1、スカウトの旅(1) | フォーエバー・フレンズ

1、スカウトの旅(1)

「文麿、別れよ」

「な、なんでだよ!」

「私達、あわないよ」

10月下旬のある日、由香子は文麿に突然の別れを切り出した。

昼休み野球部の部室に、由香子は文麿を呼び出してこの事を告げた。

「お・・・俺は由香子を歩けなくした事を償おうと思っているし・・・」

「それが迷惑なの。償いなんて理由で付き合っていられると疲れるよ」

「ちょ、ちょっとまてよ!」

「足の事はもう言わないからさ。私ももっと自由に生きたい。だからあんたももっと自由に生きなよ」

そう言うと由香子は車椅子を操作して、一人部室から去って行った。

「由香子・・・」

一人部室に残された文麿は、ただ呆然とその場にたたずんだ。



あの後二人は付き合う事になったが、やはりお互いワガママな一面があるせいか上手く行かなかった。

文麿は確かに面白い人間なのだが、由香子と同じくしてソフトな一面を持ち合わせていなかった。

そして文麿は事あるごとに『歩けなくした償い』を主張する為、由香子はだんだんと疲れを感じるようになりだした。

由香子からしてみれば、その『歩けなくした償い』というものが、文麿の一人よがりに見えていた。



結局今回も、由香子の恋愛は1ヶ月を持たずに終止符を打った。



「えへへ」と少し微笑んで、恵はバイト先のロッカーの鏡を見ながら耳にピアスをつけた。

恵のつけたピアスは、小さな星型のピアスで、右がブルーで、左がピンクである。

ピアスを付け終えた恵は、両方のピアスを見るように、右に左に首を小さく振った。

そんな恵の姿を見て茜は「恵、かわいい」と言った。

ピアスは学校では禁止されている為、恵は放課後のアルバイトの前にいつもピアスをつける。

「ねえねえ、どうしたのそのピアス?」

茜にそう聞かれると、恵は少し照れくさそうに「もらったの。誕生日のプレゼント」と言った。

「陽一君から?」

恵は嬉しそうに「うん」とうなずいた。

「なんで左右色が違うの?」と茜は不思議そうに聞くと、どうやら陽一は最初にピンクの星型のピアスを買ったのだが、自分でラッピングしようと思って、その最中に一つ無くしてしまったらしく、そしてその後同じ物を買いに行ったが、もうブルーのピアスしか残っていなかったそうだ。

それでブルーのピアスをプレゼントしたが、恵は「勿体ない」と言って、ピンクのピアスとブルーのピアスを片方ずつ付けるようにした。



恵の誕生日は10月28日であり、誕生日プレゼントとして陽一は恵の為に、その星形のピアスをアクセサリーショップで買ってきたのである。

野球意外は全くの無頓着の陽一にしてみれば、これは恵に出来る最大限の事であった。

とにかく陽一にとってアクセサリーショップに入店する事は、とても度胸のいる事なのである。

しかも2度も入店したのだ。

恵はそんな陽一の気持ちがとても嬉しかった。

茜はそんな恵をじーっと見ると、恵は最近本当に可愛くなってきたなあと思い、恋はここまで人を変えるものだと改めて痛感した。



陽一と恵の関係は、秋が深まっても冷めることは無かった。

それどころか、その関係はスローペースながらも毎日深まりつつある。

今日も『コロンブス』で『ハンバーグマスター恵』を演じ、そしてバイトが終わると汐入駅で陽一と待ち合わせする事になっていた。

「じゃあね茜」恵が改札口へ向かう茜に手を振ると、茜も「バイバイ」と言って手を振った。

大体それから10分後に陽一はやってくるので、恵は陽一がやってくるまでいつもIPODで大好きなレミオロメンの曲を聴いて時間を潰した。

そして「恵」と言って陽一がやってくると、二人は手をつないで横須賀駅へ向う。

「ねえ陽一、今週の日曜日どうするの?」

「夕方まで司と近くのシニアチームを見に行くよ」

「シニアチームって何?」

「リトルリーグが小学生の硬式野球で、シニアリーグはその中学生版だよ。実は来年の戦力確保の為にスカウトしに行くんだ」

「スカウト?そんな事までするの?」

「だって仁科先生がそんな事できる訳ないじゃん」



実は港南学院野球部は、来年4年ぶりに特待生を入学させる事となったのだ。

速見と宮城の引退により、港南学院野球部はバッテリーが不在なのである。

数日前、その穴を埋めようと思い、かつての世界大会の優勝バッテリーが一日だけ復活して、投球練習を行った。

つまり陽一、真のかつてのバッテリーでなんとかバッテリー不在の危機を切り抜けられないのだろうかと思ったのだ。

久々に陽一がマウンドに立ってボールを投げ、その球をプロテクターを着けた真が受けた。

まさに5年ぶりのバッテリー復活であった。

マネージャーとなったばかりの車椅子姿の由香子が、スピードガンを持って計測するとなんと陽一の球は143km/hも出ていたのである。

由香子は「凄い!143キロも出てるよ!」と言って胸を躍らせたが、真は浮かない顔をして首を横に振った。

そして「陽一、駄目だな」と真が言うと、陽一も分かっていたかのように「やっぱりそうか」と言った。

陽一は体が一番成長する中学時代に投手を離れ、ショートを守っていた。

だから投げる球がキャッチしやすい球に矯正されていた。

球筋が素直なのである。

「陽一、はっきり言って、この球じゃ俺打つ自信あるな。全然速く感じない」と真がキッパリ言うと、陽一は天を仰いで「駄目かあ・・・やっぱり新入生に賭けるしかないのか」と言った。

仁科先生がこの事を校長先生に言うと、1名のみ特待生を獲っても構わないと結論が出された。

だが、仁科先生は選手を見る目どころか、最近やっと野球のルールを覚えたぐらいの、ど素人である。

肝心の古屋監督も本業が忙しくて、春まで休業状態である。

今古屋監督は司から毎日メールで送られてくる練習報告書に、目を通すだけである。

こんな状態なので、スカウトは主将の陽一と、司の2名で行う事となった。

司はこの秋に、選手としての立場を捨てて、マネージャーとなった。

正式に言えば、一応は選手登録しているのだが、3塁コーチの立場に徹すると言うことである。

なので練習は一切行わず、古屋監督の窓口となって練習メニューの作成をしたり、他校を偵察したりする事がメインとなっていた。


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