッチを入れると回る。これが壊れていたら高温のインドでは完璧アウトだ。バスルームはもちろんトイレとシャワーが一緒で、トイレは水桶を使ってぽっかりと口を開けた排水口に手動で流し込むタイプの穴トイレで、そのすぐ横にシャワーが仕切りも無く付いているというこれ以上シンプルにできそうもないレイアウトだ。
いちおう水が出るかだけ確かめて僕はバスルームを出た。このバスルームに嫌悪感を抱く日本人や欧米の旅行者が多いのはよく分かる。そこには安心感のある清潔な洋式の便座はないしトイレットペーパーもない、ましてやレバーを引けば水洗される仕組みもない、さらに言えば全自動ウォシュレットなんて異星人から文明が遅れた地球人へのワッツアップ土産品のように遠く感じる。 「ワレワレハ、ウォシュレットデアル」

僕自身しばらくインドのバスルームを経験していないから最初にこのトイレ原理主義的バスルームに入ったときは身構えたというか鳥肌が立ったけど (目を凝らせば暗がりを虫が這うのがアリアリと見える) あえてこういう文明の先祖返りを経験し疲弊するのもインドを楽しむポイントのひとつだと思う。不潔になれろ。

「いいね、シンプルでいいね。いくらだっけ?」
「一泊350ルピーだよ旦那。ここらじゃ一番安いですぜ、へへ」
「ふうん、三連泊するから300ルピーで、どおかな?」
「三連泊ですかい、いいですぜ。おまけしますとも!へへ。ところで旦那、朝飯まだでしょう?あそこの屋台で売ってるの買ってきましょうか?ハンピ名物で美味しいですぜ」
そういえば朝食はまだだし、屋台飯は美味しそうだったし、悪くない。もしかするとクルーニーは気が効くタイプなのかもしれない。
「お願いします。いくらくらいかな?そんなに多くなくていいんだけど」
「100ルピーあればじゅうぶんですよ、旦那。へへ」

彼はすばやく100ルピーを受け取るとその水平方向に大きい体をひょこひょこさせて外に出て行った。


僕は荷物を今にも引き戸が外れ落ちそうなクローゼットに入れて、しばらくベッドの上で横になった。午後7時のゴアから悲劇的にバウンスするバスを経た朝のベッドは、一ヶ月前のフランスパンみたいに硬かったけど僕を宿命的に眠くさせた。
となりにある小屋にはクルーニー一家が住んでいて、開け放たれた窓から小さい子供の笑う声とTVの音がもれて聞こえてくる。そのうち子供が観ているのはアニメだとわかった。ところどころヒンディー語の間に 「ピカチュウ」 という単語が聞き取れたからだ。どこの国でも日本のアニメってすごい人気なんだな。

ノックの音はしなかった。クルーニーが買い出しから戻ってきて、どさどさと机の上に買ってきた朝食を置いた。
パコラというインドの天ぷらみたいな揚げ物が二つ。青唐辛子が綺麗にカールしていた。プーリーという揚げパンが一つ、そしてイドリーという米粉から作る白い蒸しパンが二つ。日本のスーパーでもよくみる半透明のプラスチック袋の中にはスープ状の豆カレーとココナッツのチャツネが入っていた。それぞれ結構量がある。しかしこの量で100ルピー以内って、すんごく安い。

「ああ。ありがとう。思ってたより量多いね。きっと食べきれないから、ちょっと持っていってよ」

クルーニーはとても嬉しそうにイドリーとパコラを一つづつ持っていった。へへ。

朝から青唐辛子の天ぷらってのもなかなかヘヴィーだけど、こっちではフィンガースナックの部類に入る 「お手軽料理」 だ。わからない。もしかしたら日本の獅子唐くらいの辛さかもしれない。とりあえず一口かじってみた。僕はいまさっき獅子唐という希望的イメージを持ったことにすぐさま後悔した。そりゃ青唐辛子だもんな、当たり前に辛いさ。眠気もいっきに飛んでしまった。とめどなく溢れてくる唾液。辛いものを食べると食事のペースが上がる。激辛の青唐辛子の天ぷらを先に食べてあとの料理もあっというまに平らげた。やっぱり屋台の味は素朴でいい。

とにかく昨夜から汗をよくかいたからまずはシャワーを浴びる。ただ水シャワーは思ったほど体の疲れを落としてはくれなかった。外気温が高いとはいえ、陽の光が一つも入らない嵌め殺しの牢獄のような朝のバスルームは冷え冷えしていて幾らか気持ちも暗くなる。あと3日はこれか。これからシャワーは一番日が昇った時にしよう。僕はそれでも気を保って身体を洗った石鹸の泡で事務的に洗濯もした。中庭に干し縄が垂れていたからそれを使わせてもらった。



<無垢と無加減と無意識>

冷たいシャワーを思う存分浴びてクールダウンしたあとに、さてベッドで一休み、と思って横になったらうっかり寝てしまっていた。時計を見ると正午をだいぶ過ぎている。僕は天気の良い休日に午後5時の斜陽があたる部屋で目覚めた時のようなやるせなさと自責心と一緒にのろのろ起き上がった。だいたいこういう寝起きの後は自分の一日の計画が崩れたことの喪失感でなにもする気が起きない。やれやれ、こうやって旅行中の貴重な時間を次々失っていく。
それにしても暑い。天井のシーリングファンが回っていないことに気づいた。しかし壁のスイッチを押してもまるで動かない。僕の目はスイッチ (カチ)、天井、スイッチ(カチ)、天井の往復を何度か繰り返した。他のスイッチを押しても電灯さえつかなかった。外に出てオーナーのクルーニーを呼び出して聞くとハンピでは (おそらくインドのどこでも) 電気不足で一日に何度も停電が起きるという。村全体が停電なのだから僕の部屋だけ電気が戻るなんてことは 「シロクマ南極で発見!」 くらい絶対に起こりえないわけで、酷暑のなかをじいいいっと電気が回復するまで我慢するしかないのだ。
クルーニーはこの停電して無風のクソ暑い部屋の中にいる日本人旅行者を不思議な眼差しで見ていた。ハンピ村の観光初日で部屋に閉じこもってこの日本人はなに文句言ってんのよ、とその眼が語っていた。もしくは、「なんだよ、ちぇ、いまテレビドラマがいいとこだったのよ」 とか思っていたのかもしれない。

僕は半ズボン、Tシャツ、持ちうる一番薄着の格好に着替えて麦わら帽子を被って外に出た。
正午過ぎのハンピの空は梅雨明け後の7月の空のようにあまりにも雲が無くあきれるほど青単色に塗られ、空が低いと感じるくらいだった。ゲストハウスの前の道には子供達の罪なき落書きが赤やオレンジのヴィヴィッドな色で描かれていて日本人の僕から見るとそれはどこか隠れた宗教の魔法陣のようにさえ見える不思議で魔術的な図形だった。しかしその上にはそれを蹂躙するかのように更にイノセントなゆるめの牛糞が無加減に無意識的に落ちていた。無垢と無加減と無意識のパワーバランス。そんな光景を視界の端に捉えながらゲストハウスの場所を忘れないよう注意深く歩いた。格子状に連なるハンピ村の道はどこを通っても既視感がある。隣の道とほぼ変わらない街並が揃って、そんな道が5つか6つ連なる。ただっぴろいハンピバザールに出て、僕はまずハンピで一番大きな寺院のヴィルパークシャ寺院に向かった。


<ヴィルパークシャ寺院の象>

ヴィルパークシャ寺院は現役の寺院である。インド・カースト制の中でも最高階級に位置する司祭バラモン がここヴィルパークシャ寺院に仕えていて、多くの巡礼者がここを訪れている。控えめに言っても僕は "エセなピルグリマー" だからインドの神々の名前やインドの遺産歴史に詳しくないけれど、この寺院について簡単に説明する。シヴァの化身とされるヴィルパークシャ神を祀っており、ヴィジャヤナガル様式という構造でその聖域を守っている。大小の二つの塔門、寺院を囲む長い回路、拝堂と本堂、とその面積はけっこう広い。

そびえたつ。まさにそんな言葉がふさわしいヴィルパークシャ寺院の塔門は、白亜色の石造りの大きな塔門だ。塔の側面にはヒンドゥー神々の彫刻がいたるところにありその遺跡を見上げているだけで飽きがこない。ああ、いよいよハンピに来たんだなとしみじみもする。かなりな数の神々の彫刻に圧倒されて首と目が痛くなってきたところで、僕は門をくぐって寺院内部へと進む。まず驚くのはその塔門と本堂までの間に広い中庭があり、はいってすぐ左側にマンモスみたいに大きな象がいる。僕はその巨大な象に近寄ってみた。檻と呼べなくもない簡易な鉄柵の中の象は慈悲的な目をしていた。お金を払うと象が鼻で頭を撫でてくれるというサーヴィスがあって、ここの名物象さんのようだ。僕もやってみようかななんて思っていたら、前の観光客がお金を払っているあたりで急に象が不機嫌になってしまった。パオーン。頭をぶんぶん振って鼻息の荒い象を目の前にすると、それはなかなかの恐怖だった。パオーン。世話係の人がバナナやりをして気をなだめていたがしばらくは近寄らないほうがよさそうだ。あんな大きな足で蹴られたり踏まれたりしたらたまったもんじゃあない。パオーン。

奥に進み本堂の敷地に入る前に小さな塔門がある。ここに履物を脱ぐスペースがあり、そこでサンダルを預ける。これは守らない人がたまにいるいけど (主に西洋人) 大変失礼にあたる。当たり前だけど僕ら日本人は畳に土足であらがらないように寺や神社に土足ではあがらない。しかしインドの寺院などでは神聖な敷地に入る時点で履物は脱ぐのだ。日本なら鳥居で靴を脱いで参拝するようなニュアンスだろうか。日本人もそこまで徹底してやらないけど、西洋にはまず靴を脱ぐという行為がそこまでないから (ベッドに靴のままごろ寝するローティーンや靴のままソファーで跳ねるキッズ) わりと理解不能な習慣のようだ。

オフシーズンだからだろうか、寺院内は人気があまりなく不思議な静けさを保っていた。サリーを着た中年女性の集団が石造りの中庭に座って涼んでいたくらいだった。素足で感じる石畳はヒヤっとして心地よかった。すべすべの石の上を歩くのはとても好きだ。これで雨でも降ってくれたら 『Singing In The Rain』 を口ずさみながらステップでも踏みたいくらいだ。
そういえばインドに来て雨が降っているところを見ていない。


<ヴィルパークシャ寺院の猿、ハヌマーン>

ヴィルパークシャ寺院の建物の壁面、柱、屋根、階段、いたるところが繊細なレリーフで埋め尽くされている。ちょっと気が遠くなるくらいの量の彫刻群だ。僕がテレキャスターのボディをガツゴツとレリックするのとはわけが違う。

本堂は特に壮観で上を見上げると色鮮やかな天井画がある。ここも多くのインドの神々が描かれていた。それらは純粋に美しい古い絵だった。順に本堂の中を巡る。本堂の空気は外に比べていくぶんかひんやりしていた。厳格な神秘の空気を含んでいたのかもしれないし、もしくは単に位の高いバラモンのために (まずないだろうけど) エアコンが付いていたのかもしれない。
ろうそくが灯された神像の前には袈裟を着たバラモンがいて、お布施をすると額に黄や赤の粉をつけてくれたり、聖水をぱっぱっぱとふりかけてくれたりする。僕はその場にいた人たちの背後に二日前の友人のようにすうっとついて回り、結果的に2度額に印を押され3回聖水を浴びた。3回の聖水ふりかけのうち2回は隣の人にかけようとした聖水の飛沫が飛んできただけだ。参拝の仕方、作法はよくわからなかったので彼らの真似をしてみた。ちなみにもうすっかり忘れた。僕は日本の神社でさえインストラクションが描かれた看板が無いと正確な参拝作法ができないタイプの人間だ。

ひとしきり本堂を巡ったあと外に出るとまた別のセクションに出た。そこもいくつか小さなお堂があり、ひとつはストイックに鉄格子で囲まれていて中には数人のバラモンが静かに座っていた。僕は腰の後ろで手を組んでそれらをゆっくりと見て回った。寺院のとなりには広大な窪地があり、僕の位置する場所から窪地の底までは5階建てのビルほどの結構な高低差があって、さながら採石場のようだった。もしかしたら本当に採石場なのかもしれない。
遠くを見れば巨岩地帯がどこまでも続いて、手前にはさほど幅の広くない川が静かに流れている。人も少なく、それほど人工的な音もなく、自然に風の音を聞く。そんな道をゆっくり歩くのはとても気持ちの良いことだった。

中庭に位置する拝堂には壁がなく風がよく通るホールに多くの柱が並んでいる。寺院内を一通り巡ったあと彫刻された柱のひとつに背をもたれかけ石畳に座って休憩した。大塔門をぼんやりと眺めていたら塔のてっぺんにやけに "生きた色をした" 彫刻を見つけた。その彫刻に目を凝らしてみると、それは生きた白毛の猿だった。ところどころ彫刻のでっぱりなどで腰を休めている猿がいるのだ。退屈そうにその長い尻尾をふらふらさせている。塔のてっぺんを陣取る白猿は完璧に遺跡に同化していた。猿の神、ハヌマーン現る。(あとで知ったことだけど、その白毛の猿はハヌマンラングーンという名の猿でハヌマーンの化身だとされていて、インド国民に特に愛されている猿らしい)

本殿を出て靴物置き場でサンダルを履いていると、置場番人がぬうっと現れて右手を差し出ながら言った。

「使用料をはらってくれよ。おれがおまえのサンダル見てやってたんだ」
「そうかい。いくらだい?」
「いくらでもいい」
「じゃあ、これで」 僕はポケットの中にあった10ルピーを手渡した。
「これじゃ少ない」
「わるいね。いまそれしか細かいの持っていないんだよ。ほぼお布施につかってしまってね」

置場番人は瞬き一つもせずに僕をしばらく睨んでいたが他の客から使用料を取るため去っていった。


<ヘマクータの丘の巨石>

ヴィルパークシャー寺院を出て寺院を背にして右の丘を登る。そこはヘマクータの丘と呼ばれるなだらかな丘に小さな遺跡寺院と巨大な石が点在している。荒涼とした岩の丘にうらぶれた廃寺院が離れて並んでいて、日中でも人影が少ないので日が落ちてからの一人歩きは危険だ。そんなことをガイドブックで読んだ気もする。しばらくアップヒルで息があがってきたところで、ひとつの廃院の影から男が出てきた。めんどくさそうなタイプの笑みを顔にはりつけて僕に向かって歩いてくる。

「はろおおおお、まああいふれえええんど。げんきいいいですかあああ (ここ日本語) 」 やけに間延びした挨拶をする野郎だった。間延びした片言日本語でしゃべりかけてくるインド人は日本人を見たらとりあえずヨーコ・オノと言えばいいと思ってるリヴァプール人くらいめんどくさい。

「わたーし、メニーメニーにほんじんのトモダチね。きのうもたくさんハッパにほんじんにうりました〜」

僕の意識は彼の印象をめんどくさいからくそめんどくさくうさんくさいにした。僕は彼を無視して歩き続けそのうち彼は元の廃院の中に戻っていった。
これから先、ヘマクータの丘を歩く人に忠告しておこう。そんな輩の誘いに立ち止まって話を聞いても時間の無駄です。くれぐれも廃院に連れ込まれないように。

遺跡の中にはガネーシャ像 (象の鼻を持つ神) 、クリシュナ寺院、3つのピラミッド型の祠が特長的なヘクマータ寺院群などがある。丘を登りきるとヴィルパークシャ寺院の全景が見渡せる絶景ポイントだった。高さ8mはある巨大な石がどのようにしてここに置かれたのか不思議になるくらいに意外性をまとってハンピの普遍性の中に溶け込んでいた。それらの巨石はそれぞれ奇特なバランスの上に立っていて、あるひとつなんかは地震が起こったら間違いなく村めがけて転げ落ちて行ってしまいそうなほどだった。

僕は丘の中腹あたりのガネーシャ像まで戻って、縁に腰掛けハンピ村を眺めながら一休憩をした。スキットルの中で既にぬるくなったヴォッカを一口飲んで血液中にアルコールが染み渡る感覚を静かに味わう。ほどなく斜め前で写真をとっているカップルにカメラマンを頼まれた。190cmはありそうなひょろ長いジンジャーヘアーの彼氏と、西洋人の宿命的な洋なし体型のバイオレットヘアーの彼女。彼らのカメラは高級そうな一眼レフのデジタルカメラで、いまいち使い方がわからないし重量もなかなかある。まあとにかくシャッターボタンを押せばいいのだ。今のソフィスティケートされたデジタル技術は僕がアナログにピントを合わせる100分の1の時間で被写体をフォーカスするだろう。僕は丁寧に左手を添えてヴィルパークシャ寺院全景をバックに抱き合う二人を撮ってあげた。

洋なしバイオレット 「あなたどこから来たの?日本人?」
僕 「うん、日本から来た。君たちは?」
洋なしバイオレット 「イングランドよ」
僕 「でえーとおもったべさ、どっこの街の出身だべさ?」 僕は意識して北部イングランドの強いアクセントで返してみた。
ひょろ長ジンジャー 「僕はマンチェスター。彼女はブリストル」
僕 「なーんのこっちゃ、マンチェスターはお隣さんだったがね。おれっち前にリヴァピィュールにいたさね」 日本語訳にするとリヴァプール語はこんな感じなのだろうか。わからない。例えるなら、いわき弁の癖の強さに大阪弁の攻撃性を足したような方言だ。
洋なしバイオレット 「あなたなかなか上手ね!確かにあなたのアクセントからそれを感じれるわ」
僕 「ほめられるような綺麗なアクセントじゃないけどね。ただジャパニーズガイがスカウズアクセントを喋れるとおかしいし、ちょっとした人気が出る。でも女性はそうもいかない」
洋なしバイオレットとひょろ長ジンジャーは声を揃えて言った 「まったくね」

僕たちはしばらくガネーシャ像の日陰で会話を楽しんで別れた。彼らはこれから3ヶ月インドを旅するらしい。僕はふたりの後ろ姿を見てちょっと羨ましく思った。


<ブルドッグナンディ>

僕はヘマクータの丘を下りハンピバザールまで出てきた。ヴィルパークシャー寺院とは反対の方向に歩く。この向こう側にはアチュタラーヤ寺院とマータンガ丘という岩山のような高い丘がある。その丘の頂上から眺めるハンピの全景が素晴らしいらしいので足を向けてみた。ハンピバザールをしばらく東に進むと道と平行して右側に遺跡の回路が出てくる。ハンピバザールから離れるにしたがって人が少なくなっていく。もはや広い参道を歩いているのは僕と骨皮だけになってなんとか歩いてるスケルトン野良犬だけだった。人口密集度が高いインドでここまで人気がなく静かなところも少ないだろう。

参道の突き当りには幅の広い階段があり、その左手に大きな石で作られたナンディー像がある。ナンディーはシヴァ神の乗り物とされる乳白色の牡牛だ。しかし僕にはその大きなナンディー像が牛というよりか暑さで横たえたブルドッグに見えた。 神様に対してそれはちょっと言い過ぎか。ご当地ゆるキャラのぐんまちゃんに見えないでもない。いや、ぐんまちゃんは馬か。まあいい。どっちもどっちだ。

右手にはマータンガ丘の入り口がある。背の低い草がしばらく広がり、上を見ると想像以上に丘は高く険しかった。その岩だらけのハードな道を頂上まで歩くには時間が遅すぎるように感じる。登りきって降りる頃には日が暮れているかもしれない。想像してみる。暗闇の中で岩のくぼみに足をとられ転んだ先の藪にはちょうどインドコブラの家族がいてこどもコブラを守るためにおかあさんコブラに右足を噛まれおとうさんコブラに左耳を噛まれる、毒が身体中に回って痺れ悶えながらもなんとかブルドックナンディまでたどり着く、しかし誰にも発見されず僕はブルドッグナンディを見上げて 「なんでぃい、なんでぃい」 と最後の言葉を吐き出し、朝には死に至る。絶望的に不運な死に方だ。

やめておく。明日の昼にでも登ればいい。




次項に続く→

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