14、責任とは(5)
その日の夕方、恵は『コロンブス』へ行った。
「なに!アルバイトを辞める!!!!」店長は驚きだった。
仁科先生と文麿は学校を辞めるといい、恵はアルバイトを辞めるといいだした。
「何が不満なんだ?給料?それとも人間関係?」と店長はいろいろと理由を聞いてきた。
恵が由香子のリハビリをする事情を説明すると「そうかあ・・・でも、恵ちゃんに抜けられると痛いなあ」と店長は寂しげに言った。
そして「なんとかならないのか?それって何年も続くわけじゃないだろ?」と言った。
すると茜が聞き耳を立てていたのか、事務所に入ってきた。
「店長、私が二人分しっかり働くから、しばらくの間お休みにしてあげたらどう?」
と茜が言った。
恵は「駄目だよ、茜に迷惑掛けてしまう」と言った。
「恵、今度は私が頑張る。だからしっかり頑張ってきて。店長いいでしょ?」
すると店長が「ああそうしよう!俺もホールに出て働くよ。なんとかなるさ」と言い出した。
「でも・・・」
躊躇する恵に、茜は「私、恵のいないバイトなんて考えられない。恵といるから楽しく働けるんだよ。だからしっかり頑張っておいでよ」と言って笑った。
「茜・・・本当にごめんね」と恵は涙し、茜に甘える事にした。
すると店長が「私も『ハンバーグマスター』のいないコロンブスなんて考えられない」と茜のモノマネをして言った。
恵は涙顔で笑いながら「店長、ハンバーグマスターて言わないで」と言った。
「店長!全然似てない!」茜は店長の頭をコツンと叩いた。
やがてコロンブスの事務所から3人の笑い声が聞こえてきた。
そして、恵は学校が終わると由香子を病院に連れて行き、リハビリの付き添いを始めた。
「頑張れ!由香子、頑張れ!」
ポールに捕まって、必死になって歩こうとする由香子を、恵は手を叩いて応援した。
そしてポールにしがみついていた由香子は、やがて手に固定された松葉杖も使い出した。そして何度も転んでは、恵は由香子を抱き起こした。
そうやって恵も由香子も強くなっていった。
「由香子!頑張って!」
夕暮れ時、恵は由香子の車椅子を押して、海辺の道を歩いていた。
由香子は久しぶりに鎌倉の潮風に当たった。
「ねえ恵」
「なに?」
「私、こんな体で結婚できるかなあ?」
恵は「出来るよ。心が綺麗だったら絶対できるよ」と言って、由香子を励ました。
別に由香子に適当に合わせている訳ではなく、恵は本当にそう思っていた。
恵は今の由香子が、以前の由香子と比べてとても素敵に見えた
そして二人はそのまま夕暮れの海辺の道を歩いていった。
(c) ミウラ
|写真素材 PIXTA
その日の晩、恵は家の近くの公園で陽一と会った。
陽一は最終決断を迫られていた。
仁科先生の辞職、文麿の退学、だが由香子の引きこもりだけは、恵が解決した。
「明日仁科先生くるんだよね」
「ああ」
「やっぱり、辞めちゃうのかなあ」恵は心配そうに言った。
陽一は黙っていた。
すると恵は「そうだ、由比ガ浜に行こうよ」と突然言い出した。
「そうだな・・・」
陽一は由比ガ浜が好きだった。
夏ではなく、静かなシーズンオフの由比ガ浜が好きだ。
何故か心が落ち着く場所で、恵は以前にも陽一が由比ガ浜へ行こうと言ったのを覚えていた。
二人は恵の弟の淳紀の自転車を借りて、二人乗りで夜の由比ガ浜へと向った。
そして、海辺のベンチに二人で腰掛け、夜の海を眺めていた。
陽一はずっと悩んでいた。
このまま何もしなければ、仁科先生と文麿は辞めてしまうが、本当にそれでいいのだろうか?
陽一は、真を始め部員の言った言葉を一つ一つ思い出し、ずっと夜の海を見つめていた。
俺に一体何が出来るのか?
陽一が悩んでいるのを見て、恵はそっと陽一の肩にもたれかかった。
すると陽一は、恵の肩をそっと抱いた。
恵は陽一の心がそんなに強くない事を、誰よりも知っている。
新聞では『スター』や『怪物』の異名をとっているが、恵にとって陽一は『怪物』でもなんでもなく、ただの野球が大好きな高校生だ。
陽一は恵に「朝までずっとこうしていて欲しいんだ」と言った。
「うん・・・」恵は小さくうなずいて、目を閉じた。
そして陽一と恵は、お互いのぬくもりを感じながら、いつのまにか由比ガ浜のベンチの上で眠りについた。
鎌倉の町に、秋がやって来ようとしていた。
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