Assault ② | 雛帳~Hina-Tobari~

雛帳~Hina-Tobari~

“・・・・・・度し難い間違いです。決して同じものだなんて思わないでください”



綺麗になって行きやすくなった――それでも実際は立ち入り禁止なのだが――階段を登り、俺は屋上への扉を開けた。ヒュオンと強い風が身体を通り抜ける。

いつものように校則ギリギリの真っ白な服の九墺印灯子と、そのメイドである舘矢輝が、貯水タンクに背中を預けてのんびりと座っていた。

灯子の目が俺を捉える。

「おーおー、くじょー。何をしにきたのかな?」

近付いてみると、輝のほうは眠ってしまっているらしかった。春眠暁を覚えず、というやつであろうか。悪戯したくなるような寝顔を浮かべてすやすやと寝息を立てている。

「・・・・・・輝はこのままで大丈夫なのか?」

「そのために、私はここで見張っているんだよ」

ふむ。灯子が眠らずにいるのはその為なのか。言われてみれば、珍しく使命感に燃えた目をしているような気がする。

「・・・・・・というのは、冗談で」

「冗談なのか」

じゃあ何なのだ、その熱い瞳は。

「ヒカルを眠らせたのは何を隠そう私だしね」

「・・・・・・何が目的なのだ」

「いやさー、そろそろくじょーが来るんじゃないかと思っていた・・・・・・とまでは言わないけど、もう少ししたらくじょーを呼び出そうとは思ってたんだよ」

「何か用でもあったのか?」

「ふっふっふっ。いやいや、さすがに毎回くじょーを騙してばかりいるのも可哀想になってきたので、今回はくじょーにも私の計画を手伝ってもらおうと思って」

「そうだ。そういえば、それについての文句をまだ言っていなかった」

「おやおや。話を聞いた限りでは、ほぼハッピーエンドだったと思うけど、私は。なら、いいじゃないか」

「・・・・・・待て。何故それを知っている」

「私の力を舐めるなよ」

どーんと無い胸を張って灯子はいつものように言い放った。

「まぁ、文句があるなら別に言ってもいいけど、今はダメだよ。ヒカルが起きてしまうからね」

「・・・・・・確かに、文句という文句は無いといえば無いのだけれど」

結果オーライというか、何というか。ようやく・・・・・・ようやく?・・・・・・自分が何を求めていたのか、自分の根本というか、自分はやはりあの血族なのだなということがよく分かったので、別に構わないといえば構わないのだけど。

でも一言くらいは文句を言いたい。だが、別にそれは今でもなくとも良いであろう。

「それで? 何を企んでいるのだ?」

「むー。そう訊かれると、なんだか言いたくなくなるな。よし。小サプライズとして、やっぱりくじょーには驚いてもらうことにしよう」

「結局そうなるのか。だが、驚かされるのが分かっていて驚くほど、俺は親切ではないぞ」

「ま、そうだろうけどね。きっとくじょーのことだから、顔には出ないんだろうな。先週、最大の驚きがあったばかりだし」

「確かに」

「で、それを含めて、今回はくじょーに私から指令を出させてもらおうか」

「指令?」

「うん」

灯子はむくと立ち上がると、ビシンと俺を指差した。

「くじょーには放課後・・・・・・大体十七時くらいに、この場所に人を迎えに行ってもらいます」

そう言って灯子はポケットから小さな紙を取り出してきて、それを俺に差し出した。紙には地図が書いてある。

「で、その人を私の家に連れてきて欲しいんだな。できれば秘密裏に」

「だが、俺はその人のことを知らないのに、大丈夫なのか?」

「あ、大丈夫。多分、見れば分かると思うから」

「? 俺が知っている人なのか?」

「知っている・・・・・・のかな?」

「何故訊く」

「ま、きっと大丈夫だよ」

「・・・・・・」

よく分からないが、灯子がそう言うのだからそうなのであろう。でも何であろう。これでは俺が灯子のことを心底信頼しているみたいだな。いや、信頼していなくは無いのであろうが。



「ところで、くじょーはここに何をしにきたのかな? 告白?」

「何故だ」

「冗談冗談。あれでしょ。バレンタインのチョコ、誰がくじょーにくれたのかが気になってるんでしょ?」

「ああ」

「でも、それならアンリに聞けばよかったんじゃ?」

「いや、なんとなく聞きづらくてな」

決してそれに気付かなかったわけではない。

「それで・・・・・・誰なのだ? 俺にチョコをくれたのは」

「いくつ貰ったんだっけ?」

「五つ。そのうち一つはアイツだから、分からないのは四つだな」

「あー、イチジク。そういえば彼女、今日は学校来てないね」

「この間のあれで頑張りすぎたらしくてな。未だ休息中なのだそうだ」

「そう」

「で? あとの四つは誰からであったのだ?」

「えっとね」

「・・・・・・ふむ」

なんかドキドキしてきたな。

「まぁ、一つは私なんだけど」

「・・・・・・は?」

「だって血縁には渡せないし」

「それは、そうだな」

「何か不満でも?」

「いや、無い」

ただ、少し意外であっただけだ。でもそうか。確かに、灯子が誰に渡したかなんて考えていなかった。

「てっきり薫さんあたりに渡したのであろうと漠然と思っていた」

「カオルさんは誰からのチョコも受け取らないと公言していた」

「・・・・・・凄いな、薫さん」

姉上以外からのチョコはいらないということか。そうだよな。よく考えてみれば、生徒会長の薫さんがチョコ獲得数のベストテンに入っていないのはおかしい。

「まぁ、そうでなくとも私はくじょーに渡すつもりではあったんだが」

「そうなのか」

「呼び出されて行ってみれば全員仕込みで落ち込んでいるくじょーに、哀れむような視線を向けながらチョコを投げつける予定だったんだ」

「酷いなお前は」

「いやいや、勿論、嫌がらせの意味合いだけではないよ。そうは言っても特に深い意味もないのだが、私はくじょーのことをお兄様の次くらいには好きだからね」

・・・・・・おや? 何だか前にも似たような台詞を一度聞いたような気がするぞ。

「だから、くじょーが私と付き合うという選択肢もないわけじゃない」

「いや、それは無いわ。イチジクと付き合う可能性と同じくらいに無い」

それなら俺は百花を選ぶな、きっと。大体、お互いに本命とは正常に付き合えないから違う人で妥協するとか・・・・・・何だか嫌だ。

「でも、くじょーは私が男装したりしたらきっと惚れるんだろうね」

「いや、まあ、それは・・・・・・否定はできそうにないが」

「男装なんてしないけどね」

「しないのか」

ちょっと想像して期待してしまったではないか。

よし。あとで清一郎さんに灯子が男装するように頼んでみよう。

「・・・・・・で」

一旦此処までの思考を中断し、俺は当初の目的へと頭を切り替えた。

「あと三人は?」

「えっと・・・・・・二年の楸椿(ひさぎつばき)さんと・・・・・・三年の堤野鼓さん、かな」

「あと一人」

「あとは知らん。私がくじょーに渡したのは三つだけだ」

「んん?」

あと一つ。一人。誰であろう。何か、誰か、忘れているような

「あ、テラか」

「テラからも貰ってたんだ、くじょー」

「ああ。最初に」

渡された後に色々あったので完全に記憶から抜け落ちていた。でも思い出せて良かった。あの日、貰って一番嬉しかったのはテラからのチョコであったのだ。それなのに忘れていたのだけれど。いや、忘れてなどいない。抜け落ちていただけだ。

「となると、俺が票を入れるべきなのは、その五人に三票ずつと、輝に一票、というところか・・・・・・いや、テラは名前を書けないのであった」

「くじょーなら名前を書いても大丈夫な気がするけどねー」

「いや、それは無いであろう。カミでさえ、俺に名前を呼ばれて噛み付いてくるのだから」

「ほえー。カミの名前を呼んで噛み付かれるだけで済んだんだ」

「あれは緊急事態であったからな」

「いいじゃん。噛み付かれるぐらい。くじょーは女の子に噛み付かれて興奮したりしないの?」

「興奮する人がいるのか?」

「お兄様は私が噛み付いたらきっと恍惚の表情を浮かべると思うけど」

「・・・・・・それは如何かと思う」

「私もそう思う」

俺と灯子は顔を見合わせ、同時に息を吐いた。

「危ない賭けはしないほうが良いな」

「その危ないというのがどっちの意味なのか、私としては気になるところだけど。でもそうか。くじょーはそんな普通の票の入れ方をするんだ。今回の企画は実質、学校の女王を決める企画でもあるのに」

「なら、こんな不平等な票の配り方をするな」

「だから、票を買う制度も加えたじゃん」

そうなのだ。投票用紙は購買部に三枚千円で売っているのだ。だが三枚千円って・・・・・・高すぎやしないか。

「チョコを貰えなかった人に対する救済措置だよ」

「いや、何か間違っている」

「でも結構買っていく人いるみたいだよ。やっぱりみんな興味があるんだね。そして参加したいんだよ。学校の女王決めに」

「そういうものかね」

まあ、俺も興味が無いわけではない。輝とテラはどっちが人気なのかとか。姉上がどのくらいの票を獲得できるのかとか。イチジクの見た目に騙される連中がどのくらいいるのかとか。

「だから、くじょー。誰に入れるか迷っているなら私に入れるといいと思うよ」

「結局それが言いたかったのか、お主は」