「な、何とか人数分コップあったけど……麦茶でよかった?」
 時折コップから中身をこぼしそうになりながらも、おぼんに人数分の麦茶を乗せて、僕は部屋のドアを静かに開けた。そこまで広くもない部屋の中にはお客がそれぞれ適当に座っており、部屋の中をまじまじと見回している。
「ありがとうございます。私お茶好きですから」
 黒縁眼鏡の奥に映る目をにこやかに和らげ、床に置いたおぼんからコップを二つ取ったのは久遠寺君。
 彼は両手に取ったコップのうち一つを、隣であぐらをかくもう一人のお客に渡す。
「おお、サンキュー」
 それを受け取った山崎君は、すぐさまコップを唇へ傾けて麦茶を一口飲んだ。
「……っつーか、結構普通なんだな、伊藤の部屋」
 コップを床に置くと、山崎君はもう一度僕の部屋の中を一通り見回した。
「そ、そうかな? まぁ、自分でも特に変わった所は見当たらないけど」
 いつも見慣れた自分の部屋を、もう一度観察するように見渡してみる。
 自分で言うのもなんだけど、僕の部屋は特に何の変哲も無い普通の部屋だ。床には丸型のカーペットが敷いてあり、勉強机や無機質なカレンダーを壁に揃えて置いてある。一応自分専用のテレビが一台と、本棚に漫画や小説が少々あるばかりで、話題にするような物珍しいものも取り立ててない。
 ――変わった所というなら、それはきっと今の僕の心情だろう。自分の部屋に誰かをあげるなんて中学二年のコウちゃん以来だったから、いつもとは全く違う雰囲気に、慣れた筈の部屋も全く違って見える。
「うむ、しかし整理正統はしっかりと行き届いているようではないか。感心感心」
 すると、カーペットに綺麗な姿勢で正座している槍埜さんが、おぼんから残ったコップを手に取った。それはまるで、弟子の成長を褒める師範のような得意げな表情だ。
「……どうでもいいが、何でお前までここにいンだよ」
 明らかに不満そうな表情を浮かべ、隣の槍埜さんを横目で睨む山崎君。
「む? 別によかろう。友達同士でお互いの家に遊びに行くというのは、よくある事ではないか」
「そういえば槍埜さん、今日は山で稽古があるって言ってなかったっけ?」
「うむ、確かに予定ではそうだったのだが、お前達が放課後集まってどこかに行くという話を聞いたのでな。お父上に許可を貰って、山での稽古はまた後日ということにして貰った」
 満足げな表情で麦茶を飲む槍埜さんは、この四人で僕の部屋にいるというこの状況を楽しんでいるように見えた。


                  12話「アルバム」



 今日は元はといえば僕と山崎君、久遠寺君の三人でどこかに遊びにいくことになっていたんだけど、途中から誰かの家で遊ぼうという事に話が纏まってきて、それならという事で偶然都合がよかった僕の家に決定したのだった。すると途中で槍埜さんが「私だけ仲間はずれは許さん!」と怒鳴り込んできて、結果的にはこの四人でいま僕の部屋にいることになっている。
 ちなみに僕が住んでいる家は一軒家ではなく、どこにでもあるマンションの一室だ。母さんはまだ仕事中だから、実質いま家に居るのは僕たちだけという事になる。
「っつーか成り行きで伊藤ん家に来ちまったけど……。俺と伊藤と照って小学校同じだったんだろ? ならアルバムとか残ってねぇのか? どうせなら見てみようぜ」
 山崎君が何気なさそうにそう言うと、残りの二人もその言葉に妙に食いついてきた。
「そうですね、私もあまり昔のアルバムなどは見ませんし……。あるなら是非見てみたいです」
「うむ、お前達三人の幼少期の時代など、なかなか興味があるな。探せないのか、伊藤?」
 僕は一瞬頭の中でアルバムの存在を思い浮かべると、確か部屋の押入れの奥に詰め込んであったのではないか、という結論に逢着した。卒業以来見た記憶が無いから、きっと探すのには一手間かかるだろう。
 それに、いま集まってるメンバーで小学校のアルバムを見返してみるというのも、中々面白そうだ。
「多分、そこの押入れの中にあるんじゃないかな。探すの手伝ってくれる?」
「よし、任せておけ」
 言うが早いか我先にと槍埜さんがふすまを開け、僕の昔の教科書などを詰め込んだダンボールを引っ張り出しては開けていく。それにつられるようにして久遠寺君も、山崎君は若干面倒くさそうに押入れ捜索を開始した。


 ――捜索開始から十分。

「おい伊藤っ! もしかしたらこれはお前が幼稚園くらいの頃のものではないのかっ!? くれよんを一生懸命に使って描いた感が伝わって……な、何とも可愛らしいではないかっ!」
「うっわ、これ中学ん時の期末じゃねぇか……。数学とか意外とできてんなぁ、他の答案はねぇのか?」
「例えばこーいう時に超アブノーマルもののエロ本が出てきたりとかした場合、どういった対応を取るのが一番なんでしょうか。やはり見なかった事にしてそっと戻してあげる……とかが妥当なんでしょうかねぇ」

 三者三様に押入れの中身を部屋にぶちまけながら、最早『小学校のアルバムを探す』という当初の目的を忘れているように見える三人が、僕の過去の何やらを掘り返してはまじまじと見つめていた。……久遠寺君に関しては何かまったく違う心配をしているみたいだけど、とりあえず心当たりが無さ過ぎる。
 ……今の僕の部屋は、大量の過去の遺物でひっくり返っている状態だった。
 これ……後片付けにどれくらいかかるんだろう……。

「うおっ! 今度は空き箱で作った工作か! なになに……『おかしのはこでろぼっとをつくったよ。じょうずにできたよ』と書いてある!! くうっ! なんと愛らしいのだ!! 伊藤にもこんな時があったのだなぁっ!!」
「修学旅行のパンフが出てきやがった……。懐かしいな、確か京都に行ったんだっけか。この寺なんてまだ少し覚えてるぜ……」
「うーん、さっきからエロ本を重点的に発見しようとしているのに、まだ一冊も出てきませんねぇ。真面目すぎるというのも困ったものです……」

 ……もう足の踏み場もないや……。あはは……。



     ■■■


 ――で。
 結局アルバムを見つけたのは槍埜さんで、幼稚園の頃の思い出と一緒になってしまってあったらしい。
 しかし槍埜さんは――多分幼稚園の頃のものだと思う僕の絵や工作を赤ちゃんのようにぎゅっと抱きしめており、何とも言えない幸せそうな表情を浮かべていた。……よく分からないが、ここでもし僕が『槍埜さんって意外と女の子らしい所あるんだね』などと言おうものなら、惨劇になるであろう事が容易に予測できるのは何故なんだろう。
 そして久遠寺君はどうしてか、押入れの天井部分まで念入りに板を剥がしてまで探していた。……普通に考えてそんな所にアルバムをしまっておく筈はないんだけどなぁ……。
「やっと見つかったけど……埃だらけだね」
 アルバムは所々色あせており、全体的に埃を被っていた。全員が注目する中で静かにページをめくると、久しぶりに日の目を浴びた紙がぺりぺりと剥がれる音を立てる。
 確か……えぇと、一年生の時はこの組で……。
「あ……あった、これだ」
 該当クラスの集合写真には、小さい頃の僕が映っていた。正直自分で見てもあまりよく分からないけど、面影は残っているような感じが微妙にする。
「おぉ……これが小さい頃の伊等か……!」
 すると槍埜さんが、恍惚そうな表情を浮かべて写真をまじまじと見つめてきた。正直……少しだけ気持ち悪い。
 槍埜さんの目から逃げるようにまたぱらぱらとページをめくると、そこには『山崎 啓介』と『久遠寺 照』という名前が見つかった。この二人は一年生のときは同じクラスだったらしい。
「へぇ……私ってこんな感じの子供だったんですね」
「俺も、自分のことなんてさっぱり覚えちゃいねぇな……」
 写真の下に書いてあるプロフィールらしきものを見てみると、山崎君は『趣味:サッカー』『将来の夢:野球せんしゅ』という、何だか矛盾したような事が書いてあった。山崎君もそれに気づいたのか、若干居心地が悪そうに視線を泳がせる。……まぁ、子供ならではの無邪気なものだなぁ。
 すると、久遠寺君のプロフィールも目に入ってきた。

『趣味:びしょうじょゲーム。とくにさいきんではA○Rをプレイ。オススメされているゲームはひととおりプレイしてみたいです』
『将来の夢:かわいい女のこがたくさん出てくるゲームをつくりたいです』

 ……と、大真面目そうに書いてあった。
「お前……この頃から……」
「ああ、そういえばこの頃はAI○の時代でしたか。いやぁ懐かしいですねぇ。今となってはPCのスペック向上もあってCGクオリティも進化してきているのですが、この頃だと本当にとき○モくらいでしか恋愛ゲームは――」
 何だか、小学一年生では特殊すぎるような趣味と将来の夢だった。
 というか久遠寺君、どうして小学一年生でパソコンのゲームをやっていたんだろう――? 謎は深まるばかりだ。


    ■■■

 その後、後片付けをしている最中、ふと押入れの奥から中学校のときのアルバムが見つかった。
 赤い重厚な表紙を持つ立派なアルバムで、すぐに中学校のそれと分かるようなものだ。
 山崎君は懐かしそうに、久遠寺君と槍埜さんは興味深そうに覗いたそれを、成り行きとして皆で開いてみる事にした。
「ふむ……流石に中学生ともなるとあの時の『無邪気な可愛さ』は抜けるのだな……残念だ」
 そうがっかりする槍埜さんをよそに、久遠寺君は全体の集合写真などをぺらぺらとめくっていく。

 ――しかし、山崎君は、常にアルバムの中身には目をやっていなかった。

「……どうしたの?」
「別に」
 話しかけてもぶっきらぼうにそうとしか返さない山崎君。
 ……まぁ、僕自身あまり中学校の時にいい思い出があるわけじゃないから、中学校のアルバムっていうのはそんなに掘り返したいとも思わない物なんだけど。他の二人が見たがっているんだから、まぁいいか。

「お、これが伊藤のクラスではないのか?」
「三年生の頃のものみたいですね」
 そう言って開けられたページには、今とあまり変わらないような顔もちの僕の写真があった。
 相も変わらず出席番号だけは常に一番だ。


 ――だけど。

 出席番号真ん中あたりだった、コウちゃんの写真はそこにはなかった。

(そう――だよね)

 せめてこのアルバムが、中学二年――いや、せめてその夏まででも写真が載ってたらよかったのにな。
 そうしたら、きっと僕とコウちゃんは、同じページに載ることもできただろう。
 それが不意に、僕の心の中に眠っていた寂しさを疼かせたような気がした。


 コウちゃんはあの事件をきっかけに、中学二年の夏で学校を転校してしまった。
 あれ以来一度も会っていないし、連絡も取ってないけど――。

 今頃、どうしてるのかな。
 できれば、また――




「……って、聞いてます? 祐樹君」
「!」
 不意に、久遠寺君に話しかけられた事に気づく。少しボーっとしてたみたいだ。いけないいけない。
「ん、何でもないよ。何?」



 それから僕達は、適当に漫画を読んだりテレビゲームをしたりしながら、一日を過ごした。
 



     ■■■




 ――皆が帰ったあと。
 夕暮れ時の日の光が差し込んだ室内で、僕は久しぶりに出てきたアルバムをまた押入れの奥へとしまい込んだ。
「残ってる写真は無かったし――。もう必要ないか」
 多分、今後このアルバムを開く事はないだろう。コウちゃんの居ない中学校のアルバムに、何かの意味があるとは僕には思えない。

 もし、もう一度開くことがあるとすれば。
 その時は多分――









「また……会いたいな……」






 続く

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友達が家に遊びに来るっていうのは、僕には殆どなかったことでした。
それ故憧れも強かったので、今回は祐樹の部屋に友達を呼んでみることに。
啓介も段々打ち解けられてこられたようで、何より。

槍埜さんは、結構「可愛いもの」に弱そう。案外寝るときはぬいぐるみを抱いたりしてそう。
照は、人の家に来た時はエロ本の家捜しを行います。なんて悪趣味な奴だ……。


今回終わりらへんで、コウちゃんをちょっと出してます。
中学二年の頃の事件が切っ掛けで、転校してしまいました。
出席番号は、多分大体真ん中くらいだと思う。


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