その昔 西洋占星術に 誕生日は要らなかった

 19世紀以前 時計は ヨーロッパでも日本でも 現代の測り方と違っていました

西洋占星術で使う惑星の定義と、
天 文 学 で 使 う惑星の定義は、異なっています。 Serious 西洋占星術


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 本日の前半の話は、多少我田引水のきらいがあります。注意してお読みください。

 

 苦を観察していくと、惑星たちに現れる現象と重なる部分が多々あります。

 

 子が親に似るのは、姿形だけではなく、考え方や仕草、中には行動までそっくり同じということがあります。遺伝学を持ち出しても、姿形や仕草まではよく似ていると考えられますが、何故、行動まで、行う内容まで似るのか説明できませんし、全ての人が同様に同じことをしないというのも、説明できません。

 

 占星術では、ナチュラル・ルーラーを観察する視点に、「同じ惑星であり」ながら、「ナチュラル・ルーラーとして捉える」と、片や、「ハウスのロードとして解釈をする」という考え方が入り込んでいます。

 

 親の仕草や行動に似るのは、リフレクション・オブ・ライト。反射です。

 

 また、親が子に委託することは、アスペクトに似ています。これは、押し付ける、委任するですから、親が一切を子に任せることです。しかし、全ての子が、しっかりとそれを受託するわけではなく、時には反発もし、無視もし、受付もしません。そこに、良い家庭環境というリセプションのようなものがあれば、しっかりと次の代に受け継がれていくことになります。

 

 下記には、他の外来の思想では解決できないものを載せています。

 

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 因果応報と言いますが、家系の罪の一切の贖罪の為に、福子さんが生まれることがあります。これは、キリスト教の考え方では解決できず、仏教の考え方でも解決できません。仏教では、結局は自分が背負うことになるからです。

 

 子供の数が少ないと、時として家系が途絶えることが出てきてしまいます。これを仕方がないと諦めるのか?

 

 家系隆盛の為に、結婚を通して他の家系の為に嫁ぐか、婿に入れると、両家が隆盛していくという事実を何と解釈すればいいのでしょうか。これは、子が多ければ良いという話でもありません。国家全体のバランスの問題です。現在の法律では、結婚は個人と個人のものとなっていますが、それは西洋の思想のせいです。結婚は旧約聖書でも、家と家のものです。だからといって、子が連れてきた人を、家系に相応しくないと断ると、これまた、家系が衰退する原因になることを明治の人は知りません。

 
 これらの疑問に、数ある外来の思想は答える術を持ちません。旧約聖書がもう少し詳しく、イスラエルの民の移動に付いて、人口を増やしながら移動していく様子を語ってくれれば良かったのですが、ただ「増えながら」としか書かれていません。


 古事記には、国生みの神話の段で、家系隆盛のヒントになる考え方を多く書き留めています。

 

 

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 私が、西洋占星術と一番混同され易いと思っているものが、陰陽五行説だと以前書きました。何故、恐れるのかというと、西洋占星術というのは現在の所、大した思想でもなく、世の中に影響を与えるほどの考え方でもなく、どこか浮薄なエンターテイメントであるので、学者先生がたに、サラッと
『あれ(占星術)は、陰陽五行説と同じでね・・・。太陽と月(太陰)そして、5つの惑星でしょ・・・、支那から渡ってきた、元はギリシャかなんかの考え方かもしれんが、星々が運命を形作るという、とんでも説なんですよ』
と、言いくるめかねないからです。

 

 何故って、太陽と月と、木、火、土、金、水が出てくるからです。

 

 同じ要素を使うからといって、同じ思想が出てくるとは限りません。

 

 陰陽思想が我が国に入ってきたのは、1262年、33代推古天皇の時代だと言われています。日本書紀にあります。中国、当時は百済、その僧の観勒(かんろく)という人が占いと一緒に持ち込んだと書かれています。
「仍りて(よりて)暦本(こよみのためし)、及び、天文(あめのあや)、地理書(つちのことわりのふみ)、並びに遁甲(かくれわざ)、方術(はけのみち)の書(ふみ)を貢(みつぎ)る。」
そして、3~4人の日本人がこれを僧観勒について習ったとあります。

 

 はけのみち(方術)は、後の八卦の語源かもしれません。こんな古くに入ってきた占術は人々の興味をさらったに違いありません。この後、天文や暦を研究する学問が陰陽道(おんようどう)、更に後に、陰陽道(おんみょうどう)となったのだと思われます。この時習い収めた人々の国の政令での位は、陰陽師(おんようじ)という名が冠せられました。陰陽師(おんみょうじ)です。

 

 学問なのか、占術を主に発達したのか、後に、代々家系で受け継がれるようになったことから、公の行事には必要な事柄が、彼ら陰陽師に与えられていたと思われます。「暦」を制定すること。「時」を測ること。地鎮祭や、害気を鎮めること、等々、まさに、我々の持っている陰陽師のイメージですが、今から800年程前に国によって制定されていたことが、古事記によって分かります。


 これが、日本古来の垂示思想の上に塗られていくことになります。

 

 

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 苦難とは、何かと考えてみると、様々な捉え方があると分かりました。

 


 解決策の方といえば、これまた、様々な宗教で奇跡とも思える方法で解決がされたりもします。何も、1つの宗教団体、1つの宗派に限りません。キリストの説法の最中に人々が病から解放され癒され、仏陀の説法の最中にも、空腹までも満たされるという奇跡が行われました。

何も特定の宗教だけの話ではありません。
 

 日本にある多くの宗教団体でも、それは起きます。


 ここで、疑問が湧きます。苦難観が違うし、背景になっている哲学も考え方も違うのに、何故、奇跡的にどこでも、苦が解決することがあるのか? こんな疑問を感じたことはありませんか? 

 

 つまり、苦難観(哲学)と、奇跡的に苦が解決されるのは、まったく別のものであり、宗教に依存しているわけではないことが分かってきます。これは、ちょっと考えるだけでも事実ですから、「苦しみ」、「苦」の解決が宗教で為されるなんて、嘘に決まっています。

 

 別の法則があるのです。

 

 「苦」が解決される共通項は、何なのでしょうか?

 

 おそらくは、心の変化なのです。苦を経験する過程のそれまでの心持ちと、苦が解決する過程の心持ちでは、何かが違うのです。じゃあ、ストレートに心持ちを変化させればいいじゃないかと考えられます。が、これが簡単にいかない。


 物語を見て涙を流すことがあるでしょう。せつなさで、あるいは、嬉しさから、涙を流すくらいの心に変化をもたらすような話を、宗教者にされたら、あるいは、誰かがしたら、心は変わると思いせんか。しかも、その苦に関連する心の部分をいじったならば、苦は解決するはずです。


 実際に、それは起きます。経済的な問題さえも、宗教によらず解決します。何故?

 


 西洋占星術は魂を学ぶ学問ですが、心でアプローチしていかないと、魂に到達しません。その過程で、心が変化していくと問題が解決することを徐々に学んでいけます。もちろん、西洋占星術だけを学んでいても、それに気付くことはありませんが・・・

 

 

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