がんばれフェデラーくん! 13 | みんなでテニスがじょうずになる講座

がんばれフェデラーくん! 13


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 「ロビンてすごくいい人ね。こんどモンテ・カルロのおうちに遊びに行きましょうよ。ガールフレンドがエリンのお知り合いなんですって。」


 ミルカ・フェデラー夫人は、せり出したお腹でいつもより体を反らせた状態で厨房でオムレツ作りに励むロジャー・フェデラーに言った。


 「何だって?よく聞こえなかった。もう一回言ってくれないか。」


 全仏初制覇を遂げたロジャーとミルカがたった一日の休養のために自宅に戻ったのは月曜日の遅くになってからのことだった。


 今年の目標、いや悲願といえるキャリア・グランドスラムが遂に達成されたのだ。
 フェデラーとミルカ、いやフェデラーファミリーにとっての08シーズンは辛い一年間だった。ウイルス性の疾患から始まり、全仏決勝での屈辱的な敗退、ウインブルドンでは、6連覇を阻まれ、オリンピックでも惨敗、4年間守り続けたランキングトップの座も明け渡した。フェデラーはもう優勝できないのではないか?と囁かれ始めた。


 今年になっても、優勝からは見放されていた。
 全豪では、ナダルに、マスターズトーナメントでは、ジョコビッチやマレーに準決勝で敗れた。ナダルと対戦する前に負けてしまっては話にならない。


 ロジャーは今年の目標を全仏一本に絞っていた。キャリアグランドスラム達成のためである。これまでにもチャンスは何度もあった。しかし、それを阻んだのはナダルである。グランドスラムの決勝でロジャーが負けたのはラファエル・ナダルにだけである。全仏に勝つということは、ラファに勝つことである。赤土をもっとも得意とするラファに全仏で勝てば、ラファを苦手にすることもなくなるはずだ。


 ロジャーとラファは仲がいい。ラファはロジャーを兄貴のように慕ってくる。実際、ラファはロジャーを尊敬している。ロジャーをジーニアス(天才)と呼ぶ。
 ロジャーもまたラファエルを天才だと思っている。共に共通したところがあるとすれば、テニス馬鹿である。


 「ロビンのガールフレンドがね、エリンとお友達なんですって。」
 ミロシェビッチ・フェデラー夫人が天井に向かって大声を張り上げた。
 「ミルカ、そんなに大声を出すとお腹の子供が驚くじゃないか。」
 ロジャーはナイキのスワッシュが小さく刺繍されたフレンチオープン用のコック帽を冠り、手には大皿に盛られたいつものスパニッシュオムレツを持ってリビングに現れた。


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 「本当、いきんだら、跳び出しそう。」


 ミルカはそう言いながらお腹をさすった。
 「ロビンのガールフレンドって、まだ若いんだろう。」
 「それが、年上なんですって。」
 ミルカはうれしそうに言った。


 「ロビンのガールフレンドもモデルさんをしているらしくて、エリンが先輩らしいは。」
 エリンというのは、エリン・ノルデグレンのことで、今はタイガー・ウッズの奥さんをしている2児のママである。2004年にタイガーと結婚するまでは、スエーデンの人気モデルだった。


 「それよりもラファが心配ね。やっぱりあのピンクのシャツがいけないのよ。」


 ミルカはロジャーの作るスパニッシュオムレツを頬張りながら言った。
 ミルカがロジャーにスパニッシュオムレツを作らせるようになったのは、ミルカが信じる風水の影響である。ラファエル・ナダルの母国であるスペインを食べることで、ロジャーがラファに勝つための秘策だと考えたのだ。どこが風水なのかはわからないが。
 「確かに心配だね。ウインブルドンには出てくると思うけど。」


 フェデラーがやっと勝ち方を思い出してきたのは、マスターズのマドリッド大会決勝でナダルに勝ってからのことである。全仏の前哨戦であるナダルのホーム、スペインでの大会、それもクレイで勝ったのである。
 しかし、ナダルはもうその時から膝が悪かったのかもしれない。
 そしてナダルは5連覇がかかった全仏の4回戦でまさかの敗北を喫する。その負けた相手がスエーデン出身のロビン・ソダーリング、フェデラーが決勝で下した相手である。


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 「わたし、マリアナに言ったのよ。ラファのピンクのシャツはよくないって。」


 マリアナは、ナイキのフェデラーのクロージング担当である。
 「そしたら、マリアナったら、こういうの。『ロジャーにとってはいいことでしょ。』って。だから、わたし言ってやったの。ロジャーはフレンチではラファに勝ってこそ本物だって。」
 ロジャーもラファが4回戦で負けたのを知った時一瞬言葉を失った。ロジャーが全仏を制覇するということは、ラファに勝つと同義語だったからだ。
 実際これまでの練習もラファを模しての練習だったのだ。


 「マリアナはラファの担当じゃないだろう。ラファの担当は確か。」
 ロジャーがRFと金の刺繍の入った白いエプロンを外しながら思いを巡らした。
 「メリンダよ、メリンダ・グッドマン。思い立ったら吉日。今電話するわ。」
 ミルカは片時も離さないアイ・ホーンのボタンを押した。


 「マリアナ?おはよう。え、おはようじゃないの?あなたどこに居るの?ニューヨーク?あら、真夜中じゃない。」
 電話を掛けたのはミルカのほうである。
 「それでね、悪いんだけど、メリンダの携帯の番号を教えてもらえる?」
 マリアナ・フルーマンはミルカの真夜中の電話にはもう慣れっこになっている。
 「わかったわ。彼女もニューヨークかしら?わからない?」


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 電話の向こうのベッドの中のマリアナが答えた。


 「さあ、ラファの担当がどこにいるかまでは。でも、メリンダはわたしと違って夜中の電話には慣れてないと思うんです。」
 「わかってるわよ。それじゃあ、おやすみなさい。それから、ロジャーのウインブルドン用のウエアだけど、もうセーターはだめよ。」


 自分の言いたいことが終わるとすぐに切る。ミルカの性分はお腹にこどもがいても変わりはしない。
 「メリンダがこっちにいるといいんだけど。」


 ミルカは今マリアナから聞いたメリンダの携帯番号をプッシュした。


つづく。