先日の『ナイトレイド』ssのささやかなおまけです。
静音さんの回想にあたる過去の出来事は、別の人の視点ではこんな感じでした。
シリアスが台無しの展開ですが、よろしければどうぞー。
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日暮れ時の霊園。その入り口に、大柄な若者が立っていた。
(お嬢様・・・。もう随分経つが、まだ戻られないのか)
彼女の置かれた状況を思えば、「少し一人になりたい」と言い出すことは不自然ではない。
自分たちは、もうすぐ日本を離れる。主が自由に行動できるのはその時までだ。それまではできる限り彼女の望むようにしたい。自分はそう思ったのだ。
主の希望だとて危険が予想されれば受け入れるつもりはなかったが、今回は単なる墓参り、問題は無いだろう。
その予想は、甘かったのだろうか。
声の届かぬ相手との会話を可能にする主の『能力』はあるが、今は使えない。
あの力はあくまで主のもの。彼女の方に使う意思がなければ、心の声は届くことはない。そういう仕組みだ。
だから、彼の方から話かけることはできない。世界を赤く染める夕焼けや、昇ってきた細い月に不安が募ったとしても、何もすることは――
いや待て。
(月・・・・)
ここではた、と気付く。
月光の元でなら、自分の遠視の能力が使えたことに。
(新月はつい先日。それに、まだ日も暮れきっていない・・・)
これでは発揮できる力はかなり限られるだろう。それでも、少しならば可能なはずだ。幸い主との距離はそう遠くない。
(――よし)
結論は出た。意識を集中し、能力を発動させる。
視界が身体を離れていく。速度は普段より遅く見える範囲も狭いが、おおよその風景は視認できそうだった。
目に入る景色は、人の気配の無い霊園。
(いや・・・)
誰かが独り、立っている。体格からして、女性。
真っ直ぐな長い髪。この時代では珍しい洋装。構えているのは――
(ヴァイオリン・・・・・?)
その姿勢からいっても、間違いないだろう。
なの、だろうが。ここは・・・・
(墓地で)
誰が?
(女が)
何をしていると?
(ヴァイオリンを弾いている・・・)
最後まで完成した文に、思わず力が抜ける。
彼にしては珍しく、自分の目を疑った。
発動していた能力が途切れ、本来の視界が戻ってきた。
(俺も、緊張しているのか・・・?)
何となく目頭を押さえてみる。それで何が解決するわけでもないのだが。
そこに。
「どうしたの?」
声をかけてきたのは、待ち人だった。
物思いにふけっている間に帰ってきていたらしい。
短い髪の少女に不思議そうな顔で見上げられた彼は――
「何でもありません、お嬢様」
迷わず、こう返した。
日暮れ時の白昼夢のごとき光景は、綺麗さっぱり無かったことにする。
「待たせてしまって御免なさい。帰りましょうか」
「ええ」
別れた時には少し堅い顔をしていた主だが、少し緊張がほぐれたように思えたが、その理由を聞くのは屋敷に帰ってからで良いだろう。
それは、断じてあの常識から外れた幻が不気味なせいではない。
あんなものは、幻覚だ。そうに違いない。
在りもしないものに、行動を左右されたりするなどおかしいではないか。
自分はただ、お嬢様がお身体を冷やさないよう気遣っているだけだ。従者として当たり前の判断をしているだけなのだ。
寡黙な青年は、口を開くことなく目まぐるしく頭を働かせて理論を構築していた。彼も人間である以上、説明のつかないものを恐れる気持ちは持っている。
そんなこんなで、普段と比べて足早に歩む従者の背を、主の少女は不思議そうに見上げるのだった。
終わり
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