デュマス…そう、マルレーネ・デュマスだったかな…
あの作品、なんてタイトルだったかしら…
ブラックドローイング?

黒人の顔が連なる、コラージュのような作品…
その、どの顔にも、ある種の表情がウンスには見て取れた
運命という名の元に晒された、マイノリティの持つ感情…諦めと闘い
相反するものが、どの顔の下にも隠されている、そんな気がしたのだ

『つまらないな…
どれも絵筆の使い方が同じじゃないか』

当時、付き合いはじめたばかりの、大手新聞社のコラムニストがウンスの隣に立ち、けだるそうにそう作品を評している

『ウンス、それよりもさ…今夜こそ付き合ってくれるんだろ?
もう三回目のデートだし、そろそろ深い付き合いになってもいいころ…痛っ
なっ 何するんだよ…』

そうだった…
思い切り蹴りを入れてやったのよ
見てくれだけの、中身がてんで無い男

悪いけど、他を当たってって、そう捨て台詞を吐いたのよね…わたし
もう、名前も忘れちゃったな…


今、目の前にいるこの男も、初めて会った時はあの絵に描かれた人々のように重たい顔をしていた
黒くて深い色をした瞳以外は…

ウンスは、このチェ・ヨンという武士が、今とても気になって仕方が無い
何かにつけて視界に入ってくる、とでも言えばいいのだろうか…


まず何より背が高いでしょう?
だから遠くからでも目立っちゃうのよ
それと、その髪型
この時代だって、珍しいわよきっと
声は低いけど良く通るし
その大きな手…
長い指…
ちょっと厚めの唇…
とおった鼻筋…
そして…そして、その目よ…
見つめられるとなぜだか落ち着かなくなる
今だって、なんだかこうドキドキしちゃってさ


「医仙、どうされたのです」

チャン・ビンが固まったままのウンスに向かって問いかける

「…ああ、ちょっと考え事をしてたものだから…」

「テジャンをじっと見つめながら、ですか? 」

侍医は、ふふっと笑いをもらしながら調合したばかりの薬草を持ち、チェ・ヨンの脇に立った

「しかし、珍しいですな…コホッ ゴホゴホッ 失礼
まだ少し熱があるもので…
テジャン、いつもはこの程度の外傷、自ら調息で治されてしまうのに…
こちらにお見えになるとは、医仙のことが心配だったとか? 」

その問いに、渋面を作り赤く染めた顔を横に向ける
チェ・ヨンはウンスからようやっと視線を外すことができたのだった

☆☆☆

風邪をひいたと
熱がなかなか下がらないのだと
そうウダルチの一人が話すのを聞き、チェ・ヨンは慌てて典医寺へと急ぐ

そして、典医寺の扉を開けると…寝込んでいるはずの女人(ひと)がこちらを向いた

「あら? チェさん
いつ戻ったの?
ん? 袖が破れてるじゃない
怪我なの?
ここ、座って
ちょっと見せて
ほら、早く」

このところ「サイコ」という呼び名から、「チェさん」というそれに昇格? したらしい
だが、チェ・ヨンは「サイコ」と呼び捨てにされる方が親しい間柄のような気がしてならない
イムジャ、もうサイコと呼んではくださらぬのか…
そう口に出したいのだが、どこかでそれを必死で止める自分がいる

「あなた強いはずなのに、なんでこんな刺し傷をこしらえたの?
これ、小刀でできた傷よね? 」

「大した傷ではありませぬ
ちょっとした事故があったもので…
それよりも、貴女こそお風邪を召したのでは…」

「ああ、それは韓先生なの
みんなにうつしちゃいけないって、籠もってたらしいからちっとも良くならなかったみたい
医者の不養生よね…
あら、チェさん、意外と浅い傷だわ
これなら縫わなくても大丈夫そう
よかった…でも、どうして? 」

大きな瞳をチェ・ヨンに向けて、傷の原因を尋ねかけるウンスに、チェ・ヨンは重たい口を開いた

「…薬の入った飼馬を仕込まれた馬が一頭暴れたおり、手綱を切ろうとしてしくじりました
仕組んだ輩は先ほど捉えましたから…」

(あなたは何の心配もしなくていい、そう云いたいのよね…)

ウンスはチェ・ヨンが気にかけてくれるのがたいそううれしかった

「このところ小さいけどイヤな事件が続いているから…あなたは多忙を極めてるって聞いてた
だから、こうやって来てくれてうれしいわ」

ウンスはにっこりと微笑みかける


この、笑顔にやられるのだ
何も考えられなくなる
ただ黙って見つめていたい
イムジャ…貴女はどういう魔法を俺にかけたのです?
想ってはいけない方だと、理解はできているが…心が…
俺の心は、貴女のこととなると…抑えが効かなくなるのです
心配です
ここ一月の間、王宮のあちこちで小さいが、日頃は起こらぬような事故や企みが頻発している
貴女を狙ったかのような仕掛けまでが見つかり…

☆☆☆

見つめ合った二人が突然ぎくしゃくとし始めた
チャン・ビンはしたり顔だ

「いやいや、冗談はさておき、このところどうも王宮の雲行きが怪しいですぞ コホッ
これ事を事とする(=するべきことをしておく)乃ち其れ備え有り、備えあれば患い無し、ですな
テジャン、医仙をお護りするのも貴殿の役割かと…」

『書経』殷の宰相傳説のくだりを口にすると、チャン侍医はチェ・ヨンに向けニヤリと笑いを投げたのだった



続く



今度は「病」です
一体何が起こるのか…
今週いっぱい出張で、更新が遅れております
書ける時にがんばる作戦で参りますので、「図南~」も含めてやや不定期になるやも…
でも書くのは楽しいから~

そしてマルレーネ・デュマス、昨日TATE MODERNで見てきちゃいました
以前アラーキーとのコラボを日本で開催していましたが…迫力でしたヨン
なのでお話しに使っちゃいました