19、小さないのち(3)
日が落ちると、理子が病院へやってきたので、恵は理子と交替するように、家へと帰った。
理子は、産まれてきたばかりの真理の顔を見て、微笑んだ。
「かわいい。茜ちゃん、私も抱っこしたいよ」
「はい理子ちゃん」
茜に真理を抱っこさせてもらうと、理子はさらに目を細めて微笑んだ。
そして「えへへ。私、おばさんになっちゃった」と言った。
理子は病室の椅子に座りながら、ひたすら真理の事を見つめた。
すると、病室の扉がガチャッと開いた。
茜が入り口に目をやると、そこには茜の母親が立っていた。
「ママ・・・」
理子が呼んだのだ。
「ママ何しに来たの?」
「赤ちゃんを見に来たの」
「ママが縁切るって言ったんだよ。今さら何よ」
すると理子は「おばあちゃんだよ」と言って、茜の母親に真理を抱っこさせた。
「まあ、かわいい。名前は?」茜の母親の問いかけに、理子は「真理ちゃんて言うんだよ」と言って笑った。
「真理ちゃん・・・かわいい・・・。茜の赤ちゃんの頃とそっくり・・・」
茜は真理を抱く母親の姿をじっと見つめた。
「茜、結婚するんでしょ?」
「そうだよ。ママが反対してもするよ」
「そう、頑張りなさいね。そして、遠山君を立派な選手にしてあげなさい」
「ママ・・・」
「これからが大変よ。プロ野球選手の奥さんになるんでしょ」
そしてその日の晩、茜は10ヶ月ぶりに喧嘩していた母親と和解をした。
離れても親子である事には変わらない。
お互いいがみ合っても、結局は二人にも家族の絆というものがあった。
そして生まれてきた小さな命が、その二人を引き合わせた。
恵は横須賀線の車内の中で、茜の言葉を一つ一つ思い出していた。
そして車窓から、見えるクリスマスイブの横浜の夜の景色をずっと見ていた。
『陽一君はまだ日本にいるんだよ。まだ恵の側にいるんだよ。だったら、最後まで好きなままでいようよ。それで沢山の思い出を作って、陽一君を送り出してあげようよ』
陽一はあと3ヶ月しか日本にはいない。
今このままの状態にしても、残り3ヶ月陽一のそばにいても、どちらにせよ別れがやってくる。
好きでい続けても、このままこうやって避けあっていても、いずれ別れはやってくる。
茜の言う通り、このままお互いが避けあうより、沢山の思い出を作って、陽一をアメリカへと送り出したほうがいい。
恵はそのように思い始めていた。
でも別れを言い出したのは恵だ。
今さらどんな顔をして、陽一の前に姿を見せられるのか・・・。
そんな事を思っていると、電車は陽一の住む大船駅へとたどり着いた。
恵は何故か自宅のある鎌倉駅まで行かずに、この大船駅で降りてしまった。
そして沢山の人ごみにまみれながら、陽一の家の方角へと歩き出した。
しかし陽一のマンションの前にたどり着くと、どうしてもドアロックのチャイムを押すことが出来なかった。
自分から別れを告げておいて、今さらこんな事を・・・。
恵は、陽一のマンションの前の花壇のレンガに腰掛けながら、クリスマスイブの夜空を見上げた。
「陽一・・・」
すると恵の携帯に、一通のメールが届いた。
『メリークリスマス。恵、今何してるの?』
「陽一」
恵は思わず微笑んで、そのメールに返信をした。
『陽一のマンションの下にいるよ。なんとなく来ちゃった』
陽一は驚いて、8階の自分の部屋を飛び出して、エレベーターを使って下へと降りてきた。
そして、マンションの入り口にたたずむ恵の姿を見つけた。
「恵」
「陽一・・・」
二人は見つめあった。