「うわああああぁぁぁぁん!!!」
「心配したぞ、お前らぁぁぁ!!!」
「無事で良かったぁぁぁぁ!!!」
「わーん!! わーん!!」


「…………何なんだよ、この人達……」

 目の前で共に抱き合い、泣きじゃくる五、六人ほどの老人達。

 何の事情も話されず、ついさっき、いきなりこの老人達に縄で拘束されてから早十分。俺とエリィはお互い手足をきつく縛られたまま、見たくもない老人達の泣きっ面を、嫌と言うほど拝まされていた。
「ハア………」
 いつまで経っても変わらない眼前の奇妙な光景に、俺はほとほと呆れて溜息をつく。すぐ横ではエリィが気だるそうな表情をしながら、細く冷たい目で彼らを見つめていた。……ああ、同感。俺だって同じ気持ちだ。

 正直、ウザい。



            第13話 〝「地底街」フォレスト〟



「だーっ! もう、何なんですかあなた達!! いきなりこんな縄で縛って、何が『無事で良かった』ですか! 説明してください!!」
 堪らず怒鳴った。すると老人達は少し驚いたのか、泣きやんだ様子で――と言っても赤く腫れた目を擦りながらだが――次々にこっちを見た。
「何が……って……!」
「危ないだろう!! 外のバケモノに食べられでもしたらどうするんだ!!」
 一人の老人がそう言って再び目に涙を浮かべると、途端周りの老人達も、まるで連鎖反応を起こすかの如くわんわんと泣き始めた。
「私たちは知っているんだ!! 外には怪物のような形をしたバケモノがいっぱい居て、うっかり外に出れば喰われて死んでしまう!! この街の子供達も外に遊びに出かけたまま、二度と帰ってこなかったんだ!! お前達をその二の舞にはさせたくないと思って、何が悪い!」
「……はぁ……?」
 この調子なのだ。縄で縛られ捕まってからというもの……この老人達は各々、泣き叫ぶか喚き叫ぶかしかしなかった。この人達は……何故こんなにも号泣しているんだ?
 何の情報も得られぬまま時だけが過ぎてゆく。ああ、段々イライラしてきた……。

 俺はこのまま話をさせていてもラチがあかないと思い、当初の質問をこっちから切り出すことにした。
「まあ、よく分かりませんけど……ここはどこなんですか? 俺と彼女は、気付いたらここの部屋にいたんですけど……」
「ひっく……ああ、そう言えばまだ言っておらんかったな……」
 老人は鼻水を啜りつつもようやく泣きやむと、服のポケットから取り出したハンカチで涙を拭うと、俺とエリィの手と足のロープを手早く解いてくれた。

「……ここは「地底街
ちていがい
」と呼ばれる地下の街、フォレストだよ」
 老人は緑色のニット帽をかぶり直し、そう言った。
「いやぁ、まあ何にせよ、さっきは手荒な真似をしてすまなかったね……。あ、私はこの街の町長をやっとる者だ。よろしく」
「はぁ……」
 その町長は、充血の引いた目でこっちを見つめながら、手を差し出してきた。皮の厚い、年季の入った手の平だ。……一応、握手をしておいた。

「それにしても、ここって……どこなんですか?」
「ん?」
「いや……俺達はただ、気がついたらここの洞窟の部屋に居たってだけなんです。何でこんな所に……?」
 すると、町長は笑って返してきた。
「ああ……何というか……うん、ここは自然の地形を利用して作られた「裏の街」なんだ」

 途端。その言葉が引き金になったかのように、今まで起こった全てのアンノウンが、頭の中で解明された。
「自然の……、――ああ、そう言うことか……そう考えれば……」
「? どういう事?」
 隣では、エリィが不思議そうな眼差しで俺を見る。

「ほら……この人達はさっき「外に出たらバケモノに喰われる」って言ってただろ。でも、ここが地下だとすれば「外」ってのは「地上」って事だ。で、地上にいるバケモノって言えば天界獣くらいしか該当しない。
 ってことは、今居るこの地下の洞窟は何本かの〝出入り口〟が地上の地面か何かと開通してて、そこを通ることで地上とここを自由に行き来できる構造になってるんだ。でもって、俺はここに来る前に天界獣から逃げてたとき、偶然その〝出入り口〟に入っちまってここに落ちて来た……。
 で、落ちるときに打ち所が悪かったか何かで……それまでの疲労も相まって少し意識が飛んでた所へ、この人達が俺達を見つけて、介抱してくれていた……と見るのが一番自然なんじゃねぇかな。実際、起きたときに何か頭痛かったし」


「…………確かに……そうね……」
 エリィが神妙な顔つきで眼鏡を直した。

「いや、その通りだよ……」
 後ろの町長達に混じっていた、一際背が高く若い男がそう頷く。
「実は最初に町長さんが、倒れていたそこの女の子を見つけてね。そのすぐ後にキミが落ちてきたから……大分疲れているようだったし、部屋のベッドで寝かせておいたんだよ。でも……そしたらいつの間にか二人とも居なくなってたから、こっちは全員で大騒ぎだったんだよ。間違って外に出てしまったりしたら、きっとあのバケモノに殺されるに決まってるからね」

「……そうだったんですか」
 エリィが申し訳なさそうな表情で視線を落とす。
 俺も少し、彼女と似たような感じになる。……確かに最初こそびっくりしたものの、勝手に部屋を抜け出してしまっていたのが心配かける事になっていたとは……これは、俺が悪いんだろうな。
「それにしても——よく分かったわね、そんなこと……」
「ん? あー……いや、何となくな。こういうのは得意で……」

「……あっ」
 突然、エリィが小さな声を上げた。
「そうだ……! 私たちと同じくらいに、背の高い男の人が落ちてきたりしませんでした!?」
 彼女は慌てて立ち上がった。恐らく、目が覚めてから一度も姿を見ていないギルが心配になってのことなんだろう。
 確かに、俺達が同じ方法でここに落ちてきているのなら、ギルも、あるいは……。
「背の高い……男……?」
「あ……もしかして、あいつじゃないか?」
 途端、町長達の表情が暗くなる。
「確かに、酷い怪我をした金髪の男がちょっと前に落ちてきたよ……」
「!? 本当ですか!!」
「ああ……しかし、あの男の怪我は——、……私たちで出来る限りの応急処置はしたんだが…………恐らく、もう……」


 町長の言葉の渋りをどう捉えたのか、エリィの表情がみるみる青ざめる。両手で口を押さえ、小さな目には涙が浮かんでいた。
「……生きてはいるんですか!?」
「え? ……ああ、まあ何とか息はしてたみたいだけど……」
 言うが速いか、エリィは町長に飛びついた。
「ギルが居る部屋に連れて行って下さい!! 私なら……まだ助けられるかも知れないから!」
 今までとは打って変わった彼女の姿に、町長さん達は勿論、俺も少々たじろいでいた。エリィがこんなに焦るなんて……。
「ええ? ……あの男を寝かせているのは、丁度そこの部屋だけど……」

 言い終わる前に、エリィは指を差された部屋の方へ走っていた。


    ――――――――――――


 ——十五分後。
 エリィはまだ部屋から戻らなかった。
 以前にもこんな事はあった。シルファーとかいう資格者に襲われたときも、あいつは致死量の傷を負っていたはずだ。けど、エリィのあの怪我を治す力があれば、またきっと元通りに直るはず……。
 その時、俺はそう考えていた。


 ギイッ……

 静かに部屋の扉が開き、エリィが帰ってきた。心なしか、いつもより疲れているように見える。
「……治るんだろ? この間みたいに」
 何気なくそう聞いてみたが、彼女は顔を上げず、俯いたままだった。

「やっぱり、無理だったわ……新しく術をかけてから、日が浅すぎる……」
「……え? どういう事——」
 エリィは顔を上げないまま、まだ微かに青白く光の残るの右手を見つめたまま言った。
「私の治癒術は確かに怪我を治せるけど……この前ギルには体全体に術をかけたでしょう? 術が作用した部分は暫くの間、術に対しての耐性を持ってしまい、ある程度の時間をおかないと効果が殆ど無くなってしまうの。……今回はそれでも何とか最大限の術をかけて、一命は取り留められたけど……」
 術やら何やらと聞き慣れぬ言葉が久しぶりに出てきたが、大体話の内容は理解できた。
「……その、また術が効くようになるまでは、どの位かかるんだ?」
「分からないけど……二、三日じゃ厳しいわね……。今は非常に危険な状態だから、私はギルの傍で術をかけ続けなくちゃならないの。少なくともこの二、三日の間は、私はギルからは離れられないわ……」

 エリィは重々しく溜息をついた。
 彼女の小さな肩が、震えているように感じた。


    ――――――――――――


 ——次の日。

 結局、当然ながらギルは意識を戻さず、エリィは夜も寝ずにギルに尽きっきりだった。
 俺は町長から借りた部屋で寝させて貰ったが、今もなお戦っている二人のことを考えると、あまり眠る気分にはなれなかった。

 俺が居ても邪魔になるだけだろうと思い、今日は洞窟の中を少し調べてみることにした。
 「外には出るな」と町長やその周りの人達からきつく言われていたので、今は天井の照明が照らすだけの、狭い洞窟をあてもなく進んでいる。
 もしうっかり外に出るようなことがあったら、また縄で縛られて泣き叫ばれる、みたいな事になりかねん。それだけは勘弁して貰いたいものだ。

 ——そう言えば、何故ここの人達は、俺達が危険に逢うことをあんなにも嫌がるんだろう——?


 そんな事を考えていたら。

「何だ、これ……」
 偶然目が行った先、子供一人がやっと通れそうなくらい細い岩場に、梯子
はしご
の足のようなものが見えた。
「もしかして……ここからどっかに行けるのか……?」
 妙にそれが気になった俺は、それを調べてみることにした。
 そのままではとても通れなかったため、周りの小さめの岩をどかし、何とか手を突っ込んで、その足を引っ張り出してみた。



 靴の跡があった。
 それも、同じ段差に数え切れないほど付いている。それは、誰かが通った形跡があるということだ。

 遥か上を見上げると、——うっすらと、日の光が見えた。




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「よっこらせ……っと……」
 一番太い枝に腰掛け、〝いつもの景色〟を眺める。
 周りで揺れる緑の木の葉が、いつも以上に揺れて感じる。

「ええ感じやなぁ、やっぱりここが一番、空がよく見えるわぁ」

 流れる雲は、白いまま。


 ——空には小さな、小鳩が一羽。




To Be Continued……