この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「馬耳東風」 28
「十万人の首切りの件ですが、
これもマッカーサー司令部からの強制だったようです。
吉田内閣を推挙したマッカーサー司令部が恐れたのは、
共産党の躍進で労働争議が活発になり、
社会主義運動が活発になると
司令部にとっては、あまり良い傾向とは言えません。
民主主義という旗印を
もっと推し進めないと危険だと感じたのです。
こんな時期に首切り命令をだしたんです。
十万人以上の日本人、
特に復員軍人を受け入れるのが恐ろしいと感じたのでしょう。
アメリカを憎む者が少なからずいるはず、
集団で決起されたら危険だと判断したんです。
それが証拠にマッカーサー司令部は、
歌舞伎の忠臣蔵を禁止させたんです。
復讐や一揆、暴動を恐れたんです。
警視庁は、
他殺か自殺か結論を出そうと再度調査を始めました。
捜査二課が担当したのですが、
やはり結論が出ませんでした。
結局警視庁は結論を出せないまま終わってしまったんです。
憶測ですが、マッカーサー司令部が他殺と指示を出しました。
なぜかと言うと、この事件を他殺にした方が、
労働組合が運動に明け暮れる無頼な輩が殺したんじゃないか、首切りの責任者を殺したんじゃないかとした方が、
労働争議を収めるためにも格好の材料だったわけです。
定則の妻芳子さんは、高木子爵のお嬢さんです、
さすがの子と言わしめる賢人でした。
ところがマッカーサーの指令で、財閥や地主の解体です。
それぞれの特権を剥奪したんです。
男爵子爵の特権も剥奪されました。
国家的な補助が無くなったんです。
自分の立場や待遇が取り上げられた状態ですから、
苦しい立場に立たされました。
父親の高木さんは首吊り自殺されました。
芳子夫人は耐えていましたが、
翌年夫を亡くしドン底に突き落とされた心情だったと思います。
こんな時期に他殺か自殺かで揺れてる、
芳子夫人は『私の主人は自殺するような人では有りません』
と証言しました、警察での証言は非常に重い時代でした。
後で考えますと、芳子夫人の賢さが見えてきます。
警察官とか国鉄職員には恩給がついていました。
奥さんの立場からすれば、
他殺で国鉄のための殉職とした方が、
自殺で職場放棄と取られるよりも有利だと判断されたんです。
恩給だけじゃなく特別手当も支給されたはずです。
そうでなきゃ、四人の息子さんたちを立派に育て
大学を卒業さすことは出来なかったと思います」
これが、吉松さん証言の概要です。
ーつづくー