11、創業家一族として(5) | フォーエバー・フレンズ

11、創業家一族として(5)

数日後、圭一郎は半年ぶりに丸和工務店本社がある六本木ヒルズへと帰ってきた。

常務取締役として見事に返り咲きを果たした。いつもは作業着姿の圭一郎だが、今日、何か月ぶりかにスーツに袖を通した。久々にスーツを着るとどうも気が落ち着かない。

六本木ヒルズの43階に、丸和工務店の受付窓口がある。エレベーターの扉が開くと、なんと沢山の社員がエレベーターの前までお迎えに来てくれたのである。パチパチという沢山の拍手。女子社員から受ける花束。これにはさすがの圭一郎も驚いた。



「野島常務!復帰おめでとう!」



そう言って、大歓迎で迎えられた圭一郎。久々にみる従業員の顔。その姿をみると、圭一郎は目頭を熱くさせた。圭一郎こそが、この丸和工務店の顔だったのだ。



そして社長室に挨拶に行くと、生稲副本部長。いや、生稲新社長が、大歓迎で圭一郎を迎え入れてくれた。

「圭ちゃん。よく帰って来たな。復帰おめでとう」

「社長、有難うございます」

「なんとか丸和工務店の信頼を取り戻せるように頑張ってくれ」

「はい。頑張ります」

「それともう一つ。俺はもう歳だから、5年後には立派な社長になってくれ」

「わかりました」

そして二人は固く握手を交わした。


5年後には社長となる圭一郎。そしてフィアンセの恭子も5年後には、社長夫人となるのである。

圭一郎には専用の役員室が与えられた。その部屋はぎゅうぎゅう詰めだった立坑内の何倍も広い空間だった。しかしそこには、ベビーモールマシンも設置していないし、油圧ホースも無い。ましてや溶接をする必要もない。

ただ静かで広いだけの、持て余してしまうような無駄な空間だった。

仕事と言えば、政治家の息子の結婚式への出席や、政治パーティー。経済誌が取材にやってきては、その対応をしたりする。講演会の予定も入っている。

会社の顔とは言うものの、所詮は祭り上げられた人間でしかなかった。

お台場の先の海まで見渡せる、ガラス張りの役員室。そこは選ばれし者の空間と呼ばれる。しかし、マリーアントワネットは高き塔に幽閉され、最後はギロチンにて処刑された悲劇の女王である。

高い位置から地上を見渡せるからと言って、決して素晴らしい訳ではない。

地面にしっかりと足をつけ、畑を耕す、道を作る、トンネルを掘る、物を運ぶ。これらを忘れてしまった人間を本当に幸せと呼べるのであろうか?

圭一郎は考えた。今この東京に、どれだけの工事が行われているのかと・・・。

生きる。それは、今目の前にある事に一生懸命になれる事。

優太達と共に、泥まみれになりながら、手掘りでガス管を掘ったあの日のように・・・。


あの時圭一郎は、少なくとも生きる意味を見つけていた。