いつも感じてました、あの在特会は日本を貶める

ためにあんな聴くに堪えないヘイトデモ行うのでは

ないかと。世界から日本人が非難浴びるだけです。


オリンピック誘致のさいにも弊害と言われ、

デモを自粛してたのですから。


9月になり再開したようです。



戦前の幻のオリンピック日本はアジア初の開催と

決まってたのに、戦争に突入します。



なんかざわざわときました、オリンピック開催は

<戦争しない>ということにではない・・・


こちらのリンク先の記事非常に参考になりました。


クローバーリュウマの独り言さま☆ より転載です。


中国が 国際社会に出てきたのは、 「米中」 の

国交が回復 (1972年) してからであってそれまでは 

「国連の常任理事国」ですら、 台湾政府であった

事を 若い方は知らないのではないだろうか


このこと知らない人多いのでrはないのでしょうか。

日本は自虐史どころか、現代史ほとんど勉強しませんから。


省略してますので全文はリンク先でご覧

ください。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

もし、日本が 中国やアジア諸国に 攻め入って

いなければ、 

日本は 植民地になっていた、 だから、 

「自衛のための やむを得ない 戦争」だった、

 という 「戦争肯定論」が 華やかである。 


この下地があってこそ、 今の 「ギクシャク」した 日中、

日韓関係がある。

 もし、 戦争していなければ、 「日本は植民地となり、

女性は 皆レイプされている。 それでもいいのか。」

(されて嫌なことを日本が韓国併合し中国侵略していい

のかという根拠にはならないです)


 と 続く。 こういう主張をされる方は、  日本が 

「国際連盟の常任理事国」であった事も 話さないし、

 1940年の 「オリンピック開催予定地」だったことも、 

話さない。 


都合のいいことだけを つなぎ合わせた論説になっている。


 たとえ、 戦争を回避しても 日本が 「植民地になる」

とは、 到底思えないのだが …

オリンピック 戦争 中止

 左の東京五輪のポスターを見てみよう。 


東洋ではじめての オリンピック開催は 決まっていた。


 それまでは、 ヨーロッパとアメリカ以外では 

 

開かれていない、 そんな地位に 日本はあったということだ。


 もちろん、 これは 日本がはじめた 中国との戦争が

原因で、 国内外からの 批判が集まり 開催を返上したわけだ。 -


- 外国からの非難は 理解できるが、 国内の非難は 

 

理解できまい。 


この非常時に 「スポーツなどに現(うつつ)を抜かすやつは 

非国民だ」 そういう 論調だろう。 --(今と反対ですね^^;;


 多くの日本人にとって「1964 東京五輪」は

 

 誇らしい輝ける過去だ。 が 1940年の東京五輪が

 

忘れ去られている。 


このことは 日本の指導者たちが 第2次大戦前後の歴史を

 

ぼかしてきたことを克明に示してもいる。


 国民に 教育していないということの 「証(あかし)」でもある。

 

 -- 何度もいうが、 自虐史観教育など、 日本では行われなかった。 --

 真ん中は、 ご存知の(そうでない方もいるが) 1964年の

 

東京オリンピックである。 

 

この大会を 「中国が ボイコットした」という ブログの記事

があり、

  振り返るが、 余り記憶は無い。

 なぜだろう。 信じられないかもしれないが、 当時 

 

学校では 今の中国は 国家ではない、と教えていた。


 正当な国家は、 台湾にある 「国民政府」であり、

 

 中国は (アメリカ風にいうと)『ならず者国家』である。

 

 そんな言い方であった。


--北朝鮮も同様-- だから、 平均的日本人は

「大陸側の中国」が、 参加するかどうかは 

問題にしていなかったといえる。


 「嫌中派」の ブログだろうが、 それ以前の大会も含

めて 「7回も ボイコットしている」、 「どの面 (つら) 下げて …」


 と中国を手厳しく批判している。


 どうせ、 こういう記事は、 『日本賛美の外国有力政治家の言葉』

 

 同様 あちこちに コピペされて 出回るだろうから、

 

ちょっと 確認してみた。

 wiki の 「中国オリンピック委員会」の項によると

1949年の中華人民共和国成立とともに中華全国

体育総会が設立。



 しかし1954年アテネで行われた(IOC)総会で、国民政府
 

オリンピック委員会として台湾に移転させてしまい、

 

大陸側のオリンピック参加ができなくなった。

 

 中国は1979年にIOCへ復帰している。

 とある。 参加できない国が 「参加しない」ことを

 

 ボイコットとは 言うまい。


 実質 中国がボイコットしたのは、ソ連のアフガニスタン侵攻

 

に抗議し アメリカを初めとする西側諸国が ボイコットした

 

 「モスクワ五輪」 -- 中国は ソ連と敵対していた --

 

 くらいになってしまう。

 皇国史観の記事と 同様である。 


中国が 国際社会に出てきたのは、 「米中」 の

 

国交が回復 (1972年) してからであって、 それまでは 

 

「国連の常任理事国」ですら、 台湾政府であった事を 

 

若い方は知らないのではないだろうか。

 いずれにしても、 当時の 「東京五輪」は

 成功して 終わったように思う。


長いのでよければリンク先をご覧下さい。

             


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