6、初めての挫折(5)
負け試合が終わると、陽一は元気なく恵と帰っていた。
「陽一、大丈夫?」
「ああ・・・」
「元気だして」
「ああ・・・」
すると陽一は立ち止まって、夕焼け空を見上げた。
「俺が駄目なんだろうな・・・」
「そんな事ないよ」
「俺はキャプテンとしての器じゃないんだよ」
「陽一!」
「今度負けたら、俺、キャプテン辞める・・・やっぱりこういうのは真の方が向いてるんだよ」
「そんな事ないよ!去年の秋の事件で、陽一はキャプテンとして責任とったじゃん!みんな陽一の事を信頼してるんだよ!」
「気休めは止めてくれ・・・」そう言うと、陽一はトボトボと歩き出した。
そんな陽一を元気付けようと、恵は「そうだ!陽一、ケーキ食べようよ。私、ご馳走する」と言い出した。
「いらない・・・」
「私が食べたいの」恵はそう言うと、陽一を無理矢理コーヒーショップへと連れて行った。
「美味しい」甘党の恵は、ご機嫌な気持ちでケーキを食べていたが、陽一は手を付けずに、じっと苺のショートケーキを見つめた。
「陽一、どうしたの?ケーキをじーっと見て」
「そうか・・・わかったよ」
「何がわかったの?」
「このケーキを野球部に例えれば、苺の部分は俺や真なんだな。そして盛られたホイップは文麿や修二・・・。そしてデザインをするのは古屋監督や司・・・。そしてこのパンケーキになる人は速見さんだったんだ。そしてあれだけの立派なケーキが出来たんだ。今の俺達は地面の上に、苺やクリームをもっているだけなんだ」
恵はキョトンとして陽一を見つめた。
「そうだ、今の野球部には速見さんのような人間が必要なんだ」
「どうしたの?急に」
「つまりだ、恵のように何事も受け入れられる人間が必要なんだよ」
「えっ?私????陽一、何言ってるの?」
速見は、大きな空虚のような人間だった。
もし速見が今の陽一の立場なら「負けたもんは仕方ない。次勝てばいい」と言って笑うだろう。
そして立ち上がりに自分が打たれても「やっちゃった」と言って笑っていた。
そんな速見を見て、部員達は何故か安心した気持ちになれたのだ。
今の野球部には、その安心感を与える人物がいない。
陽一は野球に関しては、ドライで完璧主義。真は人情こそあるが、人の好き嫌いが激しい。文麿と清志朗は短絡的すぎるし、司は理屈が多すぎる。修二は真面目すぎる。
今の野球部には速見のように、何事も受け入れられる大きな空虚が必要だったのだ。
そして今、一人の人物に白羽の矢が当たろうとしていた。
練習試合第4試合は武南高校だった。
そしてその前日に、グラウンドで古屋監督はスターティングラインナップを発表した。
「1番サード文麿、2番ショート修二、3番センター陽一、4番レフト真、5番ファースト高瀬川」
「えっ?」淳紀は驚いて、顔を上げた。
「6番ピッチャー清志朗、7番ライト慎太郎、8番セカンド利根川、9番キャッチャー山野・・・山野淳紀。以上」
「えっ?俺?俺がレギュラー?」淳紀は驚きのあまり大きな声を出してしまった。
俊介も黙っていなかった「ちょっと待ってください。なんで俺をキャッチャーから外すんですか?淳紀の肩じゃ盗塁を刺せないです」
すると古屋監督は「それはお前の思い込みだ」と一言言った。
「そんな・・・」
「不満なら実験してみよう」
古屋監督がそう言うと38mの位置に白線ラインを引き、セカンド役を二人立たせた。
そしてバッティングマシーンを2機置いて、淳紀と俊介の肩を比べた。
俊介の投げる球は速いが、淳紀の投げるボールは山なりだった。
しかし、淳紀の球の方が早く38mラインに到達したのである。
俊介はその結果に呆然としてしまった。
4月が終わろうとしていた。
陽一と古屋監督は、速見のような空虚を淳紀に求めたのだった。
中学時代から万年補欠だった淳紀は、遂に港南学院高校の正捕手の座についたのである。
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