1961年生まれで、いわゆる数え年でいえば、60歳になった。
「数え年」は、古い概念のように感じるかもしれないが、
元号は、改元時にすでに「元年(1年目)」であり、

西暦は、キリストの生まれた(とされる)翌年を「AD1年」、その前の年を「BC1年」としている。
「〇年目」という考え方は、設立〇周年、などという時などにも通用する。

 

政治文化などの近現代史も、70年代、90年代、などと10年ごとで考えがちであるが、
「世紀」は、××01年から、次の××00年までの100年間で、
今年2020年は、「21世紀最初の20年の、最後の年」である。

4年に一回のうるう年で、オリンピックイヤーであり、アメリカは大統領選の年だ。

個人的には、近年になって「5年ごと」に決まった「博覧会」のほうが、複数年の切れ目として有効だと思っている。
記憶がないこともあって、戦後史の変わり目は、1964年の東京オリンピックより1970年の大阪万博ではないかと思っている。(ちなみに、オリンピックはかつて、「万博のアトラクション」であった)

50年前、1970年は、
大阪万博の年であり、「ドラえもん」の連載の始まった年でもあるという。
(「ドラえもん」は、1970年の1月号から連載が始まったので、正確には1969年末には読まれていた)

万博もマンガもそれ自体は、単なる歴史とすれば、どうということもないが、

私はこの二つ、時代の空気の象徴で、だからブームを生んだと感じている。

 

 


 

 

敗戦から25年を経て、自由と民主主義、平和と資本主義が、豊かさに結実した、
さらにイノベーションが進み、それは「人類の未来」を拓くだろう、と、
国民全体が、希望に満ちて夢見ていたであろうと思うのである。
 

 

 

同年に起こった「よど号ハイジャック」「三島由紀夫の自決」、
左右の違いはあっても、これらは、そういう風潮への、アンチテーゼだったのではなかろうか。


22世紀塾、というタイトルをブログにつけて、
そもそもが、
「人の寿命よりも長い時間を想定して、社会について語ろう」
というのが私の思いだが、
過去をさかのぼるに、キリよく100年、となると、
残念ながら、100年前を覚えている人がいなくなってしまう。(^^)
半分の50年か、干支の一回りする60年かが、よい「節」であろう。

あのころ、自分のベースが作られた1970年から
50年を経た今年、
私は1年かけて、

そこで夢見た未来を学び、検証し、反省し、
今こそ、未来の話をしたいのである。