その男――ガンドラと名乗った大男は、闇夜を纏った暗闇からゆっくりと現れた。太く骨張った指で首筋を荒く掻きながら、もう一方の手で力強い握り拳を作っている。
アルカディア社の「帝」――。あの夜のシルファーが、無意識に脳裏に浮かぶ。
俺はその男の姿を確かに視界に捉えながら、流れる空気の冷たさを、その身で感じていた。
第20話 〝地岩砲オーガ〟
俺がそいつを見て初めて感じたことは、まずその身体の大きさだ。
身長は二メートルを優に越え、それに比例するようながっしりとした肉体。なみなみと盛り上がった筋肉が示す二つの怪腕は、さながら瓦割りなど尋常じゃない枚数を容易に行えてしまいそうだ。
また奴の服装も、その筋肉を余計に強調しているように見える。上半身は何も身につけておらず、何重にも割れた腹筋と広い肩幅が露出している。下半身も膝までしか丈がない荒々しい感じのもののため、実質体中の筋肉が殆どあらわになっている状態なのだ。
こんな奴、少なくとも俺は今までに類を見たことがない。あの拳で一度でも身体をまともに殴られようものなら、最低でも骨折は免れないだろう。
「……おい、何をボケっとしてやがる」
「!!……」
奴――ガンドラは低い声で、そう静かに言い放った。ドスの効いたその声色に、俺の背筋は無意識に吊り上がってしまう。
だが、俺は後退しようとした自分の膝をしっかりと押さえ付け、奴に対抗するように腹から声を搾り出した。
「さっきの岩石……おまえの能力
ちから
だな」
察する。ただの人間にあんな馬鹿げた真似ができる筈がない。だとしたら……いや、アルカディア社の「帝」というだけで当然とも言えるが、奴もまた〝能力
ちから
〟を持った〝資格者〟なんだろう。
すると、奴はどこかこちらを馬鹿にするような仕種で軽く鼻を鳴らした。その図太い腕を後ろに向け、自分が背負う奥の空間を指す。
「そうとも。気付かねェか?」
「? ……!」
俺ははっとして、奴の腕が指す方を見た。
ガンドラの後方は暗いのと硝煙とで見づらかったが、俺は何とか目を凝らして覗き込んでみた。
……すると、闇夜の中から現れたのは――
「……大砲?」
それは、岩石で形作られた、一つの巨大な〝大砲〟だった。
その大砲は戦艦に搭載されているような軍事的なものではなく、地面から直接生えたような形で存在していた。それも一般的に知られる黒光りするようなものではなく、ただ巨大な岩石の固まりを削り出して大砲を形作ったような、荒唐無稽な感じだ。
口径の大きさ的にも、さっきの岩石の砲弾はあれによって射出されていたと見るのが最も自然な思考だろう。
するとガンドラはその大砲を撫でるように、俺に向かって言った。
「こいつは〝地岩砲
オーガ
〟っつてなぁ。俺がこの地面にちっとばかし手を加えて作り出したモンだ。根を張った地面から下にある地層を〝弾丸〟に変え、撃ち放つ。まぁ一発でもまともに喰らえば、粉々になっちまうだろうなぁ」
奴の背丈の倍以上あるその大砲は、砲身を変えることなくどっしりと佇んでいる。
俺は――思わず息を呑んだ。
「さぁ、お前も今すぐコイツの砲弾で木ッ端微塵にしてやるぜ。見た所てめェのそのバッジは強力そうだが……能力に覚醒したばかりじゃあ、まともに制御もできねェだろうが」
そう言うとガンドラは少し屈んだ姿勢を取り、その太い腕で地面を掴んだ。
「……喰らいなァ!!」
「!!」
……ゴゴゴゴゴゴ……!
すると、急に大きな地鳴りが辺りに鳴り響いた。
それはガクガクと下から突き上げるような感じで、その波動が全てあの大砲に向かっていっている感じだ。
「何だ、これ……!」
言いかけた直後、ガンドラの隣に座る大砲が、低い唸り声を上げた。
次の瞬間。
ドゴオオオン!!
「!!」
特大の砲弾が、俺を目掛けて飛んできた。
さっきの奴の更に何倍もある、視界を埋め尽くすほどのものが。
「……うわああっ!!」
俺は素っ頓狂な声を上げ、咄嗟に足を後ろへ向けた。
右手に握っていた刀の事は覚えていたが、すぐにそれを振ってどうにかしようとできる程、俺は勇気ある人物でもなかった。
理性より本能が優先し、目の前の驚異から逃亡する事を選んだのだ。
――しかし。
「……え」
ふと、両足に違和感を覚えた。
「何だ、これ……!」
後ろへ向けた筈だった足が、ぴくりとも動いていない。
再び動かそうと思って足に力を込めても、びくともしないのだ。
「……!!」
その違和感は足のすねを伝い、膝を越え、腰まで感じるようになった。
冷たい感覚が、俺の足を支配する。
――土の匂いが、ふとした。
俺はやっと気づき、自分の足元を凝視する。
「枷
かせ
……!?」
それは、土でできた枷のようなものだった。 地面から直接生えるようにして伸びたその茶色い枷は、俺の両足を何重にも複雑に搦め捕り、血管が浮き出ん程にギリギリと締め付けている。
完全に、動きを封じられた。
退路を絶たれたという事実が、焦燥となって俺の脳裏にのしかかってくる。
「……動けねェだろうが。——死になァ!!」
「――ッ!!」
ドッゴオオオオン!!!
強烈な激痛が、全身に響いた。
目の前が真っ暗になり、骨の軋む音が鈍く耳に響く。
辺りの空間を疾駆する衝撃波と、飛び散った岩石の欠片が宙を舞う。
強烈に遠くなっていく意識の中で、俺はそれらを薄らいだ視界の端に捉えることしかできない。
重力の感じ方が、一瞬一瞬で転がって——。
俺は、地に伏せた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「——ん」
暗い。
何だ。
ここは何処だ。
誰か明かりを——。
跳ねるように起き上がると、背骨の辺りに鈍い激痛を覚えた。
一瞬戸惑ったが、すぐにそれが何かを思い出す。
ああ、あいつだ。忌々しいぜ。
やられっぱなしは性に合わねェ。とっととぶっ殺しにいってやりてェが……。
——やめた。ここがどこかは分かんねーが、……口惜しいが今は身体が無理っぽいな——。
ドゴオオオオオオンン!!!
……ん? 何だこの振動。……上?
あれ……エリィは?
その時、遥か地下で。
〝彼〟は立ち上がった。
To Be Continued……
アルカディア社の「帝」――。あの夜のシルファーが、無意識に脳裏に浮かぶ。
俺はその男の姿を確かに視界に捉えながら、流れる空気の冷たさを、その身で感じていた。
第20話 〝地岩砲オーガ〟
俺がそいつを見て初めて感じたことは、まずその身体の大きさだ。
身長は二メートルを優に越え、それに比例するようながっしりとした肉体。なみなみと盛り上がった筋肉が示す二つの怪腕は、さながら瓦割りなど尋常じゃない枚数を容易に行えてしまいそうだ。
また奴の服装も、その筋肉を余計に強調しているように見える。上半身は何も身につけておらず、何重にも割れた腹筋と広い肩幅が露出している。下半身も膝までしか丈がない荒々しい感じのもののため、実質体中の筋肉が殆どあらわになっている状態なのだ。
こんな奴、少なくとも俺は今までに類を見たことがない。あの拳で一度でも身体をまともに殴られようものなら、最低でも骨折は免れないだろう。
「……おい、何をボケっとしてやがる」
「!!……」
奴――ガンドラは低い声で、そう静かに言い放った。ドスの効いたその声色に、俺の背筋は無意識に吊り上がってしまう。
だが、俺は後退しようとした自分の膝をしっかりと押さえ付け、奴に対抗するように腹から声を搾り出した。
「さっきの岩石……おまえの能力
ちから
だな」
察する。ただの人間にあんな馬鹿げた真似ができる筈がない。だとしたら……いや、アルカディア社の「帝」というだけで当然とも言えるが、奴もまた〝能力
ちから
〟を持った〝資格者〟なんだろう。
すると、奴はどこかこちらを馬鹿にするような仕種で軽く鼻を鳴らした。その図太い腕を後ろに向け、自分が背負う奥の空間を指す。
「そうとも。気付かねェか?」
「? ……!」
俺ははっとして、奴の腕が指す方を見た。
ガンドラの後方は暗いのと硝煙とで見づらかったが、俺は何とか目を凝らして覗き込んでみた。
……すると、闇夜の中から現れたのは――
「……大砲?」
それは、岩石で形作られた、一つの巨大な〝大砲〟だった。
その大砲は戦艦に搭載されているような軍事的なものではなく、地面から直接生えたような形で存在していた。それも一般的に知られる黒光りするようなものではなく、ただ巨大な岩石の固まりを削り出して大砲を形作ったような、荒唐無稽な感じだ。
口径の大きさ的にも、さっきの岩石の砲弾はあれによって射出されていたと見るのが最も自然な思考だろう。
するとガンドラはその大砲を撫でるように、俺に向かって言った。
「こいつは〝地岩砲
オーガ
〟っつてなぁ。俺がこの地面にちっとばかし手を加えて作り出したモンだ。根を張った地面から下にある地層を〝弾丸〟に変え、撃ち放つ。まぁ一発でもまともに喰らえば、粉々になっちまうだろうなぁ」
奴の背丈の倍以上あるその大砲は、砲身を変えることなくどっしりと佇んでいる。
俺は――思わず息を呑んだ。
「さぁ、お前も今すぐコイツの砲弾で木ッ端微塵にしてやるぜ。見た所てめェのそのバッジは強力そうだが……能力に覚醒したばかりじゃあ、まともに制御もできねェだろうが」
そう言うとガンドラは少し屈んだ姿勢を取り、その太い腕で地面を掴んだ。
「……喰らいなァ!!」
「!!」
……ゴゴゴゴゴゴ……!
すると、急に大きな地鳴りが辺りに鳴り響いた。
それはガクガクと下から突き上げるような感じで、その波動が全てあの大砲に向かっていっている感じだ。
「何だ、これ……!」
言いかけた直後、ガンドラの隣に座る大砲が、低い唸り声を上げた。
次の瞬間。
ドゴオオオン!!
「!!」
特大の砲弾が、俺を目掛けて飛んできた。
さっきの奴の更に何倍もある、視界を埋め尽くすほどのものが。
「……うわああっ!!」
俺は素っ頓狂な声を上げ、咄嗟に足を後ろへ向けた。
右手に握っていた刀の事は覚えていたが、すぐにそれを振ってどうにかしようとできる程、俺は勇気ある人物でもなかった。
理性より本能が優先し、目の前の驚異から逃亡する事を選んだのだ。
――しかし。
「……え」
ふと、両足に違和感を覚えた。
「何だ、これ……!」
後ろへ向けた筈だった足が、ぴくりとも動いていない。
再び動かそうと思って足に力を込めても、びくともしないのだ。
「……!!」
その違和感は足のすねを伝い、膝を越え、腰まで感じるようになった。
冷たい感覚が、俺の足を支配する。
――土の匂いが、ふとした。
俺はやっと気づき、自分の足元を凝視する。
「枷
かせ
……!?」
それは、土でできた枷のようなものだった。 地面から直接生えるようにして伸びたその茶色い枷は、俺の両足を何重にも複雑に搦め捕り、血管が浮き出ん程にギリギリと締め付けている。
完全に、動きを封じられた。
退路を絶たれたという事実が、焦燥となって俺の脳裏にのしかかってくる。
「……動けねェだろうが。——死になァ!!」
「――ッ!!」
ドッゴオオオオン!!!
強烈な激痛が、全身に響いた。
目の前が真っ暗になり、骨の軋む音が鈍く耳に響く。
辺りの空間を疾駆する衝撃波と、飛び散った岩石の欠片が宙を舞う。
強烈に遠くなっていく意識の中で、俺はそれらを薄らいだ視界の端に捉えることしかできない。
重力の感じ方が、一瞬一瞬で転がって——。
俺は、地に伏せた。
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「——ん」
暗い。
何だ。
ここは何処だ。
誰か明かりを——。
跳ねるように起き上がると、背骨の辺りに鈍い激痛を覚えた。
一瞬戸惑ったが、すぐにそれが何かを思い出す。
ああ、あいつだ。忌々しいぜ。
やられっぱなしは性に合わねェ。とっととぶっ殺しにいってやりてェが……。
——やめた。ここがどこかは分かんねーが、……口惜しいが今は身体が無理っぽいな——。
ドゴオオオオオオンン!!!
……ん? 何だこの振動。……上?
あれ……エリィは?
その時、遥か地下で。
〝彼〟は立ち上がった。
To Be Continued……