5、ふしだら(5) | フォーエバー・フレンズ

5、ふしだら(5)

「恭子ちゃんと連絡がとれない」

そう言って圭一郎は、何度も恭子に電話をかけるものの、電話には出ない。一体何が起こったのか?

綾乃にいきなりキスをされてしまった圭一郎。その後、恭子とは連絡が取れずに、結局綾乃と二人帰路へつく事となってしまった。

ガタンゴトンと揺れる電車の中、二人はなんとなく無口にならざる得ない感じになってしまった。

そして綾乃の家がある二子玉川駅を降りると、そのまま二人は夜の街を歩き続けた。

「ノンちゃん。私の事嫌いになった?」

「ううん。そんな事ないよ」

「私ね、品の無い人大嫌い。ノンちゃんみたいに優しくて、品があって、謙虚で、気取らなくて・・・そんな人が好き。ノンちゃんを見ていると、私も将来が見えてくる気がする」

綾乃がそういうものの、圭一郎は自分でなんと言えばよいのか、全く思いつかなかった。

すると初秋の夜空に、一筋の流れ星が流れた。

「あ、流れ星だ」

綾乃はそう言うと、その美しい瞳で夜空を見つめた。そしてゆっくりと語りだす。

「ゼネコン界のプリンスと呼ばれた人が、流れ星のようにこの世界に堕ちてきた。そして今は土木の職人。まるでドラマみたい。でもそんな人生あってもいいんじゃない」

「最近この仕事が好きになってきたよ。何もない所にトンネルを通したり、道を作ったり。それこそが生きる事の本官じゃないのかなって」

「そう、じゃあ天職なのかも。ねえ、ノンちゃんのお父さんて裸一貫から這い上がってきたのでしょ?」

「そうだよ」

「それじゃ、やっぱり若いころはユンボウに乗ってたりしてたんだよね?」

「ああ、親父は若い頃、ユンボウ乗りだったそうだ。そしてお袋はそんな親父の為、夜勤の日は社員の為に弁当作って工事現場までいつも届けにきていたらしい。そんな二人の努力が今日の丸和工務店の礎なんだ」

「そう。いい話だね」

「だから俺、最近思うんだよ。親父だってユンボウ乗りだったんだから、その息子の俺が、トンネル掘りでもいいんじゃないのかって」

「うんうん」

「世間から頼りないだのバカ息子だの言われても、自分の決めた道を堂々と歩けばいいんだって。そして、沢山の人から好かれなくてもいい。天才と褒め称えられなくてもいい。たった一人、自分の気持ちを理解してくれる人がいればそれでいいって。そう、親父とお袋の関係のように」

そんな話をしていると、綾乃の住むマンションの前へとやってきてしまった。

「じゃあ、私の家ここだから。送ってくれてありがとう」

「ああ、また明日」

「おやすみノンちゃん」

そう言うと、綾乃はオートロックの扉を開き、マンションの中へと消えていった。

圭一郎は少し不思議な気持ちになっていた。大手企業の社長の御曹司として育ってきた自分と、母親が暴力団の愛人で、高校すら行かなかった綾乃。

自分とは全く相反する青春時代を過ごした綾乃だが、なんとなく親しみを感じた。

確かに彼女は、小田社長と愛人関係でありながらも、圭一郎にいきなりキスをしたりと、女としてのだらしなさはあると思う。しかし、少なくとも綾乃は自分に「やりたいことをやればいい」というスタンスで物を言ってくれる。今の圭一郎にとってこれほど安らぎを与えてくれる存在はいなかった。

綾乃がマンションの自室に入ると、部屋に明かりがついていた。

「あ、来てたんだ・・・」

そう言いながら履いていたヒールを脱ぎ、部屋の中に入ると、小田社長がソファーに座り、ウィスキーをロックで飲んでいた。

「今日来るって言ってなかったじゃん。来るなら連絡してよ」綾乃がそう言うと、小田社長は「いきなり来て悪いか?」と言う。このマンションは小田社長の持ち物であり、そんな事を綾乃に言われる筋合いはなかった。

「何処ほっつき歩いてたんだ?」

小田社長にそう聞かれるも、綾乃は無視。そして冷蔵庫からビール一本取り出すと、ソファーに座り、グイッと飲む。

正直言って、小田社長の事は好きでも何でもない。ただ、愛人として契約する事で、秘書として雇ってもらえ、マンションまで買い与えて貰える。彼は自分がそれなりの生活が出来る為の道具でしかない。

そして小田社長にとっても、綾乃は綺麗な愛人という見栄の道具であり、また欲望の処理先でしかない。『お金』『欲』『見栄』この3つのキーワードでしか成り立たない、悲しい関係であった。

そしてその日の晩、小田社長は、お約束と言わんばかりに綾乃に求めてきた。そしてその求めに対していつも拒否はしない。ただ、日常業務のようにこなすだけだった。

『俺は綾乃さんの事好きだけど、綾乃さんは少しフラフラしすぎだと思う』

行為の最中、綾乃は圭一郎から言われた言葉を思い出し、思わず目に涙を浮かべた。

そうだよ。私は、確かにフラフラしてる。

だけど・・・。

ここから抜け出せない。

今の暮らしから抜け出せない・・・。