3、あの時こうすれば(4) | フォーエバー・フレンズ

3、あの時こうすれば(4)

相模原の工事現場から、太陽エンジニアの資材置き場に帰ってくると、外はかなり薄暗くなっていた。すると優太はダンプから降り、廃材のH鋼を圭一郎に手渡した。

「明日も今日と同じ相模原の現場に行く。今日中にガスの溶断ぐらい出来るように練習しとけ」そう言うと、資材置き場から去って行った。

吉村はお疲れ様とも言わず「ったく優太さんこんなバカ雇ってさ」と言って去っていく。川崎も何も言わずに去っていく。



そして一人きりになってしまった圭一郎。とにかく初日から、現場の洗礼というものを思いっきり浴びてしまったのである。


それから圭一郎は、薄暗い太陽エンジニアの資材置き場で、ひたすらアセチレンでH鋼を切断する練習をしていた。

ライターを火口に近づけると最初にボウッと大きな炎が出るのが怖い。そしてその炎を小さな火へと絞っていくのだが、今度は小さく絞り過ぎて火が消えてしまう。

「あ・・・消えちゃった・・・」

何度も何度もやり直し、やっとの思いで火を適度に絞る事が出来た。そして、H鋼を切ろうとすると、今度はただダラダラと鋼材が熱さで溶ける始末。どうやっても優太のように上手に切断する事が出来ない。

「ちくしょう!だめだ!」

圭一郎は思わず天を仰いでしまった。

泣きたくなってきた。結局自分は何もする事が出来ない。

そんな事を考えていると、綾乃が「ノンちゃんお疲れ」と言ってやってきた。

「綾乃さん!」



綾乃と一緒に蒲田の街を歩く圭一郎。とにかく元気が無かった。そして「俺って本当にダメだなあ」と言って、寂しげに蒲田のネオンサインを見つめた。

「ノンちゃん。元気だしなよ。誰だって最初はそんなもんだよ」

「ゼネコンマンのくせしてさ・・・」

「でも、経営と職人は違うよ」

綾乃がそう言って慰めると、圭一郎はふと思い出したかのように「俺の親父もユンボウに乗れた。少なくとも現場を率いる事は出来たんだ」と言って、下を向いてしまった。


その時、突然綾乃の携帯の着メロが鳴りだした。そしてカバンの中からキラキラとラメの入ったスマートフォンを取り出すと、なんとその画面には今日も『優太』という文字が表示されてあった。

その瞬間「着信拒否!」と言って、カバンの中にスマートフォンを戻してしまった。

「優太か?」

「うん。あいつ嫌い」

「どうして?」

「品が無いし、しつこいし、事あるごとに好きだ付き合ってくればかりだし・・・それに人に対しての配慮もないし」

「おいおい」

「だってそうじゃん。今日だって残ってノンちゃんにちゃんと仕事教えてあげればいいじゃん。なのにあいつどっかで今日も酒飲んでるんでしょ。自分中心に世の中回ってるとしか思ってないんだよ。現場が出来ないからって、じゃああいつに会社経営出来るの?」

「それは・・・」

「結局自分の勝てるところでグチャグチャ言ってるだけ。酒飲み、バカ、ええかっこしい。ああ、キライキライ!気持ちわる!」




蒲田の街はあまり治安の良い街とは言えず、あたりには日雇い労働者の男達がゴロゴロといる。プンプンとアルコールの臭いが漂う繁華街。田園調布出身の圭一郎にしてみれば蒲田は同じ東京でもかなり縁遠かった。しかしそんな雑踏を平気な顔で歩く綾乃。なんとなくこの街のカラーに染まって見えた。

「私ね。蒲田で生まれたんだ」

「そうなの?」

「うん。母子家庭でね。お母さん、この街でスナックやっていたんだ」

「え?じゃあ今も住んでいるの?」

「ううん。3年前に死んだ」

「そうなのか・・・どんなお母さんだったの?」

「悪いお母さんだった。ヤクザの愛人だったし。挙句の果てにお店で売春斡旋したり、しまいには覚醒剤隠して逮捕されたりで・・・はっきり言って死ねばいいと思ってた」


そんな綾乃の生い立ちを聞くと、圭一郎は何も言えなくなってしまった。とにかく自分には想像の出来ない世界だった。そしてそんな綾乃はさらに自らの悲しい過去を語り続ける。


「中学卒業と同時に、こんな家いやだと言って家出したの。でもね・・・私も結局同じなんだよね。その後はいろんな男の家に転がり込んで転々としてた。今は、太陽エンジニアの社長の愛人やってるし・・・」

「え?うそだろ???」

「そうだよ。社長の愛人。とにかくいい暮らしがしたくて・・・お母さんと同じ快楽主義なのかな。所詮カエルの子はカエル」

そう言う綾乃の目はとても寂しげだった。

「こんな事やっていても幸せになれないと思ってる。でも・・・結局現状から抜け出せないんだよね・・・だってバカだもん」

綾乃はそう言うと、なんとなく寂しげな笑顔で微笑んだ。