草原が終わり森が始まるあたり、トウブモグラの行列は右手の岩場の方へと続いている。このあたりまで来ると、行列で足踏みするモグラたちの様子は、若手とは随分違う。足腰は鍛えられて引き締まり、背中は黒光りしている。
ギルは岩陰で、数名の精悍なトウブモグラの要人を前に、熱心に説明をしていた。
「では君は、我々の仲間を毎夜襲っているのは軍隊アリだと言うのだな。」
「はい、その通りです。仲間を運ぶ様子も見ていました。」
ギルは、屍の森で見たことや羽アリ軍と共に戦ったこと、それから軍隊アリの女王から聞いたことなど、一部始終をトウブモグラ幹部の前で語った。
ギルはまた、軍隊アリの凡その数と羽アリの数にトウブモグラの数を加えたものを比較し、勝算を割り出した。ひとしきりプレゼンテーションが終わり、今度はギルが質問攻めにあう番だ。
「我々がルートを変えるという手もあるのではないか。」
「しかしそれでは、敵がルートを変えれば、またそれに応じて変更になります。」
「放っておいても、次第に減少してくる可能性もあるのでは?」
「問題の食料は、まだ1年分はゆうにあるそうです。」
「しかし、攻め入って勝算があると思うのかね。」
「はい。でも実際には、やってみないと分かりません。」
彼らも、互いに話し合っている。
「此処を離れて、他所へ向かうのは行進始まって以来のことだな。」
「前例がないことだぞ。」
「この行動に、誰が責任を追うというのか。」
彼らの話を聞いていて、ギルはまたもイライラしていた。若手がサラリーマン根性なら年長者は役人根性か。頭がクラクラして来た。資料を床に叩きつけて立ち去ろうかと思ったその時、ギルの耳に思わぬ言葉が届いた。
「行こうじゃないか!」
声の主は、最初からずっと腕組みをして黙ったまま聞いていた、この一団の最高責任者だった。一たび喋り出すと、ボスの声はよく通る。
「この青年の言うとおりだ。逃げていては同じ。しかも問題を大きくするばかりだ。」それに続けて、
「我々トウブモグラがなぜ行進をしているのか、その本当の目的を知っている者は、私を含めてここには居るまい。我々は祖先の言葉を守ってずっと行進を続けているが、そもそも我々が祖国を追われたのは、こうして議論ばかりしていたからではなかったか。」と言った。
頭の良いトウブモグラたちが隆盛を極めた頃、彼らは議論ばかりしていたのだった。そして行動することを忘れたために、ヒミズモグラに占領されてしまった民族の歴史を、皆はボスの言葉でやっと思い出した。
「先人は我々に歩くことを言い残した。少しづつでも進めと言った。それは紛れも無く、留まらずに行動せよという意味ではなかったか。」
聞いていた他の幹部たちに、もはや誰一人として反対する者はなかった。ボスの言葉には、それだけ有無を言わさぬ説得力があった。
説明会が終わり、援助の確約も取り付けてほっとしているギルの元に、さきほどのボスが親しげに近づいてきた。ボスは、先ほどとは打って変わって親しげな様子でギルに話しかけてきた。
「キミの顔はどこかで見たような気がするのだが・・・。」とギルの顔をしげしげと見ながらボスが言う。
「いいえ、お会いするのは初めてですが。」とギル。
「そうか。他人のそら似か。実はね、君は私が若い頃、世話になった方によく似ておるのだよ。その方は名をギルベルト・ムールと言って・・・。」
そこまで言った時、ギルは相手の言葉を遮らずにおれなかった。
「それは、ボクのおじいちゃんです!」
それからというもの、ボスは懐かしいそうに目を細めて思い出話に浸った。ボスの語る祖父の話はギルの知らなかった事ばかりで、ギルにはまるで昔々のおとぎ話のように聞こえるのだった。
ともかくも、こうしてギルの英断によって、軍隊アリ再攻撃の活路が切り開かれることとなったのだった。(つづく)