ヨンがウンスにポソンを履かせるワンシーンの話し。
「乙女だらクリパ2015」参加で書き下ろした「一陽来復」

こちらは、同じ一年最後の一日…ヨンが迎えに来る前の出来事になります。
本編では王宮に向かう二人をかけたらいいなと…



「ヨン、こっちだ。
何をモタモタと!」

内殿の庭で大きく手を振っているのは、ムガクシを従えたチェ尚宮だ。
宮中にて一睨みすれば、ウダルチ テジャンといえども思わず居住まいを正すと評判の御仁。
今日もプジョン チュンソクからの伝言で、チェ・ヨンは渋々とここまで出向いたのだ。

「叔母上、こんな日にいったい何の用事なんです。」
ふてくされた顔で答えれば、ペシンと腕を叩かれる。

「忙しい振りか。この大嘘つきが。
おまえはここに来てからというもの、大晦日毎年伝居と決まってるだろうが…」

…今さらだよ、な。
チェ・ヨンは引きつった笑を浮かべ下を向いた。

「実はな、これを医仙に届けて欲しい。」
叔母はムガクシの一人から大きな包みを受け取ると、チェ・ヨンに差しだしてくる。

「ワンビママからだ。
今夜の儀礼にはむろん参列していただきたい…そういうお達しだ。
…そこでだな、おまえも医仙と一緒にと、おっしゃっておる。」

「どうして俺が…」
チェ・ヨンの声が色めいた。

「儀礼に一人で席に着かせたら、さも婿を探しているようで体面も悪かろう。」
なんでも、えすこっと、というものらしい。」
甥の表情を見やれば…えすこっと…などと呟いており、まんざらでもなさそうだ。

ここはもう一押ししておくか…
「元からの使者をはじめとして、貴人(あてびと)が多く同席なさる。医仙を側室にと望まれでもしたら…」

荷物をひったくるようにすると、チェ・ヨンは背を向けて歩き出していた。

「おい、ヨン! 人の話しは最後まで聞け…
はぁ…よもやまさか、あのなりのまま出るつもりでは…」

☆☆☆

宮中のみんな、忙しそうよね…
今夜儀礼があるんだって、そういってたな。


いつもは目も回るくらい忙しい典医寺も、今日は朝から閑古鳥が鳴いている。
今年最後の一日ともなれば、病もどうやらのしをつけたまま返品されるらしい。

「ここが暇なのはいいことよ。うん。」

「医仙、それではトギを連れて先に出るので、後を頼みます。
…といっても、誰も来ないはずです。なので、後は適当に。」

市井で炊き出しがあり、チャン侍医達は、そこに集まる民の健康診断をするのだという。
ウンスが手伝いたいと申し出ても、やんわりと断られてしまった。

市井か…スゴい人出なのかな…覗くくらいなら…

よし行っちゃえと扉を開ければ…
「医仙、どちらへ…」

あちゃー よりによって…
この人と会っちゃうなんて。


☆☆☆

舌合戦(といっても喋り続けたのはウンスだが)の末に、今二人は市井にいる。

「すごい賑わいね…」
ウンスは、右へ左へ行ったり来たりと、珍しくて仕方ないといった様子。

危なっかしいな…
チェ・ヨンは思わずその腕を掴んでいた。

「俺から離れないように。
一度はぐれたら…いくら目立つ貴女でも、見つけるのは至難の業です。」
「うん、じゃあこうしてっと。」
チェ・ヨンの腕に自分のそれを絡ませてしまう。

「まずは腹ごしらえよ。クッパ食べに行こう! マンボさんのお店。ねっ? 」

そう口にして身体を寄せてくる女人(ひと)。
チェ・ヨンの心臓が、否が応でも跳ね上がる。

「すごい…混んでるわね。
マンボ姐さ~ん、こんにちはー。クッパ食べに来たんだけど…。」

途端に長い腕がスルリと抜け、ウンスは挙げた手を後手にされる。
気がつけば両手首を大きな手に包まれていた。

「イタタタッ ちょっとっ 何すんのよ。」
「貴女は、目立ちすぎです。」
「仲がいいねぇ、相変わらずさ。
ほら、お兄さんちょっと詰めとくれよ。」

マンボ姐がそう声をかけた相手は、チェ・ヨンの姿をジロッと眺め、ゴクンと口の中のものを飲み込んだ。
そうしておいて、たべかけの椀を置くとすぐさま…
「ウダルチ テジャン、こちらに。」立ち上がって礼をする。

店内が急に騒がしくなった。どの席からも同じような声が掛かり…
ドタバタと男達が席を後にしていった。

…そして二人だけが残される。

「…あなたのこと、知ってた。みんな。」
怒らせたかもしれないと少々怯んだウンスだったが、以外にもチェ・ヨンの顔は和んでいる。

「あの人達って、兵士なの? 」
「…番上兵達です。」
「…番上って? 」
「王京に留まっている、という意味。
その期間が終わり、番休で故郷へと帰るところなのでしょう。」
「田舎から出てきてるんだ。」
「あの者達は、本来は田畑を耕すのが生業ですよ。」
「…つまり、二足のわらじを履いてるってこと?
ウダルチにはいるの? そういう兵士。」
「おりませぬ。一人も。」

チェ・ヨンはそれきり口をつぐんでしまう。

「家族の元に帰って行くのね、あの人達。」

羨望のこもった声になっていたのだろうか…
ウンスを見つめた瞳が、さっと陰りを帯びた。

「ね、食べ終わったら、買ってくれるんでしょう?
あなたは、いわばわたしの家族のようなものよ。
叔母さまからの荷物にあったコッシン(履き物)、小さすぎちゃって…
指を折り曲げたって入りゃしない…」

いっそポソン(足袋)のまま行っちゃおうかと、ウンスは片目をつむってみせる。
片方の口元を上げるようにして、チェ・ヨンはようやっと笑顔をみせた。

☆☆☆
















「高すぎるわ…ねえ、別のと取り替えてこよう。チェ・ヨンさんたら。」
チェ・ヨンの袖を掴みながら、ウンスが纏わり付くように話しかけてくる。

「とても…似合いましたよ。貴女に。」
「だからって…贅沢すぎる。」
「俺に、恥を掻かせたいのですか? 」
「…じゃあ、なにか、あなたにお礼をしなくちゃ。」
「…では…」俺の帯を、貴女が選んでくれますか? と、そう言いたかった。

「では、なによ? 」
「貴女が気にすることではありません。
随分と冷えてきました。…どうやら雪になるな。」

白い腕が絡んでゆくと、それから逃れる振りをする。

「こうすると、暖かいのに…」
「こちらの方が、暖かくなる。」

チェ・ヨンはウンスの肩を抱き、柔らかく香しい身体をそっと胸に引き寄せた。

天からはらりと白い雪が舞い降りる。
空いた方の手をかざし、それを受け止めようとする女人(ひと)は、たいそう美しく、幸せそうに見えた。


時が止まればいい…このまま。
暖かいな。このままこうしていたい、ずっと…

二人は、同時に、そう願った。


「乙女だらクリパ」にUpした「一陽来復」につづく