ノストラダムスの大予言はまだ終わっていなかった!! | シフル・ド・ノストラダムス

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ノストラダムスの暗号解読

ノストラダムスの大予言と聞いて誰もが思う事は、1999年に何も起こらなかったので、ノストラダムスの大予言は外れたという事。ところが、『諸世紀』第6章2番の詩を見てみると、


En l‘an cinq cens octante plus & moins,
On attend le siecle bien estrange;
En l‘an sept cens & trois(cieus en tesmoins)
Que plusieurs regnes un a cinq feront change.


多かれ少なかれ580年頃に
妙な年代で
703年には天にしるしがあって
多くの王国は変わるだろう        大乗和子訳


ノストラダムスは1500年代の人物なので、580年や703年の事を予言する訳がない。よって、年号は暗号と考えられる。一応、自分でも訳してみると、


多かれ少なかれ580年頃に
人々は非常に奇妙な時代を待ちます
703年に(天国の証人)
なんといくつもの王の君臨が1から5に変化するだろう


とにかく年号にはあまり意味がない事が分かったので、次に5章53番の詩を考察してみると、


La loy de Sol,& Venus contendans,
Apparopriant l‘esprit de prophetie,
Ne l‘un ne l’autre ne seront entendans,
Par Sol tiendra la loy du grand Messie.


太陽の法と(強く)主張している金星
預言の霊に適合させながら
一方も他方も理解していないだろう
太陽によって偉大なメシアの法が長続きするだろう


この『預言の霊』という言葉は、聖書のヨハネの黙示録に出て来る言葉で、少し長いが抜き出してみると、


『「ハレルヤ、全能者にして主なるわれらの神は、王なる支配者であられる。わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」。また私に言った、「これらは、神の真実の言葉である」。そこで、わたしは彼の足もとにひれ伏して、彼を拝そうとした。すると、彼は言った、「そのようなことをしてはいけない。わたしは、あなたと同じ僕仲間であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟たちと同じ僕仲間である。ただ神だけを拝しなさい。イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。』


つまり、ノストラダムスの予言は単なる未来予知の予言ではなく、聖書的な未来の予言である可能性が高い。そこで10章72番の詩(1999年の詩)を改めて見直してみると、


L‘an mil neuf cens nonante neuf sept mois,
Du ciel viendra un grand Roy d‘effrayeur,
Resusciter le grand Roy d‘Angolmois,
Avant apres,Mars regner par bonheur.


1999年7の月
天から恐怖の偉大な王が来るだろう
アンゴルモアの偉大な王が復活する
その前後、火星が幸運によって君臨する


Angolmoisは、Anとgolとmoisに分けると、An(年)mois(月)より、年月に挟まれたゴルゴタ(Golgotha)の大王という事で、キリストを暗示したものと思われる。では、何故キリストが「恐怖の大王」と結び付くのか。そこで、また少し長いが、旧約聖書の「エゼキエル書」と「ゼカリヤ書」から抜き書きする。


『人の子よ、ゴグに向かって預言して言え。主なる神はこう言われる、メセクとトバルの大君であるゴグよ、見よ、わたしはあなたの敵となる。わたしはあなたを引きもどし、あなたを押しやり、北の果から上らせ、イスラエルの山々に導き、あなたの左の手から弓を打ち落とし、右の手から矢を落とさせる。あなたとあなたのすべての軍隊およびあなたと共にいる民たちは、イスラエルの山々に倒れる。わたしはあなたを、諸種の猛禽と野獣とに与えて食わせる。あなたは野の面に倒れる。わたしがこれを言ったからであると、主なる神は言われる。わたしはゴグと、海沿いの国々に安らかに住む者に対して火を送り、彼らにわたしが主であることを悟らせる。わたしはわが聖なる名を、わが民イスラエルのうちに知らせ、重ねてわが聖なる名を汚させない。諸国民はわたしが主、イスラエルの聖者であることを悟る。主なる神は言われる、見よ、これは来る、必ず成就する。これはわたしが言った日である。』                   「エゼキエル書」第39章より

『見よ、主の日が来る。その時あなたの奪われた物は、あなたの中で分かたれる。わたしは万国の民を集めて、エルサレムを攻め撃たせる。町は取られ、家はかすめられ、女は犯され、町の半ばは捕えられて行く。しかし残りの民は町から断たれることはない。その時、主は出てきて、いくさの日にみずから戦われる時のように、それらの国びとと戦われる。その日には彼の足が、東の方エルサレムの前にあるオリブ山の上に立つ。そしてオリブ山は、非常に広い一つの谷によって、東から西に二つに裂け、その山の半ばは北に、半ばは南に移り、わが山の谷はふさがれる。裂けた山の谷が、そのかたわらに接触するからである。そして、あなたがたはユダの王ウジヤの世に、地震を避けて逃げたように逃げる。こうして、あなたがたの神、主はこられる。もろもろの聖者と共にこられる。その日には、寒さも霜もない。そこには長い連続した日がある(主はこれを知られる)。これには昼もなく、夜もない。夕暮になっても、光があるからである。その日には、生ける水がエルサレムから流れ出て、その半ばは東の海に、その半ばは西の海に流れ、夏も冬もやむことがない。主は全地の王となられる。その日には、主ひとり、その名一つのみとなる。』                     「ゼカリヤ書」第14章より
                        
「エゼキエル書」に「海沿いの国々に安らかに住む者に対して火を送り、彼らにわたしが主であることを悟らせる。」とあり、「ゼカリヤ書」に「主は全地の王となられる。」とあるので、まさに「恐怖の大王」と一致する。また、年号に関しては、1503~1566年に生きたノストラダムスにとって「終わりの時」を暗示するのに1999年を使ったのではないか。そう考えると7月に、juillet(7月)やseptieme mois(7番目の月)を使わずに「7の月」という中途半端な表現も納得出来る。(7はキリスト教では特別な数字)よって、ノストラダムスの大予言はまだ外れていない可能性が高い事が分かったが、ただ単に聖書からの転用で予言自体が当たらない可能性を考察する。その前に10章65番の詩。


O vaste Rome ta ruyne s‘approche,
Non de tes murs,de ton sang & substance;
L‘aspre par lettres fera si horrible coche,
Fer poinctu mis a tous jusques au manche.  


おお広大なローマよ、おまえの滅亡が近づく
おまえの壁からではなく、おまえの血と本質から
文書による厳しいものがとても恐ろしい印を付けさせるだろう
でくの坊まで全ての人に身に着けられた鋭い剣


現代では、ローマと言えばイタリアの一都市なので、広大なという形容詞は合わない。これはノストラダムスの時代も同じ事で、「おお広大なローマよ」といえば古代ローマ帝国の事を指している事はまず間違いない。ところが、ノストラダムスの時代にも当然、古代ローマ帝国などある訳もなく、予言だと解釈するならば、これは現代のアメリカを指していると考えられる。(ノストラダムスの詩は、「夜の太陽」とか「二つの太陽」または「埋葬された人が墓から出て来るだろう」などと比喩が多い。)そこで、10章91番の詩。


Clerge Romain l‘an mil six cens & neuf,
Au chef de l‘an fera election,
D‘un gris & noir de la Compagne yssu,
Qui onc ne fut si malin.


ローマの牧師は1609年の
その年の初めに選ばれ
灰色と黒の地方から出て
このような人は決して悪い人ではなかった   大乗和子訳


ローマの聖職者は1609年
その年の初めに選ばれるだろう(その年令の指導者が選ばれるだろう)
灰色と黒(女性の)仲間出身の
このような人は決してそんなに悪い人ではなかった


10章65番の詩より、ローマの聖職者はアメリカ大統領の暗示と解釈され、年号は暗号で400年をプラスすると2009年の初めとなる。灰色と黒は、黒人やハーフの人を暗示していると考えられ、(女性の)仲間はヒラリー・クリントン上院議員と考えると、史上初の黒人大統領のバラク・オバマ氏選出の予言と解釈される。ところで前に、ノストラダムスの大予言は単なる未来予知の予言ではなく聖書的な未来の予言と書いた事に矛盾するのではないかという意見に対しては、二重に意味付けをしていると考えている。例えばこの詩は、未来のローマ法王についての予言でもあり、過去のパスツールやアンリ二世への予言なども未来の聖書的な予言でもある可能性がある。そういう訳で、4行目は意味不明となるが、オバマ氏に薬物履歴がある事もまた事実。

 

結論として、ノストラダムスの大予言はまだ終わっていなく、その予言も当たる可能性が高い。そして当たるとするならば、聖書的な未来が待っている事になる。つまり、キリストの再臨。


『そこで彼らはたずねた、「先生、では、いつそんなことが起るのでしょうか。またそんなことが起るような場合には、どんな前兆がありますか」。イエスが言われた、「あなたがたは、惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がそれだとか、時が近づいたとか、言うであろう。彼らについて行くな。戦争と騒乱とのうわさを聞くときにも、おじ恐れるな。こうしたことはまず起らねばならないが、終りはすぐにはこない」。それから彼らに言われた、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。また大地震があり、あちこちに疫病やききんが起り、いろいろ恐ろしいことや天からの物すごい前兆があるであろう。・・・・また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。』          「ルカによる福音書」第21章より