【書評】『震災恐慌!-経済無策で恐慌が来る!』(田中秀臣・上念司著) | スクランブル交差点

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震災に際して多くの書籍が公刊されました。恐らく今後も、震災をどう考えるのか、日本経済の行く末はどうか、経済政策はどうあるべきかという点をテーマにした書籍が、さまざまに公刊されると思います。

本書は、「経済無策で恐慌が来る!」という刺激的なサブタイトルどおり、震災に際して経済政策がうまく働かないことで震災恐慌が来るという最悪シナリオを回避するために何をすべきかが、過去の経済政策の問題点とあわせて論じられている書籍です。

特徴としてみておくべきは、経済政策の失敗という論点は、ここ20年間ほどの我が国の経済停滞の背景にある共通した特徴である、という点です。この問題意識を前提にして、震災に際しての経済政策の議論が、関東大震災、阪神淡路大震災といった過去の大震災と当時の経済政策の経験・反省を踏まえつつ、縦横無尽に展開されていきます。また、本書は著者二人による対談という、読みやすい形となっています。

やはり重要なのは、「第5章 震災恐慌を防げ!」と題した箇所でしょう。「べからず集」ということで、本書では以下の3つがあげられています。

べからず集その1. 増税
べからず集その2. 金融引き締め
べからず集その3. 復興資金の逐次投入

「増税」については、東日本大震災復興構想会議がまとめた『復興への提言-悲惨のなかの希望』にもあるように、復興に際して発行される復興債の資金は現世代の負担、具体的には増税により賄うことが提言されている状況です。現段階では先送りにされる可能性が高まっていますが、税と社会保障改革の議論においても増税が検討されており、さらに財政再建に対しても増税ということで、ありとあらゆる局面で増税が提案されていると言えるでしょう。早すぎる増税は震災で経済が痛んでいる現状では好ましくないこと、この点は肝に銘じておくべきだと思われます。

べからず集のその2.は「金融引き締め」です。デフレが生じている現状を踏まえれば、現状維持では金融緩和は不足しており、さらに強力な金融緩和を行うことが必要となること、この点は、阪神淡路大震災と軌を一にして生じた円高や、関東大震災の際の早すぎる財政・金融政策の引き締めの実行という事実を十分に念頭に置くべきだと思います。

最後にべからず集のその3.は「復興資金の逐次投入」についてです。すでに震災から三ヶ月が経ちました。政府は2011年度一次補正予算として4兆153億円を決定しましたが、うち3兆7102億円は既定経費の減額(予算の組み替え)により捻出しました。内閣府は、今回の震災に伴う直接被害額を積み上げ式で再試算し、16兆円のストック被害額が生じたと述べていますが、原発問題の賠償等の影響を考慮すれば、さらに被害額は膨らむでしょう。早期にさまざまな復興策に目処をつけるには、早いタイミングで十分な金額を捻出することが必要でしょう。年内にどの程度の金額が捻出できるのか、現状では逐次投入に陥るのではないかという懸念がぬぐえません。

著者らは以下のように危機感を吐露しています。

「デフレを容認することは、被災した東北の人たちを見捨てるということです。数百万人の失業者を放置し、あなたも失業の恐怖におびえ続けねばならないということです。財政赤字の悪化を容認するということです。未来ある多くの若者から夢を奪うということです。」(田中秀臣氏)

「今こそ僕達は先人から学ばなければいけない。僕は、これ以上多くの人が苦しむ姿を見てはいられない。不況によって毎年1万人以上の人が自死を余儀なくされているんだ!東北地方を見捨てるな!ということを、強く訴えていきたい。」(上念司氏)

震災は天災としてすでに生じてしまった事象です。しかし震災恐慌は防ぐことが可能でしょう。そのための提言が分かりやすくまとめられている本だと思います。(片岡剛士・三菱 UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員)

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110704-00000301-synodos-soci