この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「馬耳東風」 17
「自殺説を唱える多くの声もありました。
下山は運輸次官当時から辞めたいとこぼしていた。
失踪直後、捜査員が自宅に事情を聞きに行ったところ、
まだ遺体が発見されていないのに、
夫人は『ひょっとしたら自殺じゃないかしら、
自殺じゃなければいいんですが』と言ったとされてます。
捜査員は『奥さんの証言を調書にとっておけば
他殺だなんて議論が出て来るわけがない、
家族が一番知っていたんだから』と言われています。
その後捜査員が東京鉄道病院の記録を調べたところ、
定則は6月1日に神経衰弱性と胃炎の診断を受けて、
1日に睡眠薬0.5グラムを2袋ずつ服用してたようで、
かなり重症だったようです。
他にも定則は現場の土地勘があったらしいんです。
この現場はもともと鉄道自殺が多い場所だったらしく、
鉄道局長だったころ自殺対策がらみの仕事で
現場付近を訪れたことが有ったらしいんです。
またその上に事件前日には、
いろんな要人に面会したり面談を要請してたらしいんです。
でも定則は用件を言うでもなし『嘆願や脅迫が自宅にくる』
とこぼして涙ぐんだりしてたらしいんです。
事件前日からGHQに迫られた解雇発表までの行動に、
鬱(うつ)を思わせる行動が多々あるんです。
几帳面につけてた手帳が6月28日で途切れていたり、
弁当を持ち歩いて東京駅近くの交通会館の無人部屋で、
一人で食べていたようです」
龍蔵が二人に造りを勧めた。
ーつづくー