毎度、馬鹿馬鹿しいお話でございます。やっと終わりの後編です。
本編がこんなにシリアスになるんなら、タイミングをずらしておくべきだったかとちょっと思いました(笑)。
とにかく、行きますー。
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一部の人間にとっては嵐のような夜が開けて、翌朝。
「おはよー」
ツナシ・タクトは両腕の松葉杖で身体を支えながら校門前に現れた。折れた片足に巻かれた包帯が痛々しい。
顔色は流石に良くはないが、目に見えて気落ちしているというほどでもなかった。
「怪我、やっぱり痛む・・・?」
「ちゃんと眠れたか?」
ワコとスガタが心配そうに声をかける。ジャガーと、それにタイガーも二人についてこの場にいる。
タクトとは別の意味で、重い足を引きずるようにしてここまで来たタイガーは、意を決して少年に話しかける。
「タクトくん、あの・・・」
「ん?」
「ごめんなさい・・・・。わたし、その・・・昨日・・・・・」
怪我を負わせた張本人のタイガーは、罪悪感が上乗せされて余計に胸が痛む。ちゃんと説明しようと朝には既に決めていたのだが、どうしたって言いづらい。
そうしてタイガーが口ごもっているうち、タクトは彼女の辛そうな顔を話の途中で判断し、履き違えた。
「仕方ないって。落とした携帯探してたから帰るのが遅くなって、連絡もつかなかったんだろ? 見つかって良かったぁ、これ以上悪いことが続いたらたまんないよ」
「・・・・いえ、その・・・」
タイガーが屋敷に戻った時、スガタもジャガーもタクト負傷の知らせを受けて出かけていて、放課後タイガーに何が起こったのかを知らない。
皆慌てていて問いつめられることもなく、タイガーの苦し紛れの言い訳を信じた。
でも、このままでは駄目だ。本当のことを言って・・・あの組織から助けてほしい。
虫の良い話だとは思うが、タイガー一人の力ではこの事態を解決できそうにないのだ。
(・・・よし!)
覚悟を決め、タイガーが口を開きかけたその時、
「大変よ、みんな!」
「部長?」
「おはようございます、どうしたんです? 一体」
「情報を掴んだの! 綺羅星に、新リーダーが就任したんだって!」
「ぐ」
言いかけた台詞(一晩徹夜で考えて決めたものだ)を喉に詰まらせるタイガー。
彼女がそこで青くなっていく間にも、話は進んでいく。
「その新リーダー、それまでは綺羅星内部でも無名だったのに、タウバーンを倒して組織をあっという間に支配下に置いた凄腕らしいわ。幹部全員が満場一致で認めるほどの大物だそうよ」
「タクトくんに勝った人?!」
「今後の戦いは、厳しくなるな・・・」
「ぐぐ」
「でも、負けるわけにはいかないわ。その新リーダーの正体はまだ不明だけど、皆で力を合わせて、タクトくんの仇を討つのよ!」
「もちろんです!」
「ぐぐぐ・・・」
「僕だって、次は絶対に負けないさ。必ずリベンジしてやる!」
「・・・・・・・・・」
――もしかして、皆さんわかってやってます? わたしが口を割るよう仕向けてたりします?
演劇部一同が沸き立つほど、タイガーは自分の寿命が削られていくように感じる。
自分のしたことは既に皆の知るところなのではないかと思うと、汗が滲むのを止められない。
「あれタイガー、すごい汗。大丈夫?」
「なななな何でもないのよ! ほら、今日暑いじゃない?」
「あー、そうだよねー。僕もギプスが蒸してさー」
「うぅ・・・・」
――ゴメンナサイゴメンナサイ。こんなことになるとは思ってなかったんです、夢だと思ってたんです・・・
タクトの顔は、今のタイガーには直視できなかった。
それは決して、銀河の名を冠されるほどの美少年相手に恥じらっているからではない。
(言えない・・・もう言い出せる空気じゃない・・・・)
――終わった。
ひどく端的な単語がタイガーの心にずん、と落ちる。
「ま、でもとりあえず学校よ。行きましょ、遅刻しちゃう」
部長の言葉に従い、歩き出す6人。
歩くのが大変なタクトをスガタが手伝い、ワコは皆の分のカバンを持つ。
「それくらいなら私が・・・」
タイガーが申し出るが、スガタが「いや、同じクラスの僕らがやるよ」とそれを止める。
去っていく同級生3人の背中を茫然と見つめるタイガー。
徹夜明けのくらくらする頭で、彼女は懸命に考えを巡らせた。
(こうなったら逆転の発想よ! わたしのリーダーとしての行動に、綺羅星の動きがかかってくる。これってすごいことじゃない!)
敵の組織を思うままに操れれば、戦いは優位に運ぶ。そこに賭ければ、事態は好転させられるのでは。
タイガーはその線で具体策を考える。
(解散しちゃうのは・・・ダメだ、隊が員が独立して別の組織を立ち上げるかも)
綺羅星十字団には複数の隊があり、それぞれに代表が率いている。それがバラバラに分離し、好き勝手するようになるだけ、という可能性もある。
(本家綺羅星十字団とか、新生綺羅星十字団とか、NEO★綺羅星十字団とか・・・うわ、そんなことになったら余計面倒ね)
では、彼らの力を無駄に使わせるというのはどうだろう。
(「この廃坑には、まだ眠っている鉱脈が有る。皆でそれを探し、組織の資金源とするのだ!」とか適当な方便で、ひたすら穴を掘らせる・・・・なんていうのは? 少しは時間稼ぎにもなるし、力だって削げるかも)
けれど、少し気がかりもある。
(でも、それを信じて一生懸命になってくれるほど、まだわたしは信用されてないわよね・・・・)
何しろタイガーは昨日までは、宿敵銀河美少年の側にいた人間だ。
しかし、諦めるわけにはいかない。彼女のその一念が実ってか、また別の案が浮かんできた。
(待って・・・不信を使った別の手はどう? リーダーの座を狙って争ってたんだから、各隊はそんなに仲は良くないはず。けしかけて同士討ちが始まれば、組織を内側から崩せない?)
しかし、それにも難点が。
(あー・・・争いの元だった、銀河美少年を誰が倒すかの競争って、わたしのせいで終わっちゃったんだった・・・・)
またも挫折。このままでは駄目だ、とタイガーはやり方を変えることにした。
きっかけすら思い浮かばないが、せめて起点くらいははっきりさせておこう。
相手は、頭数も多く組織立っている。どういう手段をとるにせよ、まず前提として。
(わたし独りでも、始められそうなことを挙げないといけないのよね・・・)
考え込むタイガー。
しばらくして、彼女がたどり着いた答え。それは――
(そう、更衣室! あの部屋が全部使えなくなったら、綺羅星は身動きがとれなくなるわ! しかも衣装の洗濯にも支障が出る!)
ここは南の島。服は小まめに洗わなければ、相当匂うことだろう。そんな状態では、集団行動に支障が出ること受け合いだ。
(我ながら名案よ!)
と、一瞬得意気になったものの、少女の高揚は儚く萎んでいく。
置かれている状況等のせいで、現在のタイガーはやや情緒不安定だった。
(ああ、なんでわたしがそんなしょうもないことを・・・。そもそもなんだってこんな目に・・・・)
言い様の無い切なさを覚えるタイガー。
そこに、ジャガーがこそこそと耳打ちしてきた。
「ね、タイガー」
「な・・・何?」
そう言えばずいぶん考え込んでしまっていたようだ。松葉杖で歩いているタクトらとの間にはかなりの距離ができ、既に自分の教室へ行ったのだろう部長は、既にいなくなっていた。
(ば・・・・バレた? 出ちゃいけないこと口に出してた?)
一人で考えているつもりで、妄想がだだ漏れになっている知人を持つ身だけに、その不味さはよくわかる。心臓がばくばく鳴るのを感じながら、タイガーは同僚の言葉を待った。
「ちょっと気になったんだけど・・・」
「・・・・何・・・?」
――神さま巫女さまお星さま、どうかお助けください。
切に祈るタイガーに、ジャガーはこう囁いた。
「あの光景、グーじゃない?」
「・・・・・・・・はい?」
言っている意味がわからず、タイガーは間抜け面でジャガーの指す先を見る。
そこにいたのは、二人の美少年。ワコは歩く邪魔にならないよう少し離れており、そのためタクトがスガタに凭れかかっている様が一切の障害物無く臨めた。
(見えなくも・・・いや、見える・・・・)
ジャガーの熱意と睡眠不足の化学反応故か、そんな気になってしまうタイガー。
それは、彼女の中の何かにヒビを入れた。
(・・・・ワコ様なら、まだ納得できた。でも、これは無い。有り得ないでしょう!?)
この叫びが届いていたら、きっとスガタもタクトも無条件で賛同してくれたことだろう。
けれど人間には、他人の思念を読み取る能力は備わってはいない。それは、銀河美少年であろうと、『王』のサイバディのスタードライバーであろうと、同じことだった。
(ツナシ・タクト・・・あなたが・・・・!)
衝動、としか言いようの無い理不尽な力が、タイガーの思考を支配していく。
思い込みと、睡眠不足と、先日の体験で彼女が『常識』に負ったダメージ。その三つが、彼女の精神に揺さぶりをかける。
その結果、タイガーを踏み止まらせていた、何か。それが、ぱりーん、と鋭い音をたてて割れた。
一方、同僚の精神世界を塗り替えるのに無自覚に一役買っていたジャガーはジャガーで、まだ己の妄想の世界にトリップ中だった。
「良いわぁ・・・あの手の光景って、中毒性があるわよねぇ・・・・。不謹慎だとわかっていても、さらなる絡みを期待しちゃう」
「・・・・毒・・・さら・・・・毒を食らわば、皿まで・・・・・」
言葉は聞こえているようだが、どこか虚ろに呟くタイガー。後半など会話の内容だけでは意味不明である。しかしノリノリのジャガーが気付くことはない。
「これをきっかけに二人に思いがけず新しい展開が巻き起こったりとか!」
「思いがけず・・・これをきっかけ・・・・」
そら恐ろしい調子で繰り返して、タイガーは薄く笑った。
スタガメ・タイガーは、こうして――
* * *
「綺羅星!」
「「「「「綺羅星!」」」」」
綺羅星十字団員が総出で見守る中、新リーダーが壇上に上がる。
仮面で顔は隠されているが、年若い少女であることが見てとれる。
少女は堂々と聴衆に呼びかけた。
「タウバーンは、このわたしが破壊した! しかし、銀河美少年はまだ我々綺羅星十字団に歯向かう気でいる!」
その様子からは、露ほどの迷いも見い出せない。『我々』と言う時にさえも。
「ここで手を止めてはならない! 奴に我々のおそろしさを思い知らせ、跪かせるのだ! 二度と逆らう気など起こさぬように! 良いな諸君!」
「「「「「綺羅星!」」」」」
皆の士気が目に見えて高まる。新リーダーは、それに十分な資質の持ち主のようだった。
少し離れた場所からその様子をつるんで見ているのは、各隊の代表たち。
「新リーダー、結構ノリノリじゃない。大したものね、恋する乙女っていうのは」
想い人が同じだからか、そのスカーレットキスの言葉には棘がない。わずかなりとも、親近感を抱いているのだろうか。
「きっと、メイドみたいに人に仕える仕事って、色々とストレス溜まるのよ」
それを受け、頭取が軽く言う。その後ろでは、セクレタリーが何度も頷いていた。上司に調子を合わせて同意している、という感じではなく、心底同調している風だ。
「そんなつもりじゃないのに巻き込んでしまって、どうしようかと思ったけど・・・意外と上手くやっていけそうね。良かったわ」
安堵の感情が見てとれる、イヴローニュ。彼女が感情を表に出すのは珍しい。本気で悪いと思っていたようである。
彼女の計算の結果で無いのであれば、この事態は本当に、誰一人として望まない結末だったということだ。新リーダーが吹っ切れていなければ、本当に救いようが無かっただろう。
とはいえこれはワーストエンドで無いだけで、ハッピーエンドかと問われれば、大抵の人間は答えに窮するだろうが。
「中止になったと思ったが、就任パーティーはできそうだな。準備した甲斐があったというものだ」
この上なく個人的な都合のようだが、プロフェッサー・グリーンもこの事態には好意的なようだった。
どうやら意外にも、幹部クラスで新リーダーの台頭を苦々しく思う者はいないらしい。もしかしたらこれは、順風満帆というべき状況なのかもしれなかった。
その間に、壇上の新リーダー――スガタメ・タイガーは演説を終え、こう締めくくっていた。
「以上をもって、わたし『トラバーユ』の就任の挨拶とさせてもらう! 綺羅星十字団に栄光を! 綺羅星っ!」
「「「「「綺羅星!」」」」」
こうして呼び名も決まり、一人の恋する乙女の新しい生活が始まった。
明確な障害はとりあえず無さそうなこの状況。吹っ切れてしまったスガタメ・タイガー改めトラバーユに待っているのは・・・・けっこう幸せな未来かもしれない。
青春を謳歌にも、イロイロな形があるということだろう。
終わり
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