キャラいっぱい編は今回で終了。
次回レオパルドとの会話があって、その次がエピローグ的なラストとなります。
ここから、神楽の台詞はピンク(秋葉の身体なので)、モノローグは赤(神楽自身の感情なので)となります。
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「シャリシャリの、こりーんの、びがーんで・・・」
先程とは別の理論を持ち出す桜。
さっきから彼女が必死に構築しようとしているのは、秋葉の精神を再構成し、甦らせるものだ。
自分のペースを崩さない彼女らしくなく、何度否定されても懸命に次の提案をし続けている。
けれど。
遂に、案が尽きた。桜は口をわななかせて・・・でも、言葉が出てこない。
わかってしまったのだ。姉を取り戻す術はないのだと。もう、自分には何もできないと。
次の瞬間、桜は火が着いたように泣き出した。
もう泣くことしかできないから、などという理屈に従ったからでは無く。ただ感情に任せて、赤ん坊のように泣きじゃくっている。
たった一人の妹の泣き声に我に返ったナミが、こちらを睨み付けてきた。
「アンタが、神楽・・・アレイダだってのは、わかった」
「そう」
ナミがこちらを睥睨する。
見下ろす(こちらはまだベッドに腰かけたままで、対する彼女は立った状態なのだ)その威圧するかのような目は、実の姉の顔を見ているとはとても思えない。
「アンタに言いたいことってのも山のように有るんだけど、今はそれは後回しにしといてやるわ」
どこまでも尊大な態度。
不快感を抱くどころか、むしろ懐かしさすら覚える妹の姿に黙って頷いた。
「で、秋葉の心はアンタの中に取り込まれたって?」
「ええ」
肯定の言を返した刹那、バン!と音を立てて顔のすぐ横に腕を突き立てられる。
壁についた手はそのままに、ナミは更に顔を寄せてくる。
「出せ」
要求はこの上無く端的だった。
「・・・秋葉ちゃんを?」
「決まってんだろーが! アイツにはイロイロ言ってやらなくちゃならねーんだよ! 逃がしてたまるか!」
唾のかかりそうなほど間近からまくし立てるナミ。
そんな彼女に静かに答える。
「無理よ。彼女の自我は崩壊している。私の中にあるのはあくまでその断片」
「搾りカスだろーが残りカスだろーが、いるんなら引っ張り出せ! テメエはお呼びじゃねえんだよ教母様! 奥にすっこんでろ!! 秋葉と代われ!!」
姉妹で最も繊細な彼女は、余裕が無くなるとすぐに態度に出てしまう。
この口の悪さもそれが原因だ。
ナミは恐れているのだ。
かつては憎んだ姉を、喪うことを。
暴走した自分のために秋葉が死んでしまうなんて、嫌なのだ。
その気持ちはわかっているのに、自分にできるのは辛い真実を伝えることだけ。
「残念だけど、他者との会話・・・意志疎通が成立するような状態ではないの」
「話もできないっての?!」
「『死』って、そういうものでしょう?」
「・・・っ!」
殺そうとした姉の顔で静かに見つめられて言葉を失うナミ。
理屈では反論できないと、末妹とは方向性が違うものの、その聡さが故に悟ってしまう。
けれど感情の方は、そう簡単に収まるものではなく。
「・・・ほんっと、どこまで自分勝手なら気が済むのよ・・・・あの馬鹿はぁ!!」
叫んでナミは走り去る。
病室のドアが自動で閉まる間際、こぼれ落ちる涙が見えた。
室内を見回す。
大音声のナミとのやりとりは皆の注目を集めていて。
それを聞いていた全員が、もうどうにもならないという事実に等しく打ちのめされていた。
わあわあ泣き続ける桜を、抱き寄せる高嶺。
慰める側の彼女とて辛いのだということは、その顔を見れば明らかだった。
人命を救うためとはいえ、さっきまで生きていた妹の身体を他者に譲ると決めたのは、姉妹の上の二人。
妹の心の、せめて欠片だけでも残るのなら、ということで受け入れはしたものの。
悲しいことに変わりはない。
風音は長女としての責任感故か、感情を現すことなく沈黙を守っている。
彼女は、妹の友人にいくら責められても、一言も弁解をしなかった。
しかし、硬く握りしめられた拳と歯を食いしばる様から、その無念は十分伺い知れた。
先程まで風音に食って掛かっていたICPの少女は、がっくりと膝をついている。
女性とナビ人の上司二人も、今はそっとしておくことにしたようで。静かに見守っていた。
獅子堂の姉二人と同様、こうなることを知っていた様子の(おそらくフォンから聞いたのだろう)ほのかは、無言でぽろぽろ涙をこぼすイモちゃんに寄り添っている。
皆のその姿に、胸の奥が苦しくなる。
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
――哀しいのね、秋葉ちゃん。
心の内に呼びかけるも、返事は無い。
それを物足りなく思っている自分に気付いて、その間抜けさに笑い出しそうになった。
さっき自分で言ったように、それが『死』というもの。自分も、それをちゃんとわかっていなかったのだ。
少女の欠片が残っている、イコール、彼女がそのまま生きている、とそういうわけではない。
――哀しいのは、私か。
彼女は、もういない。
今泣いているのは、私。獅子堂神楽だ。
これからは、そうしていきていくのだ。