ドイツのパフォーマンス課題 ~思考力・判断力・表現力を育成する教材~ | 原田信之(名古屋市立大学、元岐阜大学)

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              ドイツのパフォーマンス課題
                   ~思考力・判断力・表現力を育成する教材~


原田信之(岐阜大学)-アデナウアー首相の頭

 この銅像は、ボン市の首相広場におかれています。コンラート・アデナウアーの首像で、彼は初代ドイツ連邦共和国の首相を務め、その在任期間は1949年から1963年まででした。
【設題】
1.首からかかとまであるとしたら、この銅像の身長は何センチメートルでしょうか?
2.あなたが考えたことを隣の人に説明しましょう。
3.考えたことや結果を友だちといっしょにプレゼンテーションしましょう。


出典)http://sinus-transfer.uni-bayreuth.de


 このパフォーマンス課題は、当時、学力不振にあえぐドイツにおいて開発されたものです。SINUS-Transferと呼ばれる「理数系の授業の効果を高めるプログラム」に収められています。このプログラムは、新たな授業文化の創出に立脚点をおいているのです。教え方と学び方が変わらなければ、近未来社会で求められる学力は育たないという立場をとっています。だからこそ、これまでと異なる内容を扱うことでなく、内容とこれまでとは異なる交わり方をすることであり、これまでとは異なる方法で授業を行うことを強調するのです。

 どのような学力が大事にされ育まれようとしているのか、それにはどんな授業を行えばよいのかについて、この課題例の読み解きながら考えてみましょう。
 
●課題例の読み解きを通し育成しようとする学力を探る。 

 学習結果の発表を豊かにしたければ、学ぶ過程において多様な思考・判断が表出するような「開かれた課題」であることが肝要です。正解あるいは正解に至る解法が一つでないからこそ、可能性を想定し、選択・判断し妥当性や根拠を探ろうとするのです。したがって、思考・判断⇒表現へと至るプロセスに、多様な思考・判断が表出する「開かれた課題」を設定することが第一条件となります。

 「開かれた課題」場合、最初に条件を仮定して判断を導き出す、その最初の条件を変えて判断を導き出す。ここには、①なぜその条件を立ててみたのか。②最初の条件と次の条件はどこが異なるのか。異なる条件をたてると何が明らかになると予想できるのか。③両者の答えは同じだったか、それとも異なっていたのか。④この結果から何が言えるか。⑤当初の見通しからして、選択した手続きはどうであったか(省察)。

 「開かれた課題」では、解法へと向かう一連の思考・判断は複雑化するものです。逆にそうであることを想定していなければ、課題をわざわざ開かれたものにする必要はありません。学習者個人の頭の中をちょっとだけ覗いても、このよう脳の中では様々な知的操作をしていることがわかります。

 これをペアやグループなど、他者と協同して行うとなれば、より情報は多様になります。情報の組み合わせも、より複雑多岐になります。考えたり、判断したり、取捨選択したりすることに迫らせます。このように思考・判断したその痕跡を表出させるだけで、「表現」の活動、たとえば、「発表」はより豊かなものに変身するはずです。これは難しいことではありません。小学生にも学習指導できるものです。解法の途中で判断したこと、考えを改めた理由、他者にわかりやすく説明する方法(その方法を選んだ理由)などを、発表の中に組み込むだけで説得力はますものです。要するに、思考・判断の足跡を発表場面で言語化し、言い表すように指導していくのです。

 指導する教師の側には、解答としての正しさ(思考・判断の結果)よりも、様々な知識や技能などを用いて行われる思考・判断という知的行為こそ大切にするという指導観に立たなければ、これは成り立ちません。「答えが正解ならそれでよい。」こうしたプロセス軽視は、「なぜそうなるのか」という原理理解の軽視にもつながりかねません。

 このへんで、本題に戻りましょう。パフォーマンス課題「アデナウアーの首像の頭」の意図、授業展開において教師に期待されていることなど、以下に解説します。

◎パフォーマンス課題「アデナウアー首相の頭」(第5・6学年対象) 
 課題のタイトルは、「首相の頭(Kanzlerkopf)」である。Kopfとは、「頭部」を指す言葉であり、「思考・判断」など「頭脳の種々の働き」を意味する。タイトルは写真にあるアデナウアーの頭部を指す一方、自らの頭を働かせてこの問題にチャレンジすることを暗示している。

a. 数学の内容との関連
 ○比の計算、 ○長さの単位の変換

b. 課題例から読み取れる情報
①連続的文章と非連続的文章から成り、両者の情報を組み合わして解くことが求められている。
②問題解決が日常生活場面に結び付けられている。
③アデナウアー首相の在職期間、ドイツ連邦共和国最初の首相であることや彼の顔などの歴史的知識、その首像がボン(旧首都)の首相広場に設置されているなどの文化的知識が含まれている。
④個人で答えを導き出すとともに、発表までの手順が示されている。

c. 指導上の留意点
①多様な解法の手続きが可能な「開かれた課題」であることを伝える。
最も合理的な解法は、発表の結果から判断するものであり、教師が提示して、追従させることはしない。教師の視野の拡大:授業中、生徒から発せられた考えを学習過程に組み入れる。
②課題文や写真など、読み取った情報を自分の言葉に翻訳させる。
  課題や問題状況の把握
③銅像の正確な高さより、解き方や考え方、手続きの方を重視する。
  解答は、14~16mの範囲でよいとしている。
④概算で近似値を予想する(子どもの背丈から推測して、頭の大きさはおよそ2m強)ことはよいが、測る、計算する、推論するなど数学の基本的な手立てを用い、できるだけ数学的に課題を解くようにさせる。
⑤類推して、基準となる長さを定める。
 3人の子どもから1人を選び、どの子を基準にするのが適切かを判断する。経験知から年齢を推定して身長を定める。○歳だとしたら身長約○cm、□歳だとしたら身長□cmと仮定して、複数の解答を挙げることが考えられる。
⑥必要な情報を調べる。
  ある年齢の子どもの平均身長、アデナウアーの全身写真(何頭身かの割り出し)等
⑦数学モデルに置換する。
  子ども、首像、全身の長さを帯線にして並べるなど
⑧ペアやグループで協力して課題に取り組む [協同学習]
  自分の解法や結果を伝え、誤りを見付けたり、説明したり、修正したりする。
⑨グループでのプレゼンテーション
シート、ポスター、ボードなどを用いてプレゼンテーションする。結果として得られた数値より、解答を導き出す手続きや考え方、その説明の仕方や根拠の示し方を重視する。
⑩合理的な手続きの判定

 このように、多様な筋道で答えを導き出すことができるし、そもそも厳密な意味での一つ答えは存在しません。いくつか解法への考え方を例示しておくことにします。

 例えば、首像は、子どもの背丈から推測しておよそ2,5メートルあると見当をつけるとします。これは写真で見た目測上の数値で根拠が弱いものです。まず、首像は土台の上に設置されているため、その部分を除かなければいけません。足までの背丈を推計するには、頭身の知識が必要になります。写真から女児の年齢を推定して平均身長を調べ、写真の女児と首像の長さをミリ単位で測ります。比で計算して、仮に何歳なら銅像の背丈はいくらという具体に、3種類の答えを用意しておくのも一つの手です。
協同で話し合い、論理的に説明できるよう準備して発表するとして、その説明には、人体のスケッチに7頭身の区分を入れておくとか、女児と銅像の模型を作って比べたりすると他者への説得力が増すでしょう。こうした課題解決に向かうまでの活動が幾種類も思い浮んできます。

 中学校のある美術教員に解いてもらったら、ドイツ人の平均的な頭身が知識として頭に入っていて、それを根拠に銅像の身長を導き出した、ということもありました。小学校5・6年生対象の課題ですので、それを前提に、こんな解法があるよというのをぜひ、メール✉でお知らせください。

 リード文には、かつての首都がボンにあったことや歴代のなかでもドイツを代表する首相が扱われています。首像の芸術性も高く、この課題文や写真から関心が広がることも考えられます。

 これはSINUS-Tが開発した初歩的な課題例です。これらの課題は、文章と生活場面の写真や図など非連続的文章との組み合わせで示されていること、日常生活に結び付けた現実味のある問題解決場面が想定されていること、新たな課題設定にも原理的応用が利き、いわゆる活用力・応用力の育成が期待できます。討議や発表における協同活動もそうですが、他教科と関連する複合的な知識が埋め込まれて課題がつくられていることにおいて特徴的だといえます。

[日本語で読める参考文献]
○原田信之「ドイツはPISAの問題にどのように取り組んでいるか」(日本教育方法学会編『現代カリキュラム研究と教育方法学 ~新学習指導要領・PISA型学力を問う~』図書文化、2008年10月、84-97ページ)
○原田信之「協同学習を促進する理数教育プログラム(SINUS-Transfer)」(『岐阜大学教育学部研究報告 =教育実践研究=』第12巻、2010年2月、299-306ページ)
公開URL:http://www.ed.gifu-u.ac.jp/~kyoiku/info/jissen/pdf/1219.pdf)
※この論文には、上記の作題例とは別に、「グループ探究のための課題」や「協同的に概念を形成する課題」という2つの開発された作題が扱われています。
ドイツには髭そりで有名なメーカーでブラウンという会社があります。そのブラウン社の宣伝用ポスターを題材とし、その会社のすぐれた電気カミソリで、人の顔に生えた髭ではなく、サッカー場の芝を刈り取るとしたら・・・・、というユニークな問題です。
是非、解答にチャレンジしてください!
○原田信之「ドイツで育成しようとしている学力とは ~理数教育プログラムSINUS-Tの作題例を通して~」(『中部教育学会紀要』第11号、2011年6月、100-109ページ)