2、墜ちてきた星の王子様(4) | フォーエバー・フレンズ

2、墜ちてきた星の王子様(4)

「きゃー!!!」

恭子は、優太の運転するジェットマリンの後ろに乗せられて、悲鳴を上げていた。スピードはどうしても苦手だった。



そしてそんな二人をよそに、圭一郎と綾乃は、テラスで肉をちょこちょこと焼いていた。

「ねえ、ノンちゃん」

「ノンちゃん???」

「野島だからノンちゃん❤ねえ、ノンちゃんて呼んでいいでしょ?」

「は、はあ・・・」

恭子と違って人見知りをしない綾乃は、最初からかなり積極的だった。さすがにこれにはタジタジになってしまう。しかもこちらから何も言わないのに、メアドの交換まで求めてくる始末。





この女お水かな・・・。





思わずそんな事を考えてしまった。そして恐る恐る「綾乃さんて、何の仕事してるの?」と聞いてみた。すると綾乃は「事務員。社長秘書だよ」といって笑った。

「建設会社の社長秘書。優太はウチの下請けの親方だよ」

「そうだったんだ・・・それでか・・・」

「で、恭子はうちの会社が契約している公認会計士事務所の子」

「なるほど・・・」

圭一郎の頭の中に、ようやく人物相関図たるものが完成した。すると綾乃が「で、ノンちゃんと優太はどんな関係なの?」と聞いてきた。

「俺たちは・・・」

圭一郎がそう口にすると、優太が海から上がってきて「おい、何イチャイチャしてんだよ」と言ってきた。

「あっ・・・」

圭一郎はこのデートの主旨を忘れそうになっていた。



そうだった。今日はあくまで当て馬だった・・・。



すると優太が「俺と野島は幼馴染で、高校まで野球やってたんだよ」と自慢げに話し出した。「それでな・・・」そこまで言うと、今度は綾乃が「優太には聞いてない。私はノンちゃんに聞いてるの」と言って話を折る。

完全に板挟み状態となってしまった圭一郎。この気まずい雰囲気の中、今度は恭子が海から上がってきた。その姿を見ると「あ、恭子ちゃん、一緒に泳ごうよ」と言い出した。

まさに救いの舟だった。

「え、でも私、今海に入ってきたばかりで・・・それに泳げないし・・・」

「教えてあげるよ。だからもう一回入ろう。ね」

すると綾乃が「ノンちゃん。私も海に行く」と言って手を引っ張ってきた。優太はそんな綾乃の姿を見て、圭一郎を睨みつける。

もう、気まずい以外何でもなかった。









夕暮れになると、日に焼けた恭子と圭一郎は、ぼんやりと逗子の海を見つめていた。



「野島さん、私ずっと心配してたんだよ」ふと恭子がそのような事を言い出した。

「ああ、ごめん。でも元気にやってるよ」

「野島さんが辞めてから、丸和工務店ムチャクチャになりだしちゃって・・・」

「そうなのかあ・・・でもまあ仕方ないよね・・・今は青田さんが社長なんだから」

「ねえ、野島さん。なんとか丸和工務店に戻れないものかなあ?」

恭子はそう言うものの、それは全くの非現実的な話だった。

「あはは。それは無理だよ」

「でも・・・」



大好きな圭一郎。

『ゼネコン界のプリンス』と言われるも、本当は偉大な父を持つ事で誰よりも生きることにプレッシャーを感じ、そして世間から羨ましがられる事で誰よりも孤独を感じ、そして時には青田のように、刃を向ける者すらいる。

普通の家庭に生まれていれば、このような事もなかった筈。

恭子はそんな圭一郎のつらさというものを、誰よりも理解していた。別に圭一郎が、丸和の御曹司だからと言って好きな訳ではない。



2年前に、早稲田大学政治経済学部を卒業した恭子は、公認会計士を目指しながら、現在の職場である大橋会計事務所に勤める事となった。そして最初に担当となったのが丸和工務店だった。

当時は、公認会計士は絶対的に偉いものだと思っていた。そして税理士の試験に落ちてしまい、落ち込んでいた自分に、圭一郎から「税理士は決して偉くない。教科書のファイナンスと、実務は全く違う。だから気にするな」と言ってもらえた。

その一言で、自分に自信を取り戻す事が出来た。

それからは、なんとなく圭一郎の事を好きになっていったが、なかなか自分の気持ちを伝える事も出来ず、いつも影で見守っているような関係だった。



そんな恭子の秘かな想いに気付く事もなく、圭一郎は寂しげな顔で、ただ夕暮れの逗子の海を見つめ続けた。



臥薪嘗胆を表明し、丸和工務店を下野したというものの、圭一郎自身、自分が今何をすれば良いかがわからなかった。今はプリンスどころか無職のプータローである。道を決められない自分に苛立ちさえ感じてしまう。