月明かりの下、ショーの幕が盛大に切って落とされた。


ホリねずみレヴィの旅  腕によりをかけた美装が舞台を練り歩く。たんぽぽの花びらをまとった者や、バラの花を巻いた者、相当凝っていて花の顔料で丹念にペイズリー模様を描いていたのはあの坊ちゃんだ。カナブンのモデルさんたちは木の上からしゃなりしゃなりと下りて来て観客の目前でポーズをキメる。いつも下を向いてのそのそ歩いていたクロカナブンたちも、この時ばかりは堂々と顔を上げて「どうよ?」と言わんばかりに胸を張る。

 観客は噂を耳にして集まった森の伊達者たちだ。


 
ホリねずみレヴィの旅  服装には一過言ある蝶々はももちろんのこと、スマートなカマキリやストライプ自慢の縞リスもいる。物見高い蜘蛛も糸をつたって下りてきた。観客たちはモデルさんが目前でポーズをキメるたびに大喜びで喝采を贈る。何て良い気分なんだろうとカナブンは上機嫌だ。

思わぬ珍客も舞い込んできた。ゴキブリの団体さんが最前列に陣取り、誰よりも熱心にショーを見学しはじめた。彼らにとってルックスは大きな関心事なのだろう。その気持ちはクロカナブンには痛いほど分かる。大歓迎です、どうぞ真似して下さいねとでも言うように、モデルさんたちは一層張り切ってポーズをとるのだった。


イベントは大盛況で、ここまでなら何の問題もなかったのだ。だが、それで終わるほど世の中うまくは出来ていない。それにこれは大人の童話だ。

フィナーレが近づいた頃、にわかに舞台が暗くなった。月が隠れたのだ。森の天候は変わりやすい。ポタッという雫から間をおかずに大粒の雨がバシバシと激しく木の葉を叩き、すぐにザーザーと豪雨に変わった。


観客たちは慌てて逃げだす。足の遅いカナブンたちと共に、後に残されたのはレヴィと防水着着用のゴキブリだけだった。豪雨はすぐに止んで、月がまた顔を出したが、再び明転した時、舞台には先ほどと打って変わって見るも無残なモデルさんたちの姿があった。たんぽぽの花びらはぺったりと体に張り付き、バラの花は皺だらけにくたびれ、ペイズリー模様は溶け出してつぶれたイチジクのようで、さっぱりだ。


全員が落胆してうな垂れているところに、誰かが気づいた。突然の雨は思いがけない光景をその場に残していた。客席の一角からぼんやりと鈍い光が発せられている。先ほどゴキブリが居た最前列あたりだ。そこにはゴキブリとは似ても似つかぬ七色の美しい玉虫の群れがあった。黒い衣は彼らの衣装で、激しい雨で流れ落ちて正体が現れたのだった。   


クロカナブンたちは大勢の玉虫の群れに見とれた。そしてその美しさに誰もが溜息をついた。雨はカナブンの虚飾を暴きたて、その逆に隠された玉虫の光を顕にした。それは、自然が作った美しい色彩だった。

「美しいのに、どうしてわざわざ黒になるのですか。」とクロカナブンの誰かが堪えきれずにぶしつけな質問を投げかけた。レヴィもそれが知りたかった。玉虫は平然と答える。

「この姿は目立ちすぎて困るんですのよ。東方にはこの羽をむしって家具に貼り付ける国も居るそうなんです。恐ろしいですわ。」



ホリねずみレヴィの旅 別の玉虫も次々に喋りだす。

「ラメは流行おくれ。今のトレンドは黒ですの。」

「他者に美しいと言ってもらっても、自分がハッピーじゃなければ何にもならないもの。」

「玉虫なんて名前も邪魔なだけ。光らないとダメみたいでプレッシャーよ。私たちはタダので充分よ。」と若手も言う。

 せっかく黒くて羨ましいのに、わざわざ派手な衣装をつけるクロカナブンの気持ちが分からず、だからわざわざ見学に来たのだと玉虫は言う。


他の虫たちの羨望の的であっても本人たちは嬉しくはないらしい。美しく生まれついても他者には想像できない苦労もありそうだ。それに変身願望は誰にでもあるもののようだ。それにしても、わざわざゴキブリにならなくても良いと思うのだが。レヴィはそんなことを考えながら、ふーんと感心しながら聞いていた。


だが、クロカナブンたちの反応は違っていた。クロカナブンたちは玉虫の言うことを事のほか真剣に聞いていた。その後彼らは、何やら思慮深げな表情で話し合っていた。何かひらめいたらしく、坊ちゃんが口を開いた。(つづく)