レヴィは、おじさんに教えてもらった霧の谷へ行ってみようと思っていた。過去や未来が覗ける窓、そんな不思議な窓を持った屋敷があるという。

 

 レヴィは過去や未来に、さほど感心があった訳ではないが、それでもやはり寄ってみようと思ったのは、自分に関するささやかな疑問を解決する糸口になるかもしれないと思ったからだ。その疑問というのは、他ならぬレヴィが旅に出た理由だった。

 

 色々な事があって家を出たレヴィだった。旅立ちの前に家族の中でどんな事があったのか、色々なシーンはどれも具に思い出せる。むしろ昨日のことのように鮮やかに浮かび上がってきて、レヴィを悩ませるほどだ。けれども、レヴィには『レヴィの旅立ちの物語』が描けなかった。説得力のある理由付けができなかったからだ。この旅を通じて、レヴィはその事についても振り返って纏めてみたいと思っていた。だから、過去を覗いてみるのは、その作業に何らかの役には立つのではないかと思えたからだ。

 

 それと、もう1つ。レヴィには、そんな自分の必要よりも先に、まず頭に浮かんだことがあった。ギルのことだ。

 

 竜の道でたまたま出合ったトウブモグラのギルは、民族の苦難の過去を語ってくれた。だが、なぜ一族が足踏みをしながら行列で行進を続けているのか、その理由は分からないと言っていた。何処を目指しているのかについても、ただ先祖が賢者デロイの言葉に従ったという事を除いて、ギルははっきりとは分からないと言っていた。ギルは意味を確かめたいと言っていたが、霧の谷の窓からトウブモグラ一族の未来を覗くのは、ギルにとって大きな助けになるのでないかとレヴィには思えたのだ。


だからレヴィは、どうせ霧の谷に行くのならば、一直線にそこへ向かうのではなく、ギルを誘って行きたいと思っていたのだ。

幸い、森の口でトウブモグラの行列と別れてからレヴィがたどった道は、地図にすると円弧の形を描く。この場所と森の口を結ぶ直線は、ちょうど円の径にあたる。夜を駆け抜ければ、明日の朝には森の口に着けるだろう。そこまで行けばギルの居るあたりはもう目と鼻の先だ。


ホリねずみレヴィの旅


 

 ギルと別れたのは、レヴィが旅に出て間もない早春のことだ。ギルはいま、どのあたりで足踏みをしているのだろう。幸いトウブモグラの行進は気が遠くなるほどノロいから、間もなく初夏を迎えるといっても、ギルはボクらが合った場所から、さほど進んでいないに違いない。

 

 レヴィはそう思い、森の口へ戻ることを決心した。だが、この時のレヴィには、こんなルートがあるのになぜ誰も通ろうとしないのか。そう考えてみる知恵はなかったようだ。道は、これからレヴィが通ろうとしている場所を、まるで避けるように弧を描いていたのだ。そこに何かがある事を案に指し示すように。だが、レヴィがそれを知るのは、もう少し後になってからだ。

 

 何も知らないレヴィは、ただ楽しみだけを胸に出発した。久しぶりにギルに会える!

出発は夕暮れ時で、森の動物たちが忙しく動き回る時間帯だ。動物も虫たちも、今夜のお台所の準備で忙しく駆け回るのがいつもの森の夕方の風景だ。なのにこの森は、梟の声も、コウモリの羽ばたきも無く、しんと静まり返っていた。レヴィは夕闇から宵闇へと疾風のように駆け抜けた。途中、疾走するレヴィの視界が何かを捉えた気がした。暗い地面の一部が、ずるりと剥がれ落ちたような気がしたが、月も無い夜のこと、きっと錯覚だろうとレヴィはそのまま通りすぎた。


そして、あたりは次第に白んできた。いつものように森には目覚めの音が響いている。朝を迎えたのだ。アザミの花がチラホラと見えてきた。草原は近いようだ。レヴィは、アザミの下で背中を掻いていたギルの姿を思い出しつつ、夜どおし走り続けた疲れも忘れて、一層スピードを上げてギルのもとを目指すのだった。(つづく)