ハリウッドが教える。認知心理学活用創作術 | ハリウッドが教える最先端物語作成術

ハリウッドが教える最先端物語作成術

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 お世話になっております。物語創作技法研究者の佐藤です。前回は認知心理学に基づいた物語の面白さについてお話しました。今回からその実践編となります。ハリウッドが認知心理学をどのように物語作りに生かしているのか。丁寧に解説してまいりますので、よろしくお願いいたします。

前回の復習
 
 本題に入る前に、軽く前回の復習を行いましょう。認知心理学による面白い物語とはいかなるものだったでしょうか。簡単にまとめれば、「登場人物が自分の感情に基づいて行動を起こす。感情によって引き起こされる行動は因果関係によって連鎖し、変化を生みだす」これが物語の定義です。
 
 一方物語が面白くなるかどうかは、受け取る観客の判断で決まります。「展開の因果関係が明瞭であり、観客が登場人物の行動と感情に納得できる」、「登場人物の行動と心情が引き起こす変化に対して、受け手がはっきりとプラスかマイナスの価値判断を下すことができる」この二つを満たす物語が面白い物語です。要約すれば、人物の行動と心情が理解できるように描かれ、それを判断することで受け手の心も動くのが面白いお話ということになります。理解できないお話や、いいか悪いか判断できない物語は面白くないのです。

キーワードは感情
 
 ここまでの流れからわかるように、学問から考える物語というのは「感情」、「行動」、「変化」、「因果関係」など考えれば誰でも思いつくような数種類の要素が組み合わされたものに過ぎません。あまりにも単純すぎてがっかりしてしまった人もいるでしょう。しかし、考えてみてください。これまで感情や行動に特化した創作法があったでしょうか?よく思い出してみてください。あまりなかったのではありませんか。そうです。ここに述べられている物語の要素は、あまりにも当たり前すぎて見落とされていたものなのです。ハリウッドでさえもこれらの要素にはそれほど着目してきませんでした。
 
 しかしながら、近年「感情」に焦点を当てた創作法が登場してきました。これは極めて妥当な展開だと思われます。「行動」は数が膨大(行動は主に動物行動学という学問で研究されていますが、動物行動学の辞典には200種類以上の行動が記載されています)で、支援を行うには敷居が高い分野です。「変化」は感情や行動の結果から生じるものなので、それ単独で扱うことは難しいでしょう。「因果関係」にいたっては、作品を何度も読み直し、つじつまが合っているかどうかを確認するくらいしか方法がありません。感情は数が限定されており(後述しますが基本は九つしかありません)、観客が価値判断を下しやすいという利点もあります。学問から見えてきた物語を創作に生かすには、まず感情から取組むのがベストなのです。

感情による創作支援法
 
 感情による創作支援法のパイオニアはニューヨーク生まれのカール・イグレシアス(Karl・Iglesias)です。脚本家やスクリプトドクターとしてキャリアを重ねてきた人物ですが、近年は脚本家養成講座の講師として腕を振るっています。彼の創作理論は書籍『Writing for Emotional Impact』以下(エモーショナル・インパクト)にまとめられていて、2005年に出版されて以降着実に版を重ね、講義DVDも発売されるほどの人気を誇っています。感情を基本としてどのように物語を作ればいいかを総合的に解説してくれている好著です。
 
 直近で人気のある創作支援法がカナダで小説家の支援ブログ(賞を取った本格的なもの)を主催するアンジェラ・アッカーマン(Angela・Ackerman)とベッカ・プリージ(Becca・Puglisi)の共著による『The Emotion Thesaurus』(以下エモーション・シソーラス)こちらはブログ出身者だけあって、カジュアルな語り口が好評。物語に登場する感情をまとめ、その感情が導く行動や身体の反応を簡潔に記載しています。
 
 この連載ではまず、『エモーショナル・インパクト』によって感情による物語創作法の全体像を理解し、その後『エモーション・シソーラス』で、細部の確認を行いたいと思います。日本ではまだ見られないノウハウなので、様々な発見があるはずです。ぜひ、お役立てください。

感情の種類
 
 さて、早速ノウハウの内容に触れていきたいのですが、実は一つ問題があります。上に述べた支援法の著者は、創作に使う感情の定義や数を明確にしていません。創作上の必要に応じてそのつど感情を解説するという形式をとっているため、若干網羅性に欠け、わかりにくい点があります。そこで、ノウハウ解説の前に感情の定義と種類を簡単にまとめておきたいと思います。
 
 実は感情の定義は学者の間でも諸説分かれており、明確な決着がついているわけではありません。ただ、最新の研究ではある程度方向が見えてきています。
 
 まず、感情の定義ですが、「動機付け機能を持つ心の動き」とされています。要するに、何かをしたいと思わせる心の働きが感情なのです。感情は大きく「基本的感情」と「二次的感情」の二つに分けられます。基本的感情は人間が生まれつき持っている感情で、どの文化、人種でもそれほどの違いはありません。一方、二次的感情は人間が社会の中で成長し、自分を客観的に見つめられるようになることで生じます。社会的な側面を持ち、道徳的な動機付けをもたらす感情であるため、道徳感情とも呼ばれます。

 基本的感情は五種類、二次的感情は四種類にさらに分けることができ、合計で九種類の感情があることになります。もちろん研究者によってはもっと細かく感情を分類する人もいますが、この九つを押さえておけば大体の感情は網羅できると思います。それでは実際に見ていきましょう。

基本的感情・五種
1、喜び/幸福 
 目標達成や充足行動(摂食や性など)を動機付ける感情です。この感情が生じると目標達成へ踏み切ったり、充足行動を実行にうつしたりします。また、喜びは人間の相互関係を良好にするので、喜びに裏付けられた人間関係は持続する傾向にあります。
2、悲しみ
加害や喪失から逃れようと、助けを求めることを動機付ける感情です。この感情が生じると直接助けを求めるという行動が導かれますが、行動の活力や思考活動は低下するというデメリットも生じます。あまり長く悲しみが続くと心身に悪影響が及びます。
3、恐れ
 危険に直面したときに逃れることを動機付ける感情です。恐れを抱いた人間は、回避や逃亡といった行動を取りますが、危険の刺激に注意を向ける場合もあります。怖いものをつい見てしまう心理がそれに当たり、避けたいにも拘わらず危険に注目してしまうといったアンビバレンツな状況がしばしば生まれてしまいます。
4、怒り
 邪魔な障害を取り除くことを動機付ける感情です。腹が立つのは自分が邪魔されたと感じるからなのです。怒りは目標や障害を取り除く実際的な行動を導きますが、あまりにも怒りが強いと反社会的な行動を取りかねませんので、注意が必要です。ただ、怒りにも良い点があります。怒ることで他者の悪意ある攻撃を防ぐなどの防衛作用を持っていることです。
5、嫌悪
 怒りと似ている感情ですが少し異なります。嫌悪は自分の生存環境を悪化させる問題に直面したときに生じる感情で、環境を浄化したり、有害なものを遠ざけたりすることを動機付けます。嫌悪を感じた人間は吐き気や嘔吐に襲われ、嫌悪するものからの逃走や排除を実行します。

二次的感情・四種
1、恥
 自尊心が傷つけられたときに生じる感情で、他者からの敬意の維持、自尊心の修復を動機付けます。恥を感じた人間は、基本的にその状況からの逃亡や忌避に走りますが、そこで踏みとどまり、名誉を挽回しようとすることもあります。
2、罪悪感
 自分の悪い行いに気づいたときに生じる感情で、自己の悪行を打ち消す動機づけとなります。罪悪感を受けた人間は改心や謝罪を行い、罪を償おうとします。
3、照れ
 他者から過度の賛美を受けた際に、調和のとれた対人関係を回復させようとする動機づけとなるのが照れという感情です。照れを感じると、人は謙遜して謝罪や逃避、言い訳をする傾向にあります。
4、誇り
 社会的に価値ある行為を動機づける感情です。誇りを感じる人間は利他行動や他者の優遇を実践します。

 以上九つの感情を踏まえ、次回から実践に移りましょう。次回はエモーショナル・インパクトから、感情的に魅力的な人物の作り方を解説いたします。ご期待ください。
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