21、8のリストバンド(9) | フォーエバー・フレンズ

21、8のリストバンド(9)

翌朝のスポーツ紙は一面『徳永意識不明の重体』と各誌トップに持ってきた。

そして、朝からテレビのニュースも陽一の容態の話題となっていた。

そして『臨時ニュース』と画面が表示された。

「陽一!」恵は思わずそう叫んだ。

だが内容は地震速報だった。

恵は、ほっとして肩を落とした。



恵はもう自分がどうしていいのか、わからなくなってしまった。

そして『蕪』の調理場で、ただ呆然と昼食メニューを作っていた。

「おい!山野!酢入れてどうする!みりんだろ!」料理長から調味料の間違いを指摘された。

「はっ!あ・・・すみません・・・」

「山野、ちょっと休憩しといてくれ。こんなミスされたら困る」

「はい・・・」

恵は、元気なく調理場を去っていった。



そしてランドマークタワーの外のベンチに座って、一通の手紙を開いた。

それは高校2年生の頃、陽一が甲子園の宿舎で、恵への愛する気持ちを書いた手紙であった。



   恵へ



今俺は、宿舎でこの手紙を書いている。

この4ヶ月間俺はずっと野球ばかり見てきた。

でも今日恵への気持ちを、しっかりと伝えたいと思いこの手紙を書いた。

横須賀線の中で恵と初めて出会った時、俺は正直言ってもう何もしたくないと思うほど、疲れていた。

それは親の死だけが理由じゃない。

それまで俺のまわりにはたくさんの人がいたけど、それは野球の上手い徳永陽一を好きでいてくれただけだった。

人にとって俺の存在価値というのは、野球が出来る事だけだった。

恵と出会った頃、不思議と一緒に歩いているだけで気持ちが落ち着いた。

一緒にいるだけで、孤独な気持ちをかき消す事ができた。

でも、やがてたくさんの恵を知る事が出来た。

地味だけど、なにも文句を言わないで毎日地道に生きている恵。

人の事ばかり気にして、自分の事を後回しにする恵。

一言足りない俺にかわって気持ちを代弁してくれた恵。

たまに一人で泣いている恵。

そして、傍にいると時々見せる笑顔の恵。

そんな恵が大好きだ。

恵のおかげで、俺はあの状態から立ち直ることが出来たと思っている。

恵のおかげで俺はここまで頑張る事ができたんだと。

そして俺は今甲子園へ行く事が出来た。

最近は新聞やテレビが取材にやってきて、ちやほやしてくれる。

だけど俺だって人間だ。

明日事故に会って、野球が出来ない体になる事だってある。

野球が出来なくなった俺を相手にしてくれるのは、新聞やテレビでもない。

恵だけだと思っている。

俺の事を本当にわかってくれている人は、恵しかいない思っている。

いつも野球の話ばかりしてごめん。

俺は馬鹿だから野球でしか自分を表現できない。

だから恵の為に必ず優勝して帰ってくる。

の体には野球の血が流れている。

俺は恵にそんな事しかできないんだ

でもいつも恵の事を思っている。

俺が本当に好きな人は恵だけなんだと。



「陽一・・・」

その手紙を読むと、恵の頬にひとすじの涙が流れた。

すると肩をポンと叩かれた。

振り返ると、北山料理長が立っていた。



恵と北山料理長の二人は、ベンチに座りながら、ランドマークタワーのすぐ側の海を見た。

「女房の作ったメシがまずいんだよ」

「そうなんですか・・・」

「新婚当初は、あんなに美味しいと思った女房の作った飯が、今は不味いんだよ。マンネリが原因だと思っていたんだが、それは違ったよ。原因は俺への愛が冷めたんだよ」

北山料理長はそう言うと、恵を見て笑った。

「俺さ・・・人類の半分は女なのに、なんで女の料理人がこんなに少ないんだろうと不思議に思っていたんだ。でもその理由が山野のおかげでわかった気がするよ」

恵が北山料理長を見つめると、海風がそっとなびいた。

「女ってさ、基本食べる事の方が好きなんだよ。女にとって料理というものは、愛する人の為にあるんだよ。だから山野はあの料理甲子園の時、あれだけの味が出せた。あの時山野は、好きな男の為に料理をしていたんだよ。その好きな男に喜んでもらいたいから料理をしていたんだよ」

恵は黙って海を見つめた。

すると北山料理長が、恵の背中をポンと叩いた。

「山野、ロスに行って来い」

「りょ・・・料理長・・・」

「蕪は100年続いている店だから無くならない。でも人間なんていつ死ぬかわからない。だから行って来い」