走屍 | 不思議なできごと

不思議なできごと

できるだけオリジナルな、或いはそれに近い怪異譚を公開してゆきたいです。

今回もちょっと漫画にからむお話を。

 かなり前の事だが、近所の親爺さん(仮に○さんとしておく)で、二度死んだ人が居る。
 癌で長期入院していたが、残念ながら看病の甲斐無く亡くなった。遺体が家に運ばれ、通夜の準備で親類縁者などが集まる。義弟のMさんも○さん宅へ寄り、遺体と対面すべく、奥の仏間へと向かったのだが、襖を開けてぎょっとした。○さんが床で上半身を起こしているのだ。Mさんは生き返ったかと思って喜んで抱きつこうとしたが、その顔を見て思いとどまった。鼻には脱脂綿が詰まっているままで目は虚ろ、土気色の皮膚はやはり生きている人のものではない。その途端、Mさんは腰を抜かして床へへたり込んだ。それでも這って逃げようとすると、○さんも同じように這って追いかけてくる。必死の思いで立ち上がると、○さんも立ち上がり、追いかけてくる。Mさんは恐怖で声も出ない。最初は人が沢山居る茶の間へ行こうと思ったが、思い止まった。○さんの異様な姿を身内に見せたくなかったからだ。仕方なくMさんは玄関から外へ出ることにした。○さんもついてくる。Mさん、やや足に力が入るようになったので、走って逃げはじめた。すると、やはり○さんも走ってくる。少しぎこちない走り方だが、確かに走ってついてくるのだ。Mさん、河原の土手には登って来れまいと思ったが、なんと○さんはついてきた。仕方なくMさんは川へと走り降りた。川の寸前でかわそうと考えたのだ。○さんも走り降りたが案の定、勢いがついているため、止まることができず川に嵌り込んだ。その瞬間に○さんは全く動かなくなり、下流へと流されていった。
 警察へ通報し、間もなく引き上げられ、検屍を受けることになった。肺から一滴の水も発見されなかったため、当初はMさんに死体遺棄の嫌疑がかけられたが、偶然近所で○さんに追いかけられるMさんの姿を目撃した人が数人居たため、Mさんは無罪放免となった。という話だ。今なら『○さんゾンビ事件』などとタイトルすることもできるだろうが、当時まだ『ゾンビ』という言葉が知られていなかったので「○さん蘇り事件」などと密かに噂しあったものである。(遺族のことを思いやって一切口外禁止となっていた。)

走屍
杉浦日向子全集 第3巻『百日紅 さるすべり (上)』[筑摩書房発行]より


 全く忘れ去っていた事件なのだがこの話を思い出したのは、杉浦日向子さんの作品『百日紅』を読んでいて同様の出来事が描かれていたからで、江戸時代から同様の事件が語られていたのだな、と思うと少しだけロマンを感じる……訳ないか。
 ちなみにこの「走屍(そうし)」をどうやって解くかというと、ほうきを使うのだそうである。詳しくは杉浦日向子著百日紅 (上)其の二「ほうき」をご一読あれ。