表現するということ | SarangHeaven

表現するということ

あんにょん音譜



明日の夜はまた娘のバッジテスト><;

今日も朝から、つちふまずが痛いという娘を接骨院に連れて行き

そのまま練習へ行ってきました。


あすは4時半起きで早朝練習→午後練習→夕方からテスト→帰宅はきっと夜遅く…

月曜、この親子はちゃんと起きて学校&仕事に行けるんでしょうかね( ̄_ ̄ i)



さてさて、最近(いや、これは前からずっと)思っていることがあるのですよ。

たとえば、うちの娘がやっているフィギュアスケートという競技は

何回転のジャンプが、どれだけクリーンに降りられるか、とか

スピンがどれだけ上手に回れるか、とか

技術的な部分への要求がたくさんあるので、

選手も、ついついそこばかり重点をおいた練習をしてしまいます。



でも、ただ高難度ジャンプが飛べる、ただスピンが早く回れるだけでは

多くの人の心を打つことはできません。


真央ちゃんや大ちゃんや明子ちゃんがスケートマニアにだけでなく

一般の人たちにもとても人気があるのは

曲を自分なりに解釈してストーリーを表現したり

ときには、自分自身のそのときの心情を滑りに込めたりすることで

観客と心の一体感を持つことができる選手だからだと、私は思っています。



表現が伴わないものはフィギュアスケートじゃないから。

飛ぶ、滑る、んじゃなくて、舞いなさい。

娘には、常々そう言っています。



え?

本番でジャンプ失敗ばかりだから踊ってごまかせって言ってるんじゃん(←娘の声)









だっはっは( ̄▽+ ̄*)







ちょ、すいません。

話がソレました。



いや、なんで今日はそんな話になったかと言いますとですね…

私が、JYJの3人を好きな理由はそれなんだと再認識したからなんです。



昨年6月の京セラ&東京ドームで、3人が身を振り絞って表現したものを

私たちは全身で受け止めましたよね。

あんなふうにスピリチュアルなキャッチボール(というかラリーというか)

ができるアーティストとファンの関係って、そうそうあるもんじゃないと思います。



この動画を見て、あのときの鳥肌が立つ瞬間を思い出しました。



表現者って、彼らのためにある言葉ですよね。

好きだーーーーーーーーーー恋の矢恋の矢恋の矢

早く生で聴きたいぞーーーーーーーーーーー!!!!!