1、スカウトの旅(2)
横須賀線の車内の中、恵と陽一は隣り合わせに座わっていた。
「相変わらず大変だね」と恵は、陽一を見つめてそう言うと、「一時に比べりゃましだよ」と言って、陽一は恵に微笑んだ。
恵は少し寂しげに「じゃあ日曜日の夕方に会おうね」と言った。
すると陽一は何か思いついたように「そうだ、恵もスカウトに一緒について来るか?」と言いだした。
「えっ、迷惑じゃないの?いいの?」
「いいよ、別に。どうせ司だけだから」
陽一と恵の仲については、もう既に全員知っていたので、今さらコソコソする必要もなかった。
日曜日の朝、横浜駅で3人は集合した。
「ごめんね司君、邪魔しないから」と恵が言うと「いいよ。どうせなら楽しくやろうよ」と司は笑って言った。
そしてこれまで恵は司を野球ヲタクとしてしか見ていなかったが、この旅をきっかけに二人は何故か意気投合してしまったのである。
それはこの二人には一つの共通した悩みがあったからだ。
二人の悩みの原因は由香子にあった。
足の自由を失った由香子は一時相当元気を無くしていたが、わずか一ヶ月で立ち直った。
いや、それどころか以前よりグレードアップしていた。
まず朝は恵に車椅子を押してもらい当校してくるが、途中坂道が多くて車椅子を押すのは大変な作業である。
それは体力の無い恵にとっては、尚更大変な事である。
いつも「はあはあ」と息を切らしながら恵は車椅子を押すが、由香子は自分の手で車輪を回そうとはせずに、ずっと車椅子の上で推理小説を読んでいるのだ。
それだけではなく、放課後まで恵に「恵、あれとって、これとって」と言って、恵を容赦なくこき使うのである。
おかげで恵は2キロ痩せてしまった。
放課後、恵はアルバイトがある為、これで由香子から解放されるのだが、その後由香子の奴隷となるのは、司だった。
野球部のマネージャーとなった由香子は、部員達におしぼりを渡したりして、仕事はするのだが、そのおしぼりの下準備や洗濯に関してはすべて司にやらせた。
「由香ちゃん、たまには自分でやってよ」と言って司が文句を言うと、由香子は「マネージャーとしては私の後輩でしょ」と言って開き直る始末である。
司の家は東戸塚にあるのだが、帰りはいつも鎌倉駅で途中下車し、由香子を家まで送っていった。
由香子の家は鎌倉の高台にあるため、そこまで車椅子を押すのもまた大変な作業なのだ。
もちろん帰りも由香子は自分の手を使う事は無く、無料携帯ゲームの『パクロス』をやるのだ。
まさしく『由香子様』である。
由香子の両親は最初こそ心配して、学校に送り迎えしていたが、最近は恵と司に任せっきりである。
恵と司は電車の中で、まず由香子の両親の悪口を言い出した。
「まったく勝手な親だよ」と司が言うと「でしょ~。昔からそうだよ。何かあれば文句ばっかり言うくせに、面倒な事は何もやらないんだよ」と恵も同調した。
続いて由香子のわがままについての話になった。
「元気になってよかったとは思うんだけど、一時あれだけ可愛かったのに、また元に戻ってしまった。由香子のわがままは絶対に直らない」
恵は、あのリハビリの時の懸命な由香子を、まるで騙されたかのように言った。
司は「まあ、人間の本質なんて変わらないよ。大体あんな人間をマネージャーにする奴も問題だよ」と言って陽一の事を批判した。
だが二人の横にいた陽一は、難しい顔をして携帯電話をいじっていた。
「陽一、だめだよ。ちゃんとしてあげないと。司君がかわいそうだよ」と恵が陽一に言うと、
陽一は突然「ヨッシャ!」と言ってガッツポーズをした。
司と恵は、突然の陽一の行動に驚くと、陽一は「やったぜ!相模国統一だ!」と言った。
なんと陽一は、二人のこの切実な苦労話の最中に『携帯国取りゲーム』をやっていたのである。
「陽一!何してるの!」と言って、恵は陽一の事を叱った。
陽一の、このような無頓着さが大嫌いであった。
A型の恵にとって、陽一のこのような行動が全く理解できなかった。
しかし最近、この陽一の不可解な行動の訳を、少しは理解が出来るようになってきた。
何故なら陽一はB型だったからである。
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