この小説はフィクションです、実在とは関係ありません。
「大 君」 11
「こんだけの学識がある言うことは、帝大の出身ですか?」
龍蔵が聞いてみた。
「それがよう思い出せんのや、歳が八十は分かるんやが苗字が何やったか?
佐久衛門は記憶にあるんやが……」
首をかしげる。
「そんでも今話してもうたんは、
よっぽど勉強した人でないと得られん知識ですで。
昔よっぽど勉強しましたんやで、
でないと苗字が思い出せん人が話せる内容と違いますがな」
正直に話した。
「それがな妙なもんで、頭の中に刻み込まれてるんか、
他人からしたらこ難しい話がつらつら出てくるんや。
人と話をしてたら、苗字が出てくるんやないかと思うて、
人と接する度に話をするんやが効果がないんや」
「お歳やから物忘れは誰にでもあることですわ。それで毎日家には帰ってますんやろ?」
「それができたら苗字なんて直に分かるがな」
確かにそうや。
「ほんなら毎晩どこで寝てますんや?」
「毎晩違うとこや、お寺さんとか神社が多いな。昨日はどこやったかな? 忘れたわ」
「そのわりには服は綺麗やし手も汚れてませんがな」
「毎日風呂屋通いや、風呂は街中歩いてたらどこにでも有るからな」
「金はどうしてますんや?」
「家を出るとき入れてきたんか、財布にギョウサン入ってるんや、ほれこの通り」
開けた財布に札がたんまり入ってる。
「そんだけ金が有るんやったら、旅館にでも泊まったら宜しいがな」
「そんな贅沢してたら、直に無うなってしまうがな」
「警察へは行きましたんか?」
「アホなこと言わんとってくれるか、どういうわけか警察が大嫌いでな。
それにや何にも悪い事してないのに、なんで警察へ行かなアカンのや?」
「警察へ行ったら、捜索願が出てるかもしれませんがな。
家族が行方不明の届を出して探してる可能性がありますがな」
警察が何で嫌いなのか、手のひらで顔を扇いだ。
ーつづくー