レヴィと青年は、じっと動かずに”それ”がアザミの前を通りすぎるのを見つめていた。モグラの姿をしている。だが体は半透明だ。体を通して、モグラの列と遠くの森や山がぼんやり見えていた。
列に向かって“それ”は高らかに語りはじめた。
「大衆よ、目を覚ますのだ。我々には先駆者としての使命がある。我々の平和は、我々の為にあるのではない。他の種族たちの目標であり、希望とならねばならない。我々トウブモグラは選ばれし種族なのだ!」
説得力があって引き付けられる。レヴィは思わず聞き入ってしまった。演説はとうとうと続き、論者は自分の言葉に酔っているようだった。
「穴掘りに安住してはならない。我々は自らを、あの薄汚いホリねずみの地位におとしめようというのか!」
(えっ?薄汚いホリねずみ!?)
レヴィがムッとしたのを見て、青年は狙い通りと言わんばかりに、横でキキキっと笑ったかとおもうと、気にするな、アイツはいつも他者を見下すクセがあるんだとフォローした。そして、アイツは自分の優位を示すために、いつも誰かを見下すんだとも言った。
「あれは亡霊だ。あれでも当時は人気論者だったんだぜ。あ、まだオレたちが議論に耽ってた頃の話だけどな。だけどオレたちが新たな道を歩きはじめたというのに、アイツはまだあの時代に縛られてる。」そして、
「ああやって新参モグラ相手にご立派な演説をぶって自己満足してる可愛そうなヤツさ。」と吐き捨てるように言った。
あながちレヴィへのフォローだけとは思えず、青年は心底、亡霊を憎んでいるようだった。だが当のレヴィはといえば、”薄汚いホリねずみ”にはさすがに憤慨したものの、それでも亡霊の雄弁には聞き惚れた。
「言葉」を探す旅に出たレヴィにとっては、無言の行列や足踏みよりも、亡霊の凛々しい言葉のほうに惹かれる気がしたのだ。
「ねぇ、でも、あの亡霊さんは、為になる事も言うよね?」
今度は、青年がムッとした。
「これだから、オマエたち若造は困るんだよ、すぐ言葉に騙されっちまう。いいか良く聞けよ、オレたちはあんな事ばっかりしてたからツケがまわったんだぜ。アイツが大衆を先導した張本人なんだぜ!」
語調が強くなったので、レヴィは黙ってしまった。青年はその様子にもちろん気付いていたが、やはり亡霊を良く言いたくはないらしく、
「そうだな、たまに良いコトも言う。でも、そんな時はだいたい賢者デロイの受け売りさ。」とやはり貶した。
「えっ、賢者デロイだって?」
「そうさ、君も丘の向こうから来たんならデロイに会っただろ? デロイは世界中を旅して真理を探しあてた賢者だよ。だからオレたちトウブネズミの論客たちは、よくデロイの話を聞きに行ったもんだ。オレたちだけじゃないぞ、ヒミズモグラだって、野ウサギだって、時には山猫だって話を聞きに行くぜ。」
驚いた。オーク村の番人だと思っていた賢者デロイが、世界中を旅したとは知っていたが、そんなに偉いネズミだったなんて。
だんだん日が翳ってきた。青年はそろそろネグラに入る時間だと言い、レヴィを彼のネグラへ誘ってくれた。オマエは何も知らないんだな、オレがいろいろ教えてやるよ、と言いながら。
レヴィにとって、今夜寝る場所の提供はありがたい。今から草原の真ん中で安全な場所を探すのは楽ではない。それに何といっても旅の最初の夜だ。正直一人は寂しい。青年は見かけによらず親切だ。そして、ワルっぽいそぶりはしているものの、実はとても真面目で優しい青年なんだと、すでに分かりかけていた。この青年の名はギルといった。
レヴィはギルに導かれて、列の脇に沿うようにズラリと並んだモグラの土豪の1つに入っていった。ギルの短いしっぽが先にしゅるっと、次にレヴィの長いしっぽがクネっと揺れて、土豪の中に消えていった。
日はすっかり落ち、論者の亡霊もいつしか姿を消していた。(つづく)