11、恋(3)
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横浜スタジアムの応援席に、由香子と弥生が隣り合わせに座っていた。
今日は由香子がいる為、弥生はその面倒をみる為に応援席にいたのだ。
4回表、2―0で共栄大相模のリード。
真がエラーをしてしまい、清志朗がリズムを狂わしたのか連打を浴びてしまったのだ。
観客席の生徒達からは、野球部への不満がこぼれだした。
「大体徳永ってさあ、もともとキャプテンっていう器じゃねえよ。そもそもあいつをキャプテンにしたのが間違いなんだよ」
「清志朗って奴は、後輩の癖して態度わりいもんなあ。徳永がナメられてんだよ」
「たまたま甲子園にいったもんだから、予算いっぱいもらって高飛車になってんだよ」
もういいたい放題だった。
すると由香子が「お前らうるさい!文句言うなら帰れ!」と言って怒り出した。
「由香子さんほっときなよ」弥生が止めに入った。
「だって!」
「野球部を見に来てくれる人はお客さんと思え。野球部の方針です」弥生がそう言うと、由香子は「わかったよ・・・だけどね、あいつらいい時は、さすが徳永!とか言って、悪くなるとすぐ徳永はキャプテン失格とかいうんだよ。もうムカツク!」
陽一はつらい立場だったのだ。
すると横須賀新報の記者が、由香子のところへやってきた。
「あの・・・横須賀新報ですが、野球部のマネージャーさんですよね。インタビューよろしいですか?」
「あっ、はい!頼りないですけど、私でよろしければ」由香子は思いっきりブリッコに変身した。
清志朗は遂に失点した。
「すまねえ」清志朗は少しうなだれ気味に帰ってきた。
真も「みんなわりい」と言って帰ってきた。
すると淳紀がニッコリ笑いながら「ドンマイですよ」と言って、明るく振舞った。
淳紀のドンマイに、選手達はなんとなく元気付けられた。
そして4回裏、先頭打者の文麿がフォアボールを選んで塁に出た。
すると続く修二に、古屋監督はヒットエンドランのサインを送った。
この作戦が見事に的中し、修二の打った球は、一二塁間を抜けていった。
文麿は俊足を飛ばし、2塁を回って一気に3塁へと駆けていった。
そして3塁ベースにヘッドスライディングした。
港南ベンチに、明るさが蘇ってきた。
そして陽一の打順。
古屋監督は、司にサインを送った。
そのサインに司は「うん」とうなずいた。
カウントは1―2。
一塁ランナーの修二は大きめにリードをとっていた。
すると修二は、「あっ!」と言ってその場に転んだ。
共栄大相模の投手は「しめた!」と思い、牽制球を投げた。
修二は一塁手と二塁手の挟み撃ちになってしまった。
もうこれでアウトと思った時、観客から大歓声が上がった。
なんと3塁にいた文麿が、ホームベースへと突入していったのだ。
「バックホーム!」
共栄大相模のキャッチャーの声もむなしく、文麿はど派手なヘッドスライディングでホームインしたのだ。
しかもその間に、修二は2塁に到達していた。
ノーアウト2塁で、打順は陽一。
古屋監督の隣にいた淳紀は「監督、作戦見せてもいいんですか?今日沢尻が来てますよ」と言った。
「だから見せたんだよ。これは威嚇だよ」古屋監督は笑いながらそう言った。
その時カキーンという音が鳴った。
陽一の打った球が、左中間フェンスに直撃したのだ。
それが2塁打となり、一気に同点に追いついた。
そして続く真も、左中間を破るヒットを放った。
真らしい、芸術的なバッティングだった。
2塁ランナーの陽一が、ホームインして試合を一気にひっくり返した。
沢尻はじっと試合を見ていた。
そして「こいつら、タチ悪いな・・・」とポツリと言った。
少しながら、港南学院に恐怖感を感じた。
コロンブスの休憩室では、店長が「やった!」と言って両手を上げてガッツポーズをした。
だが茜は淡々と「店長、私時間だから」と言って休憩室を出ようとした。
「なんで?最後まで見ろよ。仕事休んで応援に行ってもいいんだぞ」
「いい。私、働く」茜はそう言って、ホールへと消えていった。
「なんだよ・・・倦怠期か?」
茜は妊娠6ヶ月目に突入しようとしていた。
生まれてくる赤ちゃんの為にも、動けるうちに少しでも働きたかった。
客席のテーブルにアルコールスプレーをかけながら、一生懸命テーブルを拭き、そして時折窓から見える、真夏の横須賀の街の景色を見つめた。
「真、頑張ってね」そんな事を思いながら、茜は一生懸命働いていた。
港南学院は、一気にリズムに乗った。
9回表、共栄大相模の攻撃。
スコアは9―2で、港南学院の圧倒的なリード。
そして最後の打者を三振に仕留めると、清志朗は横浜スタジアムの夏の青空に向かって吠えた。