15、決戦(3)
6回表、打順は8番の淳紀だった。
痛み止めの薬こそ飲んではいたが、全く意味が無い。
真っ青な顔で淳紀はバッターボックスに立った。
そして「みんなに迷惑だけは絶対掛けない・・・」と心の中でつぶやいた。
そして若狭の投げた三球目、淳紀は渾身の力で振りぬいた。
「ぐわ!」振りぬいた瞬間悲鳴を上げたが、球が何処に飛んだかもわからず無心でファーストベースへと走っていった。
そして思いっきりヘッドスライディングをした。
淳紀のヘッドスライディングに場内はシーンと静まり返った。
打った球は、なんとレフト前へと転がっていったのだ。
「はは・・・ちゃんと見なきゃ・・・」そう言うと、ユニフォームに付いた土を払った。
すると仙台学園のファーストの前原が「大丈夫か?あんまり無理すんなよ」と声を掛けてきた。
「だ・・・大丈夫です・・・」
「そうか」
次の打者が、バントで淳紀を二塁へ進めると、バッターは文麿。
「追い込まれたら、フォークでやられる・・・初球にかけてみるか」そう思いながら、文麿はバッターボックスに立った。
そして若狭が全力で投げた一球目、文麿は思いっきり強振した。
カキーンという金属音が轟くと、ボールはショートの頭上を越えていった。
3塁ランナーコーチの司は迷った。
淳紀がホームまで走りきれるのだろうか?
だが司は手を大きく回して、賭けに出た。
「淳紀君、走れ!」
それを見た淳紀は一気に3塁を駆け抜けて、ホームベースへと走っていった。
そしてレフトがすばやくキャッチをすると、バックホームの返球をした。
走る振動による痛みが、淳紀の体を容赦なく襲った。
「うおお」淳紀は全力で走り、ホームベースへ思いっきりスライディングした。
「セーフ!」
「やった・・・」
淳紀は天を仰いだ。
「港南学院高校先制!仙台学園より1点をもぎ取ったあ!遂に試合の均衡がやぶれました」
実況のアナウンサーは少し興奮気味に、その様子を全国のお茶の間へと伝えた。
スコアボードには『1』という数字が点灯した。
そして3塁側アルプス席からは、大歓声が起った。
仙台学園の内野陣は、マウンド上に集まった。
「すまん」若狭がそう言うと、堀場は「仕方ない。まだ6回だ。なんとかなる」と言って笑った。
そして6回裏、清志朗は2アウトまでこぎつけていた。
「よっしゃああ!」と言って小躍りする清志朗の次の相手は堀場だった。
「こいつを止めないと・・・」堀場はそう思いながら、バッターボックスに立った。
そして、清志朗の投げたインコースのシュートをしっかりととらえた。
カキーンと音が鳴ると、堀場の打った打球は、センター前へと抜けていった。
堀場の打球を見ると、清志朗は「くそ!」と叫んで、マウンドの土を蹴った。
次に迎える打者は、4番の前原だった。
前原も真と同様、バッターボックスに立つと威圧感があった。
陽一は、そんな前原を見ると嫌な予感がした。
そんな前原の威圧感を払拭しようと、清志朗は初球ビーンボールから攻めた。
しかし、前原は清志朗のビーンボールにピクリとも動かなかった。
「なんだと!」
前原は、無表情で清志朗を見つめた。
清志朗のビーンボールは、シュート系で食い込んでくる為、右打者には効果的だったが、左の前原にはあまり効果的ではなかった。
そして「おら!」と掛け声を上げて清志朗が次に投げたボールに、前原の体は瞬時に反応した。
前原がバットを振りぬくと、カキーンと音がなり、ボールはライトスタンドへと大きな弧を描いて飛んでいった。
前原の本塁打に、甲子園は割れんばかりの大歓声が轟いた。
港南学院は前原の2ランホームランで、いとも簡単に逆転を許してしまったのだ。
陽一は、ライトスタンドをじっと見つめていた。
そして「さすが・・・」とつぶやいた。
6回裏を終わって1―2で、仙台学園が1点のリード。
恵は黙って試合を見守り続けていた。
無表情で試合を見続ける恵に、茜は「恵って本当に成長したんだね」と言った。
「えっ?どうして?」
「去年こんな場面になったら、どうしよう茜助けてだったのに」
「あはは、そうだったね。あの時は陽一が落ち込んでいると、自分がどうしていいかわからなくて・・・」
「今はどんな気持ちで見てるの?」
「う~ん・・・負けてもいいよ」
「そうなの?どうして?」