知られざる沖縄の漁業史を掘り起こした傑作 「漂流」 | 帰ってきた神保町日記      ~Return to the Kingdom of Books~

知られざる沖縄の漁業史を掘り起こした傑作 「漂流」

 漂流記が好きだ。新刊はもちろん、古書店でも「漂流」と名のつく本や、これに関する本を見つけたら、とりあえず買ってしまう。おかげで我が家の本棚には「漂流」に関する本だけで棚ふたつ分くらいのコーナーができてしまっている。
 そんなわけでずばり「漂流」というタイトルのこの本は、迷うことなく手にした。
 そしてこの本は、漂流本としての傑作である。

 1994年3月、沖縄のマグロ延縄漁船の船長・本村実と8人のフィリピン人乗組員は、グアムで操業中に遭難。船は沈没し、37日間救命筏で漂流した後、彼らはフィリピン近海で地元の漁船に救助された。
 本村の漂流体験に興味を持った著者の角幡氏は、本村の住む沖縄へ取材に出かける。ところが本村本人は救助されてから8年後、再び漁に出て遭難し、行方不明となっていた。
 いったいこれはどういうことなのか?
 本村の行動を追う過程で、彼の出身地である伊良部島の歴史に行き当たる。そこは、日本の戦後のマグロ漁の歴史を語る上で、避けて通ることの出来ない場所だった。
 そして沖縄の漁師と海との業の深さを感じさせる、知られざるエピソードの宝庫だった。
 著者の角幡氏は、いくつかのノンフィクション賞を受賞している探検家である。彼の地道な取材が、沖縄の離島とそこに暮らす人々の知られざる戦後の漁業史を掘り起こす。
 僕も最初は壮絶な漂流記を期待して読み始めたのだが、話は意外な広がりを見せ、やがては沖縄の人々の死生観にまで広がっていき、読み応えがある。
 漂流本としての傑作と書いたが、知られざる日本の戦後史を教えてくれるノンフィクションの傑作だ。