バレンタイン短編です。
正直、自分でも気持ちよく書けたと思います。こんなに書いてて楽しかったのは久しぶりです。
勇パルの物語を、自分なりに書いてみました。
格好いい勇儀を書きたかったんだ。
思ったより長くなってしまったので、前編と後編の二つに分けさせて頂きました。
ちょっと詰め込みすぎかなぁと思ったけど、そこは未熟者ゆえの……という事で、温かい目で見ていただければ。
東方の二次創作がOKという方は、是非下よりお読みください。
パルスィと勇儀のバレンタインのお話です。どうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――
「で、できたわ……!」
目の前に鎮座するリボンの付いた綺麗なパッケージに、パルスィは思わず息を呑んだ。
正直、こんなに綺麗に梱包できるとは思っていなかった。我ながら何だが、今回のこれは中々の出来だと思う。
「そりゃあ……前日から何十回もやり直してたんだからね。私だって少しは上手くもなるわよ……ふふ」
誰に聞かせるでもない台詞を得意げに呟くと、パルスィは自らの改心の出来を両手で丁寧に持ち上げ、色々な角度からまじまじと舐めるように見回してみた。
それは片手の上に乗るほどのこじんまりとした箱で、赤くきらめく包装紙で全体をラッピングしてある可愛らしい小包。それを十字の形に花の飾りが付いた細いリボンで閉め、一層の華やかさを持たせようとしてある。
これは昨夜からパルスィが夜通し包装をやり直したもので、その試行錯誤の末に完成した出来のものだ。
「よし……チェック完了。何も問題は無いわ……!」
何度見ても、小包に包装のしわや傷などは一切見当たらない。これなら寝る時間も惜しんでやり直した甲斐があったというものだ。
パルスィはこういった精密な作業にはかなり不器用な手先だったため、自分で梱包しているとどうやってもラッピングにしわができたり歪みができたり、時には緊張しすぎでうっかり包みを破いてしまったりなどしてしまって、何度やっても上手くはいかなかったのだ。
しかし長時間にわたるチャレンジの末完成した目の前のものは、自分でも納得がいくくらい完璧にできた包装の、まさに奇跡の一品だった。今まで失敗ばかりしてきたパルスィの目から見れば、惚れ惚れするくらいの出来と言ってもいいだろう。
「み、見なさい……私だってちょっと頑張れば、これくらいできるんだから……」
まじまじと小包を眺め、嬉しそうに言葉を漏らす橋姫。
その笑顔は普段の彼女からは想像も出来ないほど、幼く無邪気な表情を浮かべていた。
「よ、よし……あとはこれを勇儀に渡すだけ……!」
パルスィは自分に気合を入れるように一度深く息を吐くと、大事な小包に傷が付かないように気をつけながらそっと箱を持ち上げ、残った左手でぐっと握りこぶしを作った。
昨日から寝ずに頑張って作ったこのプレゼント。――いや、もっと言えば一週間も前から材料を揃えたりなどの準備をしてきた彼女にとって、この先に待つ最後のミッションこそが最大のハードルであり、同時にずっと思い浮かべてきた最大の楽しみでもあった。
「だ……大丈夫よパルスィ……! あなたならきっと言えるわ……!」
――渡すときの場面を想像してしまい、パルスィの拍動は俄かにうるさく鳴り始める。
こうして完成した小包を目の当たりにすると、いままで先延ばしにしてきた最大のハードルが急に眼前に迫ってきてしまう。
もう後戻りはできないし、これ以上先に引き伸ばすわけにもいかない。
もちろん、そうしたくもない。
言うんだ、今日こそ。
自らが想いを寄せる勇儀に、今日はいよいよ気持ちを告げる日。
手に抱えたのは、慣れない料理を勉強し、一生懸命作ったチョコレート。
頭の中にあるのは、夜通し考えた告白のセリフ。
今日は2月14日。
想いを伝える、バレンタインデー。
~東方バレンタイン短編小説~
貴女だけのSweet Taste
今日は今までの人生の中で、間違いなく一番大事なイベントだ。
長年想い続けてきた勇儀に告白するのに、バレンタインデーという今日の日を使わない手は無い。
「後は……味は大丈夫かしらね……。だ、だ、大丈夫よね? いちおう料理の本とか見ながら作ったんだから……」
勇儀の住む地底の旧都へ向かう途中、パルスィは昨夜何度も確認したはずの事項を、頭の中で繰り返し繰り返し反芻しながら歩いていた。なにぶん料理など殆どした事のないパルスィからすれば、自分の作ったチョコレートが上手く出来ているのかどうかさえもよく分かったものではない。
この日の為に少し前から料理の練習をしていたとはいえ、やはり一抹の不安は拭いきれないのだ。後ろに回した両手に抱える小包が、今までの自分の努力の結晶ならば、それを最高のものにしたいと考えるのは人間も妖怪も同じである。
「……大丈夫、よね。勇儀って確かお酒もそうだけど、甘いものも大好きだって言ってたし……。そ、それにあの鈍感なら、味の良し悪しなんてもしかしたら分かってないのかもしれないわ。沢山食べられればそれでいいって思ってるような奴なんだから……!」
ぶつぶつと呟きながら歩みを進めるパルスィ。
「……私だって頑張ったんだから、きっとそれなりの味にはなってる筈よ……」
その胸の鼓動は、既に彼女の華奢な全身を振るわせるほどに打ち響いていた。
「……受け取って……くれるかしら……」
■■■
そうこうしているうちに、段々と旧都が近づいてきた。
煌々と光る大きな堤燈に、あちらこちらで下がっている暖簾が、パルスィの視界を徐々に埋め尽くしてきた。
ここは地底の中では一番活気付いている場所で、連日立ち飲屋が横行し、あちらこちらで酒豪たちの飲み勝負――はたまた格闘勝負まで繰り広げられているようなさまだ。道端には泥酔した者達がいびきをかいて寝ていたりなどして、毎日が祭りかと見紛う程の騒ぎである。
こういった場所が生来大好きな勇儀は、この旧都に居ることが多いのだ。大方また、どこかの挑戦者と飲み勝負ないし格闘勝負でもやっているんだろう。
「……いつ来ても五月蝿い場所ね、ここは……」
溢れんばかりの周りの光を、うざったそうに目を細めながら通るパルスィ。
こういった雰囲気の場所はあまり得意な彼女ではなかったが、今まで勇儀に連れられて何度か来たことはあった。その度にべろんべろんに酔っ払った彼女からしきりに絡まれていたが――今思えば、何も考えずに彼女と過ごせていたあの時期が妙に懐かしく感じてしまう。
「私も……どうしてあんな奴の事を好きになっちゃったのかしらね」
少し、自嘲気味に笑いを漏らした。
私とは似ても似つかぬ奴なのに。
馬鹿で、鈍感で、酒飲みで、だらしなくて、いつも大口を開けて笑っているばかりの勇儀。
だけど――そんな彼女に、私はいつの間にか恋心を抱いてしまっていたのだ。
どうしてあんな奴の事を好きになったのか、理由を考えてみると未だによくわからない。
おーい、パールスィっ
なんて、気楽に声をかけてきては、こっちの気も知らないで無邪気に抱きつく彼女。
そのときの勇儀はだいたい酔っ払っていて、吐く息も酒臭くて。
だけど、そんな彼女に私は――どうにも形容できない安心感を覚えるのだ。大きな身体も、手の温かさも、子供のような笑顔も、全てに。
きっとその手を握り締めることができたなら、私はどんなにか安心できたんだろう――
幼い頃から〝橋姫〟として忌み嫌われてきた私からすれば、多くの人から慕われる彼女はまさに憧れだった。
私が〝影〟なら、きっと彼女は〝太陽〟。
影は太陽がなければ、存在することすらできない。ならば影の私が、太陽を求めることもまた自然なことなのだろうか――
「ふぅ……」
少し歩きつかれて、軽く息を吐いたパルスィ。
目の前には割と大きめな居酒屋が一軒建っており、店の中からは煌々とあかりが漏れてきている。
勇儀によると、大体いつもこの店で飲んでいるとの事だが。
「……何だか、私には入れる雰囲気じゃないわね。酔ったあいつにまたカラまれるのは御免だし……。……で、できれば〝これ〟は、二人きりの時に渡したい、し……」
俄かに頬を赤らめるパルスィ。
しばらく逡巡していた彼女だったが、結局勇儀が店から出てくるまで外で待っている事にした。
店の外といっても中々の大通りだったため騒ぎは止む事はないが、それでもどんちゃん騒ぎの店内よりかは遥かにマシだろう。暖簾の奥からは、一際大きい勇儀らしき笑い声もたまに聞こえてくる。
「まったく……あいつったら、なんであんなにお酒ばっかり飲めるのかしら……バカなんじゃないの?」
酒を飲めないパルスィにとって、水のかわりに酒を飲むような勇儀の肝臓は未だに理解できたものではない。
――そういえば。
ずっと昔、酔った勇儀に連れられて初めて旧都(ここ)に来た時だっけ。
ちょうど店の店主か誰かが、面白がって私に酒を飲ませようとしたんだわ。私は飲めないってずっと言ってて、勇儀も無理強いはよくないって止めようとしてたんだけど、酔ってたそいつは私を捕まえて、無理やり酒を流し込んだんだった。
(うっ……! うえぇっ……!)
結果――私は初めて飲んだ酒で、大勢の前で思いっきり吐いちゃったんだっけ。
それでもふざけ半分だった周りの人たちは一層面白がって、あろうことかそれを笑いのネタにまでしたりして。
私は恥ずかしくて死にそうで――思わず目に涙まで滲んできちゃって。
同時に周りへの怒りも湧いてきて、もう二度とこんな所来るもんかって思ったわ。
それで――汚れた服を引きずって、一人で帰ろうとした、その矢先。
パチーン!!
――乾いた音が、店内にこだました。
それは勇儀が、私に酒を飲ませた奴の頬を、思いっきり張り飛ばした音だった。
「…………」
無言のまま――普段のあっけらかんとした彼女からは想像も付かないほど、恐ろしく冷たい厳しい目でそいつを睨みつける勇儀。
周りもそんな勇儀を見たのは初めてだったのか、店内は今までの騒ぎようからは一瞬で静まり返った。
そして勇儀は、一言。
「謝れ」
まるで地獄の底へと通じているかのような、低く、怒気の篭った声で。
「パルスィに謝れ」
顔の青ざめた店中の奴らに、そう告げたのだった。
■■■
――そんな事もあったっけ。
あれ以来、勇儀はどんなに酔っ払っても私にお酒を飲ませることはなくなった。
思えばあの時だった気がする。私が勇儀に惚れ込んでしまったのは。
「ホント……バカな奴」
少し嬉しそうに、パルスィは含み笑いを浮かべた。
「よーっし、次の店に飲みに行くぞぉーっ!!」
「!!」
ガラッと勢いよく店の扉が開いて、中から聞こえてくる明るく大きな声。
それはいつも聞きなれた、他でもない酔っ払った勇儀の声だった。
(ゆ……勇儀……っ!)
思わず、反射的に近くにあった物陰に身を隠してしまうパルスィ。ずっと待っていたというのに、不意を突かれてまた逃げてしまった。
(い……いけない、何やってるのよ私! こんなんじゃ渡せるわけないじゃない……!)
逃げる自分を叱責するも、次の瞬間。
パルスィの目に入ってきた光景は――
(え……?)
周りに同じく酔っ払った数名の男達を引き連れて、颯爽と店から出てくる勇儀。
そしてその右手に持たれていたものは、大きなサイズの紙袋が一つ。
袋から覗くのは、大小様々に綺麗に梱包されたいくつもの華美な箱。
(あれっ……て……)
そしてそれの一つをもう片方の手に持ち、大きなチョコレートを嬉しそうに頬張る勇儀が、眼前に立っていた。
(あ……)
「姉さん、またそれ近所の子から貰ったんすかぁ? 人気者っすねぇ~!」
「いやいや、毎年この時期になると私の好きな甘いものが大量にプレゼントされるんでな。酒のつまみにいいんだこれが」
「チョコレートが酒のつまみってどういう事っすかぁハハハ。姉さんも女の子なんですねぇ! モテモテだなぁ~!」
「ははっ、よせよせ」
隣の酔っ払った男と、楽しそうにそう会話する勇儀。
その瞬間、パルスィは〝何か〟に気づいた。
(そう……か)
私は何を勘違いしていたんだろう。
彼女は〝太陽〟、私は〝影〟。
〝太陽〟である彼女は多くの人から慕われるも当然なのに対し、私は周りから忌み嫌われる〝影〟の橋姫。
たとえ私が彼女に思いを伝えたところで、もっともっと多くの人から慕われている勇儀に、相手にされる道理なんてない。
あの大量のチョコレートがそのいい例だ。勿論友達として貰っている物も多いのだろうけど、あれだけ人当たりのいい彼女のことだ。私のように勇儀に恋心を寄せている人だってきっと多いんだろう。
その中で、何が出来る? 例えばその人たちに混じって私が思いを伝えたとして、勇儀は私に目をくれてくれるのか?
(無理……よ……)
……そんな訳はない。
こんな……暗いだけで何の取り得もない私に、勇儀が答えてくれるとは思えない。
そうだ。私は何を勘違いしていたんだろう。
自分の事を忘れていたのだろうか? 私が誰からも好かれない、嫉妬に狂った醜い妖怪だということを忘れていたのだろうか――?
もとより、こんな私と明るい彼女が、釣り合うはずなんてないじゃない。
例え私が勇儀でも……もっと明るくて、できれば……お、お酒が強い人を……
……選ぶ、筈だわ。
「……っ……!」
パルスィは、駆け出した。
あれほど傷が付かないように大切に持っていた小包を、握り潰すほど強く、乱暴に掴んで。
勇儀に見つからないように。
明るい旧都から逃げ出した。自らに似合う闇へ溶け込むように。
(私……こんな簡単な事に気づいてなかったなんて……馬鹿みたい)
ふと、目尻から零れた涙が、地底の冷えた地面を濡らした。
■■■
「いやぁ~、それにしても姉さんすごい量っすよねぇ、それ。さすが誰からも好かれる勇儀姉さんっすよ」
「おいおい、私はただ飲んだくれているだけの筋肉バカだよ。それにしたって、何で私みたいな奴が周りから好かれるのかねぇ」
「あれ? そういえば姉さんってこんだけチョコ貰っておきながら、誰かに告白されたりとかしないんすか? っていうか、好きな人とかいるんじゃないすか~ぁ?」
「ああ、そういえば色々な所からたまにされたりするな。その度に断ってるが」
「え! マジっすか! 勿体ねぇなぁ~。じゃあ、好きな人は?」
「……あぁ、居るよ。毎年チョコは貰えないけどな。……片思いさ」
「お! 姉さんも何だかんだ言って、恋する大人なんすね~ぇ! 片思いはツラいっすけどね!」
「あぁ……そうだな」
「……そいつはな、他の誰よりも優しくて……脆い奴なんだ」
↓(後編に続く)
【東方バレンタイン小説】貴女だけのSweet Taste(後編)
正直、自分でも気持ちよく書けたと思います。こんなに書いてて楽しかったのは久しぶりです。
勇パルの物語を、自分なりに書いてみました。
格好いい勇儀を書きたかったんだ。
思ったより長くなってしまったので、前編と後編の二つに分けさせて頂きました。
ちょっと詰め込みすぎかなぁと思ったけど、そこは未熟者ゆえの……という事で、温かい目で見ていただければ。
東方の二次創作がOKという方は、是非下よりお読みください。
パルスィと勇儀のバレンタインのお話です。どうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――
「で、できたわ……!」
目の前に鎮座するリボンの付いた綺麗なパッケージに、パルスィは思わず息を呑んだ。
正直、こんなに綺麗に梱包できるとは思っていなかった。我ながら何だが、今回のこれは中々の出来だと思う。
「そりゃあ……前日から何十回もやり直してたんだからね。私だって少しは上手くもなるわよ……ふふ」
誰に聞かせるでもない台詞を得意げに呟くと、パルスィは自らの改心の出来を両手で丁寧に持ち上げ、色々な角度からまじまじと舐めるように見回してみた。
それは片手の上に乗るほどのこじんまりとした箱で、赤くきらめく包装紙で全体をラッピングしてある可愛らしい小包。それを十字の形に花の飾りが付いた細いリボンで閉め、一層の華やかさを持たせようとしてある。
これは昨夜からパルスィが夜通し包装をやり直したもので、その試行錯誤の末に完成した出来のものだ。
「よし……チェック完了。何も問題は無いわ……!」
何度見ても、小包に包装のしわや傷などは一切見当たらない。これなら寝る時間も惜しんでやり直した甲斐があったというものだ。
パルスィはこういった精密な作業にはかなり不器用な手先だったため、自分で梱包しているとどうやってもラッピングにしわができたり歪みができたり、時には緊張しすぎでうっかり包みを破いてしまったりなどしてしまって、何度やっても上手くはいかなかったのだ。
しかし長時間にわたるチャレンジの末完成した目の前のものは、自分でも納得がいくくらい完璧にできた包装の、まさに奇跡の一品だった。今まで失敗ばかりしてきたパルスィの目から見れば、惚れ惚れするくらいの出来と言ってもいいだろう。
「み、見なさい……私だってちょっと頑張れば、これくらいできるんだから……」
まじまじと小包を眺め、嬉しそうに言葉を漏らす橋姫。
その笑顔は普段の彼女からは想像も出来ないほど、幼く無邪気な表情を浮かべていた。
「よ、よし……あとはこれを勇儀に渡すだけ……!」
パルスィは自分に気合を入れるように一度深く息を吐くと、大事な小包に傷が付かないように気をつけながらそっと箱を持ち上げ、残った左手でぐっと握りこぶしを作った。
昨日から寝ずに頑張って作ったこのプレゼント。――いや、もっと言えば一週間も前から材料を揃えたりなどの準備をしてきた彼女にとって、この先に待つ最後のミッションこそが最大のハードルであり、同時にずっと思い浮かべてきた最大の楽しみでもあった。
「だ……大丈夫よパルスィ……! あなたならきっと言えるわ……!」
――渡すときの場面を想像してしまい、パルスィの拍動は俄かにうるさく鳴り始める。
こうして完成した小包を目の当たりにすると、いままで先延ばしにしてきた最大のハードルが急に眼前に迫ってきてしまう。
もう後戻りはできないし、これ以上先に引き伸ばすわけにもいかない。
もちろん、そうしたくもない。
言うんだ、今日こそ。
自らが想いを寄せる勇儀に、今日はいよいよ気持ちを告げる日。
手に抱えたのは、慣れない料理を勉強し、一生懸命作ったチョコレート。
頭の中にあるのは、夜通し考えた告白のセリフ。
今日は2月14日。
想いを伝える、バレンタインデー。
~東方バレンタイン短編小説~
貴女だけのSweet Taste
今日は今までの人生の中で、間違いなく一番大事なイベントだ。
長年想い続けてきた勇儀に告白するのに、バレンタインデーという今日の日を使わない手は無い。
「後は……味は大丈夫かしらね……。だ、だ、大丈夫よね? いちおう料理の本とか見ながら作ったんだから……」
勇儀の住む地底の旧都へ向かう途中、パルスィは昨夜何度も確認したはずの事項を、頭の中で繰り返し繰り返し反芻しながら歩いていた。なにぶん料理など殆どした事のないパルスィからすれば、自分の作ったチョコレートが上手く出来ているのかどうかさえもよく分かったものではない。
この日の為に少し前から料理の練習をしていたとはいえ、やはり一抹の不安は拭いきれないのだ。後ろに回した両手に抱える小包が、今までの自分の努力の結晶ならば、それを最高のものにしたいと考えるのは人間も妖怪も同じである。
「……大丈夫、よね。勇儀って確かお酒もそうだけど、甘いものも大好きだって言ってたし……。そ、それにあの鈍感なら、味の良し悪しなんてもしかしたら分かってないのかもしれないわ。沢山食べられればそれでいいって思ってるような奴なんだから……!」
ぶつぶつと呟きながら歩みを進めるパルスィ。
「……私だって頑張ったんだから、きっとそれなりの味にはなってる筈よ……」
その胸の鼓動は、既に彼女の華奢な全身を振るわせるほどに打ち響いていた。
「……受け取って……くれるかしら……」
■■■
そうこうしているうちに、段々と旧都が近づいてきた。
煌々と光る大きな堤燈に、あちらこちらで下がっている暖簾が、パルスィの視界を徐々に埋め尽くしてきた。
ここは地底の中では一番活気付いている場所で、連日立ち飲屋が横行し、あちらこちらで酒豪たちの飲み勝負――はたまた格闘勝負まで繰り広げられているようなさまだ。道端には泥酔した者達がいびきをかいて寝ていたりなどして、毎日が祭りかと見紛う程の騒ぎである。
こういった場所が生来大好きな勇儀は、この旧都に居ることが多いのだ。大方また、どこかの挑戦者と飲み勝負ないし格闘勝負でもやっているんだろう。
「……いつ来ても五月蝿い場所ね、ここは……」
溢れんばかりの周りの光を、うざったそうに目を細めながら通るパルスィ。
こういった雰囲気の場所はあまり得意な彼女ではなかったが、今まで勇儀に連れられて何度か来たことはあった。その度にべろんべろんに酔っ払った彼女からしきりに絡まれていたが――今思えば、何も考えずに彼女と過ごせていたあの時期が妙に懐かしく感じてしまう。
「私も……どうしてあんな奴の事を好きになっちゃったのかしらね」
少し、自嘲気味に笑いを漏らした。
私とは似ても似つかぬ奴なのに。
馬鹿で、鈍感で、酒飲みで、だらしなくて、いつも大口を開けて笑っているばかりの勇儀。
だけど――そんな彼女に、私はいつの間にか恋心を抱いてしまっていたのだ。
どうしてあんな奴の事を好きになったのか、理由を考えてみると未だによくわからない。
おーい、パールスィっ
なんて、気楽に声をかけてきては、こっちの気も知らないで無邪気に抱きつく彼女。
そのときの勇儀はだいたい酔っ払っていて、吐く息も酒臭くて。
だけど、そんな彼女に私は――どうにも形容できない安心感を覚えるのだ。大きな身体も、手の温かさも、子供のような笑顔も、全てに。
きっとその手を握り締めることができたなら、私はどんなにか安心できたんだろう――
幼い頃から〝橋姫〟として忌み嫌われてきた私からすれば、多くの人から慕われる彼女はまさに憧れだった。
私が〝影〟なら、きっと彼女は〝太陽〟。
影は太陽がなければ、存在することすらできない。ならば影の私が、太陽を求めることもまた自然なことなのだろうか――
「ふぅ……」
少し歩きつかれて、軽く息を吐いたパルスィ。
目の前には割と大きめな居酒屋が一軒建っており、店の中からは煌々とあかりが漏れてきている。
勇儀によると、大体いつもこの店で飲んでいるとの事だが。
「……何だか、私には入れる雰囲気じゃないわね。酔ったあいつにまたカラまれるのは御免だし……。……で、できれば〝これ〟は、二人きりの時に渡したい、し……」
俄かに頬を赤らめるパルスィ。
しばらく逡巡していた彼女だったが、結局勇儀が店から出てくるまで外で待っている事にした。
店の外といっても中々の大通りだったため騒ぎは止む事はないが、それでもどんちゃん騒ぎの店内よりかは遥かにマシだろう。暖簾の奥からは、一際大きい勇儀らしき笑い声もたまに聞こえてくる。
「まったく……あいつったら、なんであんなにお酒ばっかり飲めるのかしら……バカなんじゃないの?」
酒を飲めないパルスィにとって、水のかわりに酒を飲むような勇儀の肝臓は未だに理解できたものではない。
――そういえば。
ずっと昔、酔った勇儀に連れられて初めて旧都(ここ)に来た時だっけ。
ちょうど店の店主か誰かが、面白がって私に酒を飲ませようとしたんだわ。私は飲めないってずっと言ってて、勇儀も無理強いはよくないって止めようとしてたんだけど、酔ってたそいつは私を捕まえて、無理やり酒を流し込んだんだった。
(うっ……! うえぇっ……!)
結果――私は初めて飲んだ酒で、大勢の前で思いっきり吐いちゃったんだっけ。
それでもふざけ半分だった周りの人たちは一層面白がって、あろうことかそれを笑いのネタにまでしたりして。
私は恥ずかしくて死にそうで――思わず目に涙まで滲んできちゃって。
同時に周りへの怒りも湧いてきて、もう二度とこんな所来るもんかって思ったわ。
それで――汚れた服を引きずって、一人で帰ろうとした、その矢先。
パチーン!!
――乾いた音が、店内にこだました。
それは勇儀が、私に酒を飲ませた奴の頬を、思いっきり張り飛ばした音だった。
「…………」
無言のまま――普段のあっけらかんとした彼女からは想像も付かないほど、恐ろしく冷たい厳しい目でそいつを睨みつける勇儀。
周りもそんな勇儀を見たのは初めてだったのか、店内は今までの騒ぎようからは一瞬で静まり返った。
そして勇儀は、一言。
「謝れ」
まるで地獄の底へと通じているかのような、低く、怒気の篭った声で。
「パルスィに謝れ」
顔の青ざめた店中の奴らに、そう告げたのだった。
■■■
――そんな事もあったっけ。
あれ以来、勇儀はどんなに酔っ払っても私にお酒を飲ませることはなくなった。
思えばあの時だった気がする。私が勇儀に惚れ込んでしまったのは。
「ホント……バカな奴」
少し嬉しそうに、パルスィは含み笑いを浮かべた。
「よーっし、次の店に飲みに行くぞぉーっ!!」
「!!」
ガラッと勢いよく店の扉が開いて、中から聞こえてくる明るく大きな声。
それはいつも聞きなれた、他でもない酔っ払った勇儀の声だった。
(ゆ……勇儀……っ!)
思わず、反射的に近くにあった物陰に身を隠してしまうパルスィ。ずっと待っていたというのに、不意を突かれてまた逃げてしまった。
(い……いけない、何やってるのよ私! こんなんじゃ渡せるわけないじゃない……!)
逃げる自分を叱責するも、次の瞬間。
パルスィの目に入ってきた光景は――
(え……?)
周りに同じく酔っ払った数名の男達を引き連れて、颯爽と店から出てくる勇儀。
そしてその右手に持たれていたものは、大きなサイズの紙袋が一つ。
袋から覗くのは、大小様々に綺麗に梱包されたいくつもの華美な箱。
(あれっ……て……)
そしてそれの一つをもう片方の手に持ち、大きなチョコレートを嬉しそうに頬張る勇儀が、眼前に立っていた。
(あ……)
「姉さん、またそれ近所の子から貰ったんすかぁ? 人気者っすねぇ~!」
「いやいや、毎年この時期になると私の好きな甘いものが大量にプレゼントされるんでな。酒のつまみにいいんだこれが」
「チョコレートが酒のつまみってどういう事っすかぁハハハ。姉さんも女の子なんですねぇ! モテモテだなぁ~!」
「ははっ、よせよせ」
隣の酔っ払った男と、楽しそうにそう会話する勇儀。
その瞬間、パルスィは〝何か〟に気づいた。
(そう……か)
私は何を勘違いしていたんだろう。
彼女は〝太陽〟、私は〝影〟。
〝太陽〟である彼女は多くの人から慕われるも当然なのに対し、私は周りから忌み嫌われる〝影〟の橋姫。
たとえ私が彼女に思いを伝えたところで、もっともっと多くの人から慕われている勇儀に、相手にされる道理なんてない。
あの大量のチョコレートがそのいい例だ。勿論友達として貰っている物も多いのだろうけど、あれだけ人当たりのいい彼女のことだ。私のように勇儀に恋心を寄せている人だってきっと多いんだろう。
その中で、何が出来る? 例えばその人たちに混じって私が思いを伝えたとして、勇儀は私に目をくれてくれるのか?
(無理……よ……)
……そんな訳はない。
こんな……暗いだけで何の取り得もない私に、勇儀が答えてくれるとは思えない。
そうだ。私は何を勘違いしていたんだろう。
自分の事を忘れていたのだろうか? 私が誰からも好かれない、嫉妬に狂った醜い妖怪だということを忘れていたのだろうか――?
もとより、こんな私と明るい彼女が、釣り合うはずなんてないじゃない。
例え私が勇儀でも……もっと明るくて、できれば……お、お酒が強い人を……
……選ぶ、筈だわ。
「……っ……!」
パルスィは、駆け出した。
あれほど傷が付かないように大切に持っていた小包を、握り潰すほど強く、乱暴に掴んで。
勇儀に見つからないように。
明るい旧都から逃げ出した。自らに似合う闇へ溶け込むように。
(私……こんな簡単な事に気づいてなかったなんて……馬鹿みたい)
ふと、目尻から零れた涙が、地底の冷えた地面を濡らした。
■■■
「いやぁ~、それにしても姉さんすごい量っすよねぇ、それ。さすが誰からも好かれる勇儀姉さんっすよ」
「おいおい、私はただ飲んだくれているだけの筋肉バカだよ。それにしたって、何で私みたいな奴が周りから好かれるのかねぇ」
「あれ? そういえば姉さんってこんだけチョコ貰っておきながら、誰かに告白されたりとかしないんすか? っていうか、好きな人とかいるんじゃないすか~ぁ?」
「ああ、そういえば色々な所からたまにされたりするな。その度に断ってるが」
「え! マジっすか! 勿体ねぇなぁ~。じゃあ、好きな人は?」
「……あぁ、居るよ。毎年チョコは貰えないけどな。……片思いさ」
「お! 姉さんも何だかんだ言って、恋する大人なんすね~ぇ! 片思いはツラいっすけどね!」
「あぁ……そうだな」
「……そいつはな、他の誰よりも優しくて……脆い奴なんだ」
↓(後編に続く)
【東方バレンタイン小説】貴女だけのSweet Taste(後編)