身を高ぶる者は謗(そし)られ(非難され)、
身を低くする者は褒められる。(祝福される)
この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「 謗(そし)る 」 1
「お初にお目にかかります、急に伺った失礼をお許し願います」
上品な老婆が、座敷の上がり框(かまち)で頭を下げた。
開店間近の居酒屋<飲んだくれ>、
定席の座敷に構える龍蔵は、見知らぬ老婆に目をやった。
「ワシはミナミの龍蔵いいます、ワシに何か用ですんか?」
老婆に訊ねた。
「人様の噂を頼りに、やっとお目にかかる事ができました。
龍蔵さんを見込んでお願いが有って来ましたんや」
「どんなお願いか知らんけど、まぁ上がってください」
座敷に上がった老婆が、畳に三つ指ついて頭を下げた。
「上品なお人やし何やワシのとこへ来るんは、
場違いなような気がするんやけど、
とりあえず自己紹介して話を聞きましょか」
再度龍蔵が名乗った。
「私は天王寺区の桃谷から来ました、
平尾桃(ひらおもも)いいます。
明治十年の生まれで、今年七十八になります」
龍蔵が手帳を取り出し年号表を検めた。
「今年が昭和三十年やから、ホンマや七十八歳ですな。歳には見えませんな、まだまだ若いですわ」
お銀が酒を運んできた。
「鉄に言うて、旨い造りでも頼むわ。
この店は良心的な店やし、調理場で腕を揮(ふる)うてるんが、
経営者の鉄、この子はミナミで一番のベッピンお銀ですわ」
お銀が顔を赤くして引っ込んだ。
「桃さんは酒は飲めますんやろ」
「女だてらにお恥ずかしいですが、毎晩晩酌をやってますんや」「それやったら話がしやすい、まぁ飲んどくなはれ」
龍蔵が酒を注いだ。
ーつづくー