無翼の天使93 | 恋愛小説 くもりのちはれ

知らない人を見るような視線は、すぐに逸らされる。


ベッドに横たわるその人は、言葉にすれば透明で今にも消えてしまいそうだ。


それは生命力の無さからか、蒼白い肌のせいなのか・・・


久しぶりの慶人の姿に驚きもせず、まして微笑みすらしない。


まるで何事も無かったように、花瓶の花を見つめたまま無表情。


慶人もまた、何も話さず・・・ただ立ちすくむ。


『何しにきたの?


聞き逃しそうなほどの細い声・・・その瞬間、慶人が溜息を吐く。


『フッ・・・だよな。何しにきたんだろうな。』


そのセリフと共に、繋いだ手から伝わっていた慶人の緊張が解ける。


『あの人に頼まれたのよね。そうだ・・・お金なら足りてるって伝えておいて・・・


ほら、あっちの世界には持っていけないから・・・今更欲しい物もないから。』


『自分で言えよ。俺はアイツ嫌いなんだよ。』


『そうね、そうだったわね・・・そうするわ。で、その子は噂の彼女かしら?』


突然、顔だけを動かし私に視線を向けた慶人のお母さん。


真正面から見ると痩せて頬はこけてはいるけれど、驚くほど美人。


「どうもはじめまして・・・渡会真菜です。」


『ワタライ・・・ふふっ・・・あの渡会歩のお嬢さんなのよね?あまり似てないわね?


噂は聞いてたけど、案外、その辺に居る普通のコと一緒なのね・・・』


頭を下げた私に注がれた眼差しは、吐かれる言葉とは違う感じ。


目だけで微笑んでるような・・・不思議な雰囲気を持つ人だ。


『同じ世界の人なら、お似合いじゃない。住む世界が違うと苦労するわ。


で、わざわざ彼女に会わせて何が目的かしら・・・今更な感じじゃない?


私達は、もう他人なのだから。』


『そっか・・・そうだよな。けど、コレで最後だ。爺さんに会長命令と言われりゃ来る


しかねぇから・・・他人の見舞いだろうが、仕方が無く来ただけだから・・・


で、そういう事だから、じゃあ。』


えっ?


来たばかりだと思うんだけど・・・帰るの?


慶人が、お母さんに背を向けて病室の扉に手を掛ける。


「慶人・・・」


慶人に続いて病室を出る前に再度、「お大事に」と、頭を下げる。


そして顔を上げた瞬間、その一瞬・・・私の目に思いがけない光景が映る。


それは、胸が苦しく痛くなるほどの思い・・・母親の愛情


〝慶人・・・やっぱり慶人は、ちゃんとお母さんに愛されてるよ。〟


だって・・・だってね・・・


閉じかけの扉の向こう、今にも溢れそうな涙を絶えるお母さんの口が、声無く


〝お願いします。〟と、動いたんだよ




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