3736号「どんな苦労も役に立つ。人生に無駄はない」





砂辺光次郎

講義録3736

(2014/9/28)




ご訪問、心より感謝申し上げます。



ある塾の経営者の話ですが、塾が小さいとき、学生運動していた二人の若者が入社し、その若者が、毎日、塾長を激しく批判し、攻撃していたというのです。

その塾長は、ほとほといやになって、もう、塾をやめようかと思っていたら、その二人の若者は、急に、塾を退職してしまったそうです。

その塾長は、ほっとして、仕事に打ち込んだのですが、

その後、塾は順調に発展し、県下一の大手塾に成長しました。

では、その成長の過程で、塾長は、苦労はなかったのかと言いますと、そんなことはなくて、同じような苦労の連続だった、と言うことなのです。

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私が思ったことは、人間、苦労というのは、どこまでもついて来るんだ、ということです。

ただし、自分の目的に沿っているときの苦労は、やりがいのある苦労ではないか、と思うのです。

目的がなくて、ただ苦労しているだけなら、それは、心が疲弊(ひへい)するだろうな、と思うのです。

目的に沿っていないことで苦労していると、イライラするかもしれませんし、人に八つ当たりしたくなるかもしれません。

やはり、自分の目的があって、その目的のために必要な苦労なら、乗り越える意義を感じるだろうと思うのです。

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今日は、さらに、先の話をします。

今の話は、悟りで言えば、中ぐらいの悟りの話だろうと思うのです。

さらに、高い視点から見てみます。

そうすると、

「人生のすべての苦労は、役に立つ」

ということが言えると思うのです。

言いかえれば、

「人生に無駄はない」ということになろうかと思うのです。

「人生上の苦労に、無駄はない」ということは、たいていの人が、感じていることだと思うのです。

たとえば、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という言葉があり、それをたいていの人が、同感しているというのは、「人生のさまざまな経験は、無駄ではない」ということを感じているからだと思うのです。

今、たいへんご苦労されている方もいらっしゃると思いますが、

「人生に無駄はない」

「今の苦労は必ず、役に立つ」

ということを心に留めて、頑張っていく、という気持ちが大切かなと思うのです。

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(追記)

ここまでで終わっては、人生成功塾の読者の皆さんは、物足りないかもしれません。

そこで、少し書き加えます。

今の苦労は、さらに、霊的な観点を視野に入れると、次の二つの場合が考えられます。

ひとつは、苦労というのは、過去世のカルマの刈り取りをしている、ということです。

もうひとつは、自分の人生目的のために、今の苦労を、予定して生まれてきた、ということも可能性とあるわけです。

例をあげますが、

Kさんは、(本人の推測ですが)過去世で、お姫様のような生活をしていたらしいのです。お姫様ですから、人の世話をしたことがない。逆に、人から世話ばかりされていた、というのです。

Kさんは、今、親戚の子供の世話を頼まれたり、お母さんの介護をしたりで、てんてこ舞いなのです。

今回、なぜ、こういうふうに、親戚の子供の世話と母の介護という体験をしているのかというと、

(本人が言うには、)「親戚の子供の世話が終わったと思ったら、母親を介護しなければいけなくなり、この十数年、人の世話ばかりをしている。これは、自分が苦手としているところを、訓練するために、自分が予定してやっているのかな、と思っています。」

こういうふうに言っているわけです。

案外、当たっているかもしれません。

この女性のように、自分の人生目的として、苦労することを、予定して生まれてきた、ということがあると思います。

(本日は、以上です。ありがとうございました。)

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