『 捨て犬を救う街 』
2010-02-05 00:50:05
テーマ:お薦め
一般社団法人ペットフード協会調べによると、2008年の日本国内における犬猫の飼育頭数は、
犬が1,310万8千頭、猫が1,373万8千頭とされています。
昨今のペットブームも手伝い、それに伴い日本のペット産業は2兆円に達しているともいわれています。
しかし、不況の中でも拡大を続けているペット産業の陰で、不幸になっている犬や猫がいます。
現実に、年間30万頭もの犬や猫が不用の物として命を奪われています。
「 このままではいけない 」と、多くの方が行動を起こしています。
殺処分を待つ施設やブリーダー崩壊現場から犬や猫を救い出し、里親を探すボランティアをする。
啓蒙・啓発活動をする。愛護団体などに寄付をする。ショップから買わず保護犬の里親になるなど...
それでも毎日更新される〝里親募集サイト〟の犬や猫...殺処分される犬や猫の数が減らないのは
何故なのでしょう。
≪ なぜ、ここまでの膨大な数字になるの?
捨てられた犬と猫だけで、こんなになるとは思えない。それ以外はどこから来るのだろう?
その数を減らすための努力はなされているのか?
どんなふうに?
誰によって?
その効果は?
そして、私にできることは?≫
※『 捨て犬を救う街 』はじめにより抜粋

保護犬を迎えることで、動物たちが置かれている悲惨な現状を知りました。
里親になりクリスとロビンを愛しいと想えば想うほど、
「私にも何かできないのだろうか?」「私に何ができるのだろうか?」と、
数冊手に取った本の中の一冊が、『 捨て犬を救う街 』 でした。

何度も何度も読み返した本は、少し擦り切れてしまいました...。
≪ 犬たちは、私をじっと見つめた。つぶらな瞳は悲しむでも責めるでもない。
ごく独りよがりな解釈だが、あえて言えば、それはすべて受容するような、
あるいは無言で諭するような、とても穏やかで真っ直ぐな眼差しだ。
痛いほどの視線を全身に受けながら、私は懸命に立っていた。
それだけで、やっとだった。
冒頭の写真は、捨て犬として収容された施設で、明日にも殺処分を受けるかも
しれない運命の犬たちの姿をとらえたものである。≫
※『 捨て犬を救う街 』 はじめに文中より抜粋
著者である渡辺眞子さんが、実際に見て知り得た事実、
渡辺さんがご自身の足で歩かれた〝犬たちの導く声を頼りに進んだ足跡〟を
私も一緒にページをめくりながら歩かせていただきました...。
≪ 今や巨大産業と化したペット関連業界は、玉石混淆といえよう。
それを利用する側が、ある程度の知識を高め、本質を見極める目を養わないことには
無責任なペット販売もなくならないし、ひいては不幸な動物たちを減らす方向につながらない。
身勝手な人間に翻弄されたペットが最後に行き着く終末処理の場は容赦ない。
不用とされ抗議する声もなく息絶えてゆく犬と猫たちが「 かわいそう 」。そこでピリオドにしない
ためには、彼らがガス室にたどり着くあらゆるルートを探り、この酷い現実を生みだしている
部分を改めねばならない。
まずは飼い主に適性が望まれる。終生飼養ができない人に、その資格はない。
そして、無謀な繁殖・売買とその流通を規制することから始めなければ、死の絶対数の減少に
結びつきはしない。≫
※『 捨て犬を救う街 』 第一章 ペットと呼ばれる動物たち文中より抜粋
〝ペット大国日本〟の現状は、ペットを家族の一員として飼育している人々がいる反面、
営利優先のパピーミル(繁殖工場・悪徳ブリーダー)や
生後間もない動物を生体販売をしているペットショップ、
無責任で身勝手な飼い主による飼育放棄や不法投棄などが後を絶たたず、
残念なことに、日本の動物たちがけっして幸せではないことが分かります。
≪ 大方が漠然と想像する 「 捨て犬 」→「 保健所 」→「 安楽死 」 の図式。それが決して安楽な死でない
ことは、さらに知られていない。一度に大量を処理しなければ追いつけない数なので、一頭ずつ注射など
できないのだ。全国の84の地方自治体にある終末処理の施設では総理府から例示を受けて炭酸ガスを
使用し、動物たちは、そこで窒息死している。そのための大きくて立派な施設が、最近も都心付近に建設
されたのだという。
建物の名称に 「 愛護センター 」「 保護センター 」 などとあるのは、ブラック・ジョークにもならない。
世界の先進国の一つが、感情豊かな動物のこれだけの命を右から左に機械的に奪っているのに
疑問を持たないのは、どう考えてもおかしい。動物愛護うんぬん以前の問題に思える。
つまり、命を尊ぶかどうかの。
それを含めた動物の問題から波及する事柄を世間に問うのは、難しい。扉は、あまりにも大きく、重く見える。
ここまでになってしまうと、個人がどうあがいても無理でしょうと大多数は言う。その先入観の前に
私も長い間、停滞していたのだ…。
しかし、世界は広い。サンフランシスコには保護した犬と猫を一頭も処分しない動物シェルターがあり、
そこには収容された動物たち全部に里親がついているという。そのシェルターで実践している殺さないための
知恵と方策を導入できれば、サンフランシスコで可能なことが日本で不可能なはずがない。≫
※『 捨て犬を救う街 』 第一章 ペットと呼ばれる動物たち文中より抜粋
20年ほど前に 「 No Kill City 」 に向けて動き始め、当初、不可能と言われた
〝夢を現実にした街〟サンフランシスコ。
≪ SPCA(対動物虐待防止協会)は、社会生活に適合不能なほどの性質、あるいは治療の見込みがない
病気の場合を除いては、安楽死をさせないとのポリシーを掲げたシェルターなのだ。
1994年4月1日以降、譲渡に適するものは一頭たりとも殺してはいない。
スタッフが短期と長期のゴールを設定し、地元の人々と固く手を結んで連携し、
ブロックを積むように現在に至るまでのシステムを築き上げてきたのだ。
殺さないために。
1994年にPSCAはACC(政府の予算でまかなわれる市と郡の動物保護管理課)とアダプション・パクトという
規約を交わしている。以来、一般市民が持ち込んだ動物に加えてACCからはみ出てしまった
犬と猫を引き取り、里親を探す努力をしている。この規約ができて以降、救われた数は企画的に上昇し、
昨年は5千頭もの犬と猫に家庭を与えたとされる。養子縁組の確率の高さが、そのままSPCAの高い評価に
つながっている。アメリカ全土、そして海外からでもインターネットで簡単にSPCAにアクセスし彼らの
活動を読むことができる。
ここまでの好成績の陰には、どんな秘密があるのか?それは、たくさんある。まずは最初の段階で、
シェルターの動物を引き取ることが生命を救う意義深いことだという認識を社会に広め、
その上で市民が犬と猫を飼いやすくするために、あらゆるサービスを供給している。
そして飼い始めてからも、より快適に共同生活を営むためのサポート、一歩進んで動物と一緒に
ボランティア活動をして、社会に貢献する手助けまでしている。その遠大に開けた視野と裾野には、
感嘆させられるばかりだ。
SPCAには犬猫を救うためだけでなく、救った動物と市民が快適に共存、共生する市を支えるための
プログラムと名の付くものが、実に20以上もあるのだ。
「 公共の安全と動物福祉を同時に遂行するのは容易ではない。だが不可能でもない。」
設立10周年の冊子に寄せた代表者、カール・フリードマンの言葉である。
行政府とコミュニティの助力、ボランティアとスタッフの力で包括的な結果を残してきたと語っている。≫
※『 捨て犬を救う街 』 第二章 捨て犬を救う街、サンフランシスコ文中より抜粋
☆ サンフランシスコにあるSPCAとACCの活動について
そして、イギリスでも。

新聞やCMでもよく見かけるDogs Trustの記事の画像を娘が送ってくれました。
Dogs Trustは、イギリスで最も大きいレスキュー団体の一つです。
死に直結するような病気でない犬なら、例え行動に問題があったり誰も貰い手がいなくても、
決して安楽死をさせずに、新しい飼い主を見つけるまで一生涯面倒をみます。
イギリスではペットショップに対する規制があり、犬猫を飼いたい人は、特定の犬種を希望する場合などは
ブリーダーから直接手に入れますが、それ以外では保護施設から譲り受けることが一般的です。
保護施設や愛護団体が日本とは比較にならないほど広く知られていて、
国民から理解も得られています。
大きな団体・施設も多数あり、豊富な寄付が寄せられ、飼い主募集の広告を掲載したり、
マスメディアでも頻繁に取り上げられています。
≪ 生命を救いたい。
それは真に愛情ある人の命題だ。そのために奔走を続けている人に、たいそうな肩書きなどない。≫
≪「 小さなサンクチュアリー 」は日本にだって、たくさんある。もっと凄いことをしている人も、
もっとたくさんいる。相手が動物でも誰でも、向き合った一個の生命として差別なくいとおしむ人が、
本物の優しさを持っている。その真っさらな気持ちで、すくっているのだと思う。≫
※『 捨て犬を救う街 』 第二章 捨て犬を救う街、サンフランシスコ文中より抜粋
≪ 犬と猫が殺処分される数だけを聞くと、行政機関が冷酷な作業を行っている印象のみが残りがちだ。
しかし冷酷なのは、そこへ至る動物たちをつくりだしてしまった人間と、
動物をめぐる社会の構図なのだと理解していただけただろうか。
私自身も今まで現実に目を背けることによって、その一端を担ってしまった自責の念を強くしている。
無視は無知よりも罪が重い。≫
※『 捨て犬を救う街 』 第五章 人と動物の今、そして、これから文中より抜粋
自分の飼い犬や猫を簡単に捨てる心無い人間もいれば、
捨てられた犬や猫を助けようと、日々献身的に活動している心ある人間もいます。
私は、処分施設で死を待つ動物たちのことを知りながら、
〝無関心〟だけではいたくないと思います。
悲しすぎる現実から私たちがいつまでも目を背けていたら、
動物たちは見放されたままこれから先もずっと
...苦しみながら殺され続けていくしかないのです。
≪ 『 捨て犬を救う街 』は、共に暮らす一頭一匹を愛している人にとって、
なかなかてにとりづらい一冊であるのを私はよく知っています。
知ればつらいと分かっていながら読んでくださる勇気が、まずは嬉しくて頼もしかったです。
現実を知る勇気。これは、すでに一歩です。
動物の不幸のそばには必ず原因となる人間がいますが、一歩先には救っている事実もあります。
救っているのもまた、同じく人の手であり心です。
そして誰の手も、救う手になることができるのです。≫
≪ 捨て犬を救う街への旅は、出発地点に戻る旅です。命あるものを尊ぶ心、ペットを捨てさせない社会、
そして飼い主の意識が、捨て犬を救う街をつくります。本を読んで下さった方の街も、私の住む街も、捨て犬を救う街になりますように。いつの日にか、捨て犬のいない街になりますように。≫
≪ 自然の中で人間も動物も、無理をすることなく気構えることもなく、普通に一緒に生きている。
お互いがお互いの喜びになる。楽しみになる。助けになる。これが < 共生 > なのだと思います。≫
※『 捨て犬を救う街 』 文庫あとがきより抜粋
渡辺眞子さんの言葉が、悲しい現実の前に打ちひしがれた心に...温かく浸み渡ります。
≪ 「 諦めたら、終わりだ。一匹も救えない。ほんの少しでも物事が改善されるように、たった一匹でも
助けるために、頑張らないわけにはいかない 」
思えば、それはアメリカでも日本でも、動物たちに本気で接していた人たちに共通する台詞です。
その言葉と行動に、どんな命も単体で生きられないのだと、気づかぬうちに教えられた気がします。
動物の命も、人間の命も、そして私も、です。生きることとはまったく同じだけれど、つらい現実が
多くとも、その中で、ほんの少しの嬉しいことを砂金を集めるようにすくってゆくしかないし、
傷つける人がいる代わりに、真心で救ってくれる人も必ずいました。他者を慈しむ心こそが、
漆黒の暗闇に射す一条の希望。煌々たる光明でなくとも、ほんのりした風にも揺らぐ微かな灯火でも、
前方に希望があると信じられるのは幸せなことと言えるでしょう。この現状を読みを終えたあなたと
書き終えた私は、ほのかな光を灯すことができます。
それが小さくとも前進であることを信じたいと思います。≫
※『 捨て犬を救う街 』 感謝にかえてより抜粋
渡辺さんがおっしゃっている通り、あらゆる問題から〝目を逸らさずに対峙する〟
その先にこそ、〝幸せな未来〟が来ると私も信じています。
そのための努力を惜しまず、これからも日々を大切に生きていきたいと思います。
〝人間と動物が幸せに共存できる未来のため〟に「 考えていること 」「 実行していること 」や
ご意見、ご感想など何でも構いません、皆さんの声をお聞かせいただけたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
★文中、≪ ≫で、区切ってある文章の抜粋部分は、
作家 渡辺眞子さんの許可を得て掲載しています。
著作権の関係により、無断転用・複写はご遠慮下さい。
いつも応援ありがとうございます。
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と元保護犬から家の子になったCHRIS
との幸せな日々を綴ります。
































ちょこっとお知らせ

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と鳴いて触れるのをとても嫌がることに 
骨に異常がないという先生の言葉にほっと一安心・・・
すぐに一錠飲ませました





























































笑
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