「毀誉褒貶」とは、褒(ほ)めたり貶(けな)したりすることである。
褒めちぎっていた人が亡くなると、
途端に貶す人を多々見かける。
自分が信用を無くしていることに気づいていない愚か者である。
この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「毀誉褒貶(きよほうへん)」 1
夕刻一番乗りの常客龍蔵が一杯口にしたそのとき、
お銀が店内に駆け込んできた。
「なんや騒々しいな、店の者が店内を走り回るな。
誰か赤子でも産んだんか? それとも宝くじでも当たったんか」
息せき切ったお銀が、胸を叩きながら手を扇いで否定する。
「何をのんきなこと言うてるの、
うちの店先で女の子が歌を唄うてるんや」
「歌ぐらい誰でも歌うがな、
何やったらワシが一曲聞かせたろうか?」
「音痴の歌なんて聞きとうないわ、
店先やから迷惑やと文句言おう思たら、
あんまり上手いし道行く人で人だかりができてるんや」
「……、話半分にしても面白そうや」
龍蔵が腰をあげた。
店先の提灯が下がった下で茣蓙(ござ(むしろ))を敷いて、
小さい女の子が三味線の撥(ばち)を起用に操り、
曲を奏でている。合わせて唄う声がまた素晴らしい。
四つ五つの子がどこで習うたんか、邦楽の節回しもお見事や。
龍蔵が、一曲終わった切れ目に空き缶に御捻りを入れた。
女の子がニッコリ笑うて礼を言うた。
「おっちゃんオオキに、
札を入れてくれる人はめったに居らんからうれしいわ」
確かに空き缶の中は小銭だらけや。
「唄上手やな、お仕事終わったらこの店でご飯食べようか?
おっちゃん奢(おご)るわ」
「ほんまか? 最後の一曲早う終わらせるから待っててな」
女の子は三味線の撥を響かせた。
ーつづくー