Assault ① | 雛帳~Hina-Tobari~

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“・・・・・・度し難い間違いです。決して同じものだなんて思わないでください”



三月。所謂「去る」月。

徐々に春めいた天気が訪れ始めた、卒業式の次の週。

期末テストの日程との兼ね合いもあり、本来行われるべき日取りよりも遅れてではあるが、先月予想していたように「とあるイベント」が俺たちの通う桐谷高校にて開催されていた。



『ではでは、これより、ホワイトデー特別企画『彼の想いを奪い取れ! てるみーらぶ! ていくみーすきー!』の開始を宣言しちゃいますよん』





先月の十四日に行われたバレンタインデー特別企画『彼女の愛を独り占め! げっちゅーらぶ! ほーるどおんみー!』に対応する形で考えられた企画、それがこのホワイトデー特別企画『彼の想いを奪い取れ! てるみーらぶ! ていくみーすきー!』なのである。

ただし、ルールは多少異なっている。

バレンタインデー企画では、女子にはそれぞれ一人一個、学校特製の「誰」から「誰」に渡されたのかが分かるチョコレートが支給されていたが、今回のホワイトデー企画では、人によっては複数枚の「投票用紙」が朝礼時に配布されている。

そして、男子はその投票用紙一枚につき一人、女子の名前を書いて午後三時までに昇降口前にある投票箱に投函しなくてはならない。自分に割り当てられた投票用紙を全て投票箱に投函できなかった場合、その男子生徒は三学期の成績がその投票用紙の枚数の十倍の点数が引かれてしまうからだ。ちなみに女子のほうはというと、その投票された票数の分だけ成績がプラスされるようだ。バレンタインデー企画同様、成績が関わっているので大抵の生徒は熱心に参加せざるを得ないのである。ただし、三年生の場合は既に先週卒業済みであるために参加する必要性は特に無いはずなのだが、卒業式のテンションを未だ保ち続けているからなのか、それとも進路が決まって安心しているからなのか、あるいはバレンタインデー企画が予想以上に好評だったからなのか、殆どの三年生が企画参加の為に学校に来ているらしい。

正直、なんて酷い企画だと俺は思わなくも無いのだけれど。





俺が今は使われていない第二図書室を訪れると、既に其処には五人の人がいた。

まず目に入ったのが荒谷唯。

少し角度を変えれば中身が見えそうなセーラー服を着て、入り口脇の椅子にちょこんと座っている。とても可愛らしいのだが、これでも男である。うん。油断すると忘れそうになるが、こう見えても男である。忘れてはいけない、大事な事だ。だがついつい忘れそうになってしまう。それは俺が忘れっぽいからだとかそういう問題ではなく、唯が女の子だったら良いのになと俺が常に思っているからでもなく、ただ単に俺が唯のことを好きで好きでたまらないからなのであろう。きっと。

入ってきた俺を見て微笑む唯から少し離れた位置に、俺の数少ない男友達のクラスメイト、佐藤武厳――通称アンリが床に直接座り込んでいた。名前とは違ってすらりと長い身体つきの彼は、チラリと俺の方を見た後、また右手の中のケータイに視線を戻した。

さらに窓際には神名寺ツインズの兄――通称カミが佇んでいた。何かを思い出すように頭を抱えている彼の手には、大きなビニール袋がぶら下がっている。俺には効果が無いので分からないが、一般の女性が見るとこんな様子でもかなり格好良く、悩ましげに映るのであろう。

そして俺から見て右手の小さな黒板の前に、此処らで一番の名家である九墺院家の当主、九墺院清一郎さんと、その執事兼秘書であり、この桐谷高校の生徒会長も勤める舘矢薫さんが立っていた。二人は俺を視界に入れると、清一郎さんのほうがひょいひょいと教室の真ん中辺りにある椅子を顎で指した。

俺は少し迷いながら、その椅子を唯の近くまで引きずっていって唯の隣に腰掛けた。

「あー・・・・・・さて」

黒板前の教卓らしきものに手を突いて、清一郎さんが声を発した。

「とりあえず、誰が何枚の投票用紙を持っているのかを確認しておこうか」

そう言って清一郎さんは自分が握った分厚い紙の束を振った。

「・・・・・・清一郎さん、それ、何票分あるのですか?」

「六十九票分」

「ひゃー」

その数にアンリが素っ頓狂は声を発した。アンリの手には五枚の投票用紙がある。

投票用紙の枚数は、先月のバレンタインデー企画で貰えたチョコレートの数の三倍に設定されている。アンリと俺は一つのチョコを二人で分け合ったので如何なるのかと思っていたが、どうやらアンリのほうに二票、俺のほうに一票加えられたらしい。

そして、チョコの三倍という事は、つまり

「・・・・・・カミは何票だ?」

「七百四十一票」

バレンタインデー企画にて、たった一時間程度で二百四十七個ものチョコレートを獲得したアンリは、重そうにビニール袋を持ち上げて見せた。きっとその中に七百四十一枚の投票用紙が入っているのであろう。

「名前を書くだけで日が暮れてしまう・・・・・・」

「それ以前に、カミの場合は誰に投票するかであろう」

「配布された票の半分以上をカミが持っているんだしな」

「まぁ・・・・・・とりあえずテラに全部入れるという手もあるが」

テラというのはカミの双子の妹の通称である。神名寺ツインズのカミとテラ。同性を排除し異性を魅了する異形の双子。今やその本名は、街中の禁句となっているのではないかと思えるほどに、残念ながら広まってしまっている。禁句なのに広まるという不思議。

「・・・・・・待てよ」

そこで俺はあることに気付いて、投票用紙裏の注意事項に目をやった。

「カミ、お主、如何やってテラに投票するのだ?」

「どうって・・・・・・名前を・・・・・・あ」

そこでカミの顔が青ざめた。

「テラの名前を投票用紙に書くわけにはいかない」

この企画を考えた人間――おそらくいつものお嬢様だと思うが――の作ったルールによると、投票用紙にはその生徒の本名を書かねばならないのだ。だが、テラの本名は少なくともこの学校内では完全な禁句。カミの本名よりはマシだとはいえ――というか、俺は同じ名前の人間を一人知っている――その名前を口にしたり、書いたりしようものなら、兄であるカミといえども即座にテラから殺害されること必須である。

いやまあ、それ以前に、バレンタインデー企画同様この企画も血縁者には票を入れられないのだけれど。

「・・・・・・どうしよう。誰の名前を書こう」

「ま、それでここに集まってもらったんだけどね」

自分の妹の策略に軽く口元を緩めながら、清一郎さんは胸ポケットからボールペンを引き抜いた。

「カミはとりあえず、覚えている限りで自分にチョコをくれた人に票を入れればいいんじゃないのか?」

「やはり・・・・・・そうですよね」

ふぅとカミは溜息をついた。自分でもその案はあったらしい。ただ、自分にチョコをくれた人の数が多すぎて思い出せないから、できるだけ避けたかったのであろうか。

カミはまた深く息を吐いた。

「頑張って思い出します」

そう言って、すぐにカミは教室の隅に詰まれていた机を引っ張り出した。

「あー・・・・・・で」

教卓の清一郎さんの目が、今度はアンリに向けられた。

「アンリくんは、誰に入れるのか決まっているのか?」

「決まっているじゃないですか。ボクはアズアズに全部入れますよ」

「アンリくん、この企画、教師は対象外だ」

「なぬっ?」

清一郎さんに指摘されてアンリは自分の投票用紙の裏に目を凝らした。

「ホントだ。ヤバイ、どうしよう」

「残念であったな」

俺がそう言うと、アンリは悲しそうな目で俺を見て「じゃ、隆屋はどうするんだ?」と訊いてきた。

「俺? 俺は唯に全部入れるが」

「あ、僕に入れちゃうんだ」

隣で唯が恥ずかしそうに頬を押さえた。

「待て、隆屋くん」

だがそこに清一郎さんの声が割り込む。

「この企画は女性限定だ」

「・・・・・・しまった」

完全に忘れていた。いや、覚えていたけど失念していた。そうであった。唯は男であった。

「如何しよう」

俺は投票用紙越しに教室内のメンバーを見回した。

「・・・・・・となると、ちゃんと投票できるのは薫さんと唯だけなのか」

「薫さんは、やっぱり晴起先輩に投票するんですか?」

「・・・・・・あぁ」

薫さんは重々しく頷いた。先週の卒業式の日に告白してまた振られたはずなのに、まだ薫さんは我が姉上――九条晴起のことを諦めていないらしい。

俺はチラリと、隣にいる――姉上の恋人である唯を見た。

「唯も、姉上に入れるのだよな?」

「当然だね」

「あー、そうなるとあれだな。こうなったら、全員でハルキに投票するってどうかね」

教卓に倒れこみながら清一郎さんが適当に言い放った。

「いや、清一郎さん。それはどうかと思いますよ。それに、俺は唯の他にも票を入れたい人がいますから、一応」

俺の手の中にある投票用紙は十六枚。アンリとチョコを分けた輝を除けば、俺にチョコをくれた人は五人いるので、それぞれに三票ずつ投票すれば良いのである。

「・・・・・・あれ?」

そういえば、俺、誰にチョコを貰ったのか知らない気がする。忘れたわけではない。一つは知っているけれど、残りは灯子にまとめて渡された記憶がある。

だからと言って、分かっている一人に全部の票を投じるのは絶対に嫌だな

「・・・・・・清一郎さん、灯子が今何処にいるのか分かりますか?」

「あー、屋上じゃないかな?」