ども、kyouneです。


ずっと前に言っていためーさくの短編ですが(少なくとも覚えていらっしゃる方はいないでしょうけども)、とりあえず気が向いたので続きを書き直してみました。折角なのでうpしてみたいと思います。

しかし本腰を入れて書いたわけではあまりなく、むしろどちらかというと暇潰しみたいなものです。
そのためいつにもましてクオリティ低いかもしれませんが、それでもいいなら――という方のみ推奨です。
とりあえず前編だけ。6000文字程度なので短いです。

らぶらぶちゅっちゅじゃないめーさくも、たまにはいいと思ったのです。





――――――――――――――――――





 彼女の事は、昔から嫌いだった。

 別に大した理由なんて無い。何となくあの性格や振る舞いが気に入らなかったというだけかもしれない。
 妙に元気で、呑気で、うざったくなるほど図々しくて。
 すぐに調子に乗る癖にちょっとした事でへこんだり、大した力も無いくせに、困ってる人を見るとその荷物を背負わずにはいられなくて結局苦労したり。
 特にあの「場を盛り上げよう」と一人で頑張って右往左往するあたりなんか、見てると腹が立って仕方が無い。あの様子じゃあ、今までにも何回も人にいいように騙されて来たに違いない。

 けど、それでも絶対にめげない所とか、笑顔を常に絶やさない所とかが逆に憎らしい。
 まるで「人の為に尽くす事が私の存在意義です」とでも言わんばかりの、ある意味傲慢とも言えるくらい図々しいあの笑顔。
 見ているだけで、虫唾が走る。


 ああ。私は――








 貴女の事が、大嫌いだわ。






        【東方めーさく短編】ある雪の日に、大嫌いな貴女と。




 幻想郷にも冬が訪れた。
 桜、蝉、椛ときたら次は雪だ。ほんの半年前の身を焦がすような猛暑は見る影も無く消え去り、今度は逆にしんしんと漂う冷気に一日中身を凍えさせていなければならない。空高くから舞い降りてくる雪の粒は数日前から地面に積もっており、外を出歩くには厚手のコートと手袋にマフラー、それから膝まで覆う厚底のブーツが必要になっていた。
 ここ、紅い吸血鬼の住まう館「紅魔館」にもそんな厳寒の影響は確実に押し寄せ、館で働く者は皆一様に顔に掛かる縦の線を日に日に濃くしていた。全ては今回の冬の出鱈目な寒さのせいである。

 そんな中、紅魔館の入り口として佇む大きな門を昼夜問わずたった一人で守る、妖怪が居た。
 女性とは思えないような威圧的な長身に、燃えるような紅い長髪。日々の鍛錬によって無駄なく引き締められた肉体は起伏に富み、華美ではあるがどこか控えめな色香が漂う本場の中華服を見事なまでに着こなしている。
 彼女の名は「紅美鈴
ほんめいりん
」。幻想郷の中でも一つの巨大な勢力として君臨する紅魔館の門を守護するという大命を課せられている彼女は、この誇りある仕事をもう数え切れない程の年月で続けてきた。雨の日も風の日も、猛暑の日も厳寒の日も、一日も休む事無くこの大きな門を守ってきた。
 そもそも門番とは、守護の使役の中でも最も重要な役割である。館の顔である門が陥落してしまえば勢力は途端に力を失い脆くなり、逆にこの門を守る守人が堅固であるほど皆は安心して仕事に励め、士気も上がる。
 こういった大役を任されているからこそ、当の門番である美鈴の力量や信頼も推し量れるというものであろう。

 そんな美鈴は今日もいつものように、門の前にこしらえた小さな木製の椅子に腰をかけていた。
 彼女はその程よく肉の付いた腕を豊満な胸の下で組んだまま、二つの凛々しい瞳を瞼で覆い、静かな寝息を立て――

「……Zzz……う~ん、もう食べられませんよ……」

 ――いびきをかきながら、夢の世界を謳歌しているようだった。


                  ■■■


「……はぁ」
 目の前の光景に、私は思わず深く嘆息する。
 買い出しから帰ってきた私の目に飛び込んだのは、職務を完全に放棄して、門の前で気持ち良さそうに惰眠を貪る門番の姿だった。
 時折何やら分からぬ寝言を吐きながら、口元をしきりに動かして涎を滴らせている。大方食事をたらふく食べている夢でも見ているのだろう、実に分かり易い。彼女の服や帽子に雪が厚く降り積もっている事から、もう大分長い時間寝ている事も伺える。
「まったく……この子は……」
 これが初めてではないとは言え、彼女のこの悪いクセは何とかならないものなのかしら。
 そんな半ば無謀にも思えるような淡い期待を思い浮かべながら、私は最早慣れたような手つきで懐から銀色に光るナイフを一本取り出した。
 ああ、これだから私は、彼女の事が嫌いなのだ。
「……美鈴、起きなさい」
 振りかぶる前に、最後に慈悲を与えるつもりで、眠りこける彼女に向かって低い声でそう言ってみる。勿論、こうやって口で注意しただけで起きてくれれば話は早いのだが――。
「……んむむ、ごはん、おいひいでふ……。……んむにゃ」
 ――彼女は私の言葉に反応さえする事無く、大層幸せそうな笑みを浮かべながら、脳内での食事に頬をとろけさせていた。
 そう、残念ながら、この子が口で言って起きた試しは未だかつて一度たりとも無い事なのだ。
「……はぁ」
 二度目の嘆息を吐きながら、仕方なしにナイフの切っ先を照準に合わせる。
 何度口で言っても分からないなら、こうするしかあるまい。

 グサッ

「――……! ~~~ッ!!」
 刃が美鈴の額に勢いよく刺さると同時に、深い眠りから強制的に呼び覚まされた彼女のにやけ顔は一瞬で蒼白のものへと変わった。次の瞬間、声にならない悲鳴をあげ、音を立てて椅子から転がり落ちる。
「いっ……! いったぁぁ~~っ!!」
 意識が現実に戻った彼女は、途端に目から火花を散らして雪の積もった地面を右へ左へ転がり回った。ナイフの刺さった額から溢れた赤い血が、どくどくと純白の雪面を染め上げていく。
「お早う美鈴。目覚めはどうかしら?」
「ぎゃあああぁぁぁ……! ……あっ、さっ、咲夜さん……!」
 もがく彼女と私の視線が合った。彼女は雪の上に転がったまま、ぎょっとした様子でこちらを見上げている。
「あ……あわわわ、えと、えと……」
 彼女は鈍重な動作でもたもたと立ち上がると、ばしばしと急いで顔や服に付着した雪を手荒く払った。額の鋭い痛みを堪えているのがありありと伝わってきながらも、彼女は「あわあわ」と漏らしながら動転した様子で、必死に身なりを取り繕う。
 一通り雪を払い終わって何とかまともな格好になると、彼女は引きつった表情で手を後ろに組み、門の真横に背筋を一直線に伸ばして立った。額にナイフが刺さったままでいるのだけが妙に浮いて見える。
「お……お帰りなさいませ、咲夜さん!」
「お帰りなさいませ、じゃないでしょ。貴女ちょっと目を離すとすぐこれだわ……」
 私は呆れ気味に溜息をつく。まったく、この子はどうしてこうもわざわざ私の癇に障る事しかできないのかしら。
 すると彼女は慣れた様な手つきで自分の額に刺さるナイフの柄をそっと掴み、顔をしかめながら銀色の刃を丁寧に抜いた。もう何度も経験した事だからか、普通であれば致命傷となりうる怪我にも特に動じている様子は無い。
「…………」
 妖怪である彼女は、人間と比べて外傷への耐性や治癒力は何十倍も高い。事実今しがたナイフの刃が刺さっていたばかりの傷口は既に閉じて癒着され、出血も止まっている。私だって彼女が妖怪でなければ、お仕置きにナイフを刺すなんて事はしないだろう。
「すみません咲夜さん……。このお仕事結構暇で、ついつい……」
 申し訳なさそうに頭を下げてくる美鈴。
 これが最後に仕事中の居眠りが止めばいいのだが、おそらく明日にはまた同じ事を繰り返すだろう。それは殆ど確定と言ってもいいほど分かりきっている事だ。
「あのねぇ、確かに暇かもしれないけど、門番というのは貴女が考えているよりもずっと重要な任務なのよ? 来客だってあるかもしれないし、異変や敵襲だってあるかもしれない。それを放り出して眠ってるなんて、あなたは門番の仕事が向いてないのかしらね」
「う、ご、ごめんなさ……」
「いっそここを辞めて、竹林の医者の怪しい薬品やら何やらの実験台にでも転職したら?」
「ひっ、ひえええぇぇっ! そんなぁ、勘弁してください咲夜さん! 私ここで仕事してたいですっ!!」
 私がそう軽く脅しをかけると、彼女は必死になって私の腕にすがりついてきた。その目じりには、恐怖に駆られたような涙が既にうっすらと溜まっている。
 まぁ、勿論人員の調整などをメイド長であるこの私が行えるはずもなく、そういった決定は主であるレミリアお嬢様が行う事なのだが――どうやらこの門番はそんな事も忘れているらしい。切迫した表情で己の過失を悔い改めているようだ。
「…………」

 ああ、私は彼女のこういった所が嫌いなのだ。

 外聞もなくすぐに必死な形相になるあたり、本気でうざったい。元々私がこういった自堕落で軽い性格の人間が嫌いという事もあるのだろうが、それを差し引いたってこの美鈴にはいっそ必要以上といったように私の悪意が向けられている気がする。
「さ、咲夜さん……?」
 子犬のような濡れた瞳でこっちを見つめてくる美鈴。彼女のほうが身長は高いはずだが、こっちの腕にすがりついているせいで見上げられる風になる。
 己のクビの危機を、瀬戸際といった風に本気で案じているのだろうか。馬鹿馬鹿しい、ああ、腹が立つ。お嬢様に相談して本気でクビにしてやろうかという考えすら一瞬沸いてきてしまった。
「……はぁ」
 しかし――私は、一瞬だけ重く嘆息すると、抱きつくように絡みついた彼女の腕を強引に引き剥がした。彼女の体は向こう側に倒れるように押しのけられたが、鍛えられた腹筋で難なく姿勢を持ち直したようだ。
「次から気をつけなさい。今度居眠りしてたら、本気でクビも検討するからね」
 釘を刺すように厳しい目で彼女を睨み付け、そう言い放つ。
 すると。
「――あっ、ありがとうございます!! この本美鈴、今後はこのようなことがないよう、命を懸けて職務を完うさせて頂きますっ!!」
 少し大げさなくらいに敬礼し、また門の前に戻る彼女。
 ――本当に反省しているのかどうかは怪しいものだが、仕方がない。また数時間後の彼女の姿に期待するか。ひょっとするとその時私は、人員移動の用紙に一名の名前を書いてお嬢様に提出しに行くかもしれないが。
「……」
 ああ、それにしても。私はどうして彼女のことがこんなにも嫌いなのだろう。
 特別嫌うべき要素は、彼女の自堕落で何かとテンションの高いその人間性にあるのだろう。私は元からそういう人間が嫌いというか、どうにも好きになれない。
 しかし――どうしたことか、彼女に関してはそれだけではないような気も、自分の中で少しだけするのだ。
 嫌いな人間であれば以後関わらないようにすれば済むだけだ。しかし彼女の場合は、同じ職場で働いているということを考慮しても――何だか、『積極的に』嫌わずにはいられないような気がする。
 もっと言えば、どうにも彼女の嫌いな部分をわざと目に付くように探してみたりしている自分が、気がつけばいたりする。
 ああ、私はひょっとすると、性格が悪いのだろうか。無論『性格がいい』などと自負したことはなかったが。
「じゃあ、私はこれからお夕飯の準備があるから」
 言い残し、門を過ぎようとする。
「あ、はい。お疲れ様です」
 するとそれに呼応するように、彼女も私に向かって挨拶を交わしてきた。
「……あ、そうだ。咲夜さん荷物重そうですね。持ちましょうか?」
 ――私が思わず彼女を嫌いにならずにはいられない、余計な一言と一緒に。
「何言ってるの。貴女には門番の仕事があるでしょう」
「い、いえ、門番ならちょっとの間だけ、妖精さんに代わって貰って――」
「じゃあ貴女が門番である必要は無いってわけね。今までお仕事ごくろうさま」
「ちっ、違いますっ!! 私はただ親切で――」
 そこまで言った所で、私は急に振り向いて彼女に指を突きつけた。いい加減にしてもらわないとこっちも仕事にならない。それに――こうもしつこく言われたのでは、またしても彼女の事を嫌いになってしまうではないか。
 美鈴の嫌な所――その最も顕著なものは、偏に『お節介』なのだ。
「いいかしら、美鈴、私は別にいいって言ってるの。それとも私が貴女に荷物を持ってほしいって頼んだのかしら?」
「そ、それは――」
「いいえ、今に限らず、私が貴女に仕事を手伝ってほしいなんて頼んだことは一度も無いわ。あなたはただそこで門番をやっていればそれでいいの」
「……咲夜さん」
 すると美鈴は、私に叱られた事が気を滅入らせたのか、さっきと同じようなしょげた瞳でこっちを見つめてきた。
 ああ、しつこいようだが私は貴女のその瞳も嫌いなのよ。一度言ってみようかとも思ったが、流石に相手が部下とはいえ面と向かって言うのは失礼か。
「さ、わかったら仕事を続けなさい」
「……はい、すみませんでした」
 言うことを聞かない駄々っ子を説き伏せるかのように、私は横目で門番に戻った彼女の姿を確認した。
 門を通って館へ進むと、もう徐々に彼女の姿も雪にさえぎられ、見えなくなっていく。
「まったく……」
 ああ、苛々してしょうがない。自分はどうしてこうまでも美鈴のことが嫌いなのだろうか。同じ職場で働いている、ただそれだけの関係なのに。
 花に水をやりに行くたび、植木を整えに行くたび、町へ買出しに行くたび。門を通るたびに見かける彼女。昼寝をしていた時は少々の強硬手段で叩き起こし、珍しく起きていた時は逆に弾けんばかりの快活な笑顔で律儀にも挨拶してくる。
 私は貴女とおしゃべりしたいわけではないのよ? なのにどうして飽きもせずに、こんな無愛想な私に話しかけてくるのかしら。
 その疑問が、ずっと考え続けていても分からない。もしかしたらこの苛々は、そんな真意の掴めない彼女の無邪気さや笑顔に対する、憤りなのかもしれない。
「……たかが門番に対して、考えすぎね」
 私は頭の中でそんな疑問を払拭するよると、絶え間なく雪の降り続ける空を眺めた。
 冷え切った空中に息を吐くと、白い靄となって風に乗り流れていく。しんしんと降り積もる雪は、私の頬に落ちては溶けていった。

「……?」
 すると、ふと気がつく。
「なんだか、顔が熱いみたい」
 頬に触れる雪の粒が、妙に痛いほど冷たく感じるのが分かった。
 気になって手の甲で額を触ってみると、心なしかいつもよりも少し熱い気がする。
「変ね……。風邪でも引いちゃったのかしら?」
 そんな心配をしていると、悪運にも予感が的中したのか、不意に目の前の景色がぐわっと歪んだ。
「――っ!?」
 それに驚いて一瞬足を踏み外すも、雪にずぼっとブーツを捕られてもう片方で姿勢を支えざるをえなくなる。
 雪に引っかかる足を何とか引っこ抜くと、代わりばんこといったように今度は頭の奥を鈍い頭痛が襲った。
「……痛った」
 私はこの数秒だけで妙な疲労感を感じ、熱くなった頬にもう一度手を当てる。
「さっきまで何ともなかったのに……。お嬢様に言って、少しだけ休ませて貰おうかしら――」
 この時期にこの寒さ。不甲斐ないながらもやはり風邪を引いてしまったのだろうか。
 それなら仕方が無いが、早く館に戻って夕飯だけ作ったらお休みを貰って――

 そう考えていた時、不意に強烈な眩暈が私を襲った。

「――!!」

 視界が多きく歪み、重力の流れる方向が分からなくなる。
 とっさにさっきと同じように姿勢を保とうとしたものの、それだけでは既に遅かった。平衡感覚を完全に失ってしまった脳には逆らうことができず、地面に向かって倒れこんでいく感覚だけがおぼろげに感じる。
「あ……」
 同時に視界が暗転する。目の前の景色の色彩が一気に失われ、黒一色に染まった視界が襲い掛かってきた。



 ドサッ


 私が最後に聞いたのは、体が雪に埋もれるそんな音だった。
 








   後編に続く